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第42話 ボーナスをあげよう

 荷馬車にマッチを積み終えたジェコスさん。

 御者台の上から、俺に笑顔を向けてくる。


「それではシロー殿、良い取引をありがとうございました。マッチを全て売りさばいたら、また買い付けに伺わせてもらいますぞ」


「あはは、お待ちしていますね」


「そのときは茶葉のお礼に、南方の果実酒(ワイン)をお持ちいたしましょう。では、失礼しますぞ」


「ええ。お気をつけて」


 ジェコスさんが護衛の冒険者たちを連れ、ニノリッチを後にした。

 俺の手には、取引で手に入れた金貨が5枚。


 これ1枚で100万円の価値があると考えると、持ち歩くのに勇気がいるよね。

 俺は金貨をカバンにしまい、店に戻る。

 店に入るとすぐにアイナちゃんが出迎えてくれた。


「おかえりなさい、シローお兄ちゃん」


「ただいまアイナちゃん。店番任せちゃってごめんね」


「ううん。アイナは店員さんだからとーぜんです」


 アイナちゃんはそう言うと、えっへんと胸を張ってみせる。


「頼りになる店員さんがいてくれて嬉しいよ」


「えへへ」


 褒められたのが嬉しかったのか、アイナちゃんが照れたように笑う。


「俺のいない間、変なお客さんはこなかった?」


「うん。今日はだいじょーぶだったよ」


 一所懸命に働くアイナちゃんは常連客たちからも信頼され、とても可愛がられている。

 みんなアイナちゃんが、ステラさん(母親)のために働いていることを知っているからだ。


 しかし、残念ながら全員がいい人ばかりとは限らない。

 客商売の宿命とはいえ、イヤな客も当然ながらいる。

 ニノリッチにきたばかりの冒険者に多いのだけれど、以前こんなことがあった。


 たまたま俺が不在のときに、アイナちゃんに暴言を吐いた冒険者がいたのだ。

 アイテムを安くしろと理不尽な要求をしてくる冒険者に対し、アイナちゃんは一歩も譲らなかったそうだ。

 8歳の子供(アイナちゃん)が自分の要求を聞き入れなかったことに腹を立てたその冒険者は、アイナちゃんに罵詈雑言を浴びせ店から出ていった。


 暴言にじっと耐えていたアイナちゃんは、店に戻ってきた俺を見た瞬間、泣き出してしまった。

 アイナちゃんから事情を聞き、フツフツと怒りがこみ上げる俺。

 馴染みの冒険者たちに事情を話し、すぐに捜索をはじめる。

 でも悔しいことにクエスト(仕事)に出ていたのか、けっきょくその日は見つけることができなかった。


 けれど、翌日不思議なことが起こった。

 なんと件の冒険者が、町の中心部に生えている木に全裸で吊り下げられていたのだ。

 吊り下げられていた冒険者(顔がボコボコになっていた)は、「寝て起きたらこうなっていた」と主張するばかりで、頑なに犯人の名を言おうとはしなかった。

 けっきょくこの珍事件は、妖精のしわざということでいちおうの解決をみたのだった。


 その事件があってから、アイナちゃんに悪さをすると「妖精の仕返しが待っている」と、まことしやかにささやかれている。

 そんなわけで、いまじゃ誰もアイナちゃんに酷いことをしようとする輩はいなくなったのだった。


「シローお兄ちゃん、マッチたくさん売れた?」


 妖精の加護を受けているアイナちゃんが訊いてくる。

 自作サバイバルマッチの担当大臣としては、売れ行きが気になるんだろう。

 俺は頷き、ドヤ顔でカバンから金貨を取り出してみせる。


「ふぇっ!? そ、それ金貨?」


「ふっふっふ。正解。これは金貨です!」


「ふあぁぁぁ~!! すごーい。アイナ金貨はじめて見た」


「そうなんだ? はじめて見た記念にさわってみる?」


「え……? う、ううんっ。なくしたらたいへんだからいい!」


 アイナちゃんが全力でぶんぶんと首を振る。

 金額が金額だからか、尻込みしてしまったみたいだ。

 とか言いつつも、実は俺も金貨を見るのがはじめてだったりする。

 うちのお店には単価が高い商品がないから、銅貨と銀貨ばかり溜まっていたのだ。


「これ一枚でひゃくまんえ――じゃなくて、これ一枚で銀貨百枚分の価値があるってすごいよねー」


「金貨が5まい……。シローお兄ちゃんすごい。おカネもち」


 アイナちゃんが瞳をキラキラさせている。

 俺に対し、ただ素直に尊敬の眼差しを向けてくれているのだ。

 欲望で目をギラギラさせている俺とは大違いだぜ。


「マッチがたくさん売れたのは、アイナちゃんががんばってくれたからだよ。これは特別ボーナスを出さないといけないな」


「とくべつぼーなすって……なぁに?」


 首を傾げたアイナちゃんが訊いてくる。


「んと、特別ボーナスというのはね、毎月支払われるお給金とは別に、がんばりに応じてもらえるお給金のことだよ」


 そしてブラック企業で働いていた俺が最後までもらえなかったものでもある。


「ええー!? そ、そんなのダメだよ。アイナいまのお給金で十分だもん」


「これはいい経営者――じゃわからないか。え~っと……うん、商売人だな。俺がいい商売人になるために出さなきゃいけないものなんだよ。だって、おカネがたくさんもらえたほうが嬉しいでしょ?」


 俺がそう訊いてみたところ、アイナちゃんは「うーん」と悩む。

 そして数秒の後、こう答えた。


「……アイナ、おかーさんやシローお兄ちゃんといっしょにいれるほうがうれしいな」


 なんていい子なんでしょう。

 アイナちゃんの純真さが眩しいぜ。

 もう直視できないレベルで。


「そ、そっか。うん、そうだよね。おカネじゃ買えないものも……あるもんね」


「うん!」


 元気いっぱいに頷くアイナちゃん。

 確かに、俺もばーちゃんとの思い出はプライスレスだもんな。

 会えることなら、もう一度会いたい。

 まさかそんな大切なことを、子供のアイナちゃんに教わるとは思わなかったぜ。


「じゃあ、おカネの代わりに何か欲しいものとかないかな?」


「アイナね、いまとっても『しあわせ』だからなにもいらないよ」


 しあわせ、の部分を強調して言うアイナちゃん。

 その顔に浮かぶ笑顔は、言葉通り幸せそうだった。


「えー。ホントになにもいらないの?」


「うん。いらない」


「そうかぁ~……」


 これじゃ俺が儲かるばかり。

 なにかアイナちゃんにもお礼ができないだろうか?


 働きには正当な対価をもって報いるべきなのだ。

 俺は腕を組み考える。


「んー」


「? シローお兄ちゃん?」


「んんーーーーー」


「シローお兄ちゃん。シローお兄ちゃんってばぁ」


 アイナちゃんが俺の体を遠慮がちに引っ張る。

 その瞬間だった。


「閃いた!」


 俺の脳裏に、キュピーンと稲妻が走る。


「ねえアイナちゃん」


「は、はいっ」


 急に大きな声を出したからアイナちゃんがビクリとしてしまう。


「アイナちゃんさ、よかったらお母さんと一緒にここに住まない?」


「……え? 『ここ』?」


 アイナちゃんが床を指さし訊いてくる。


「そ、ここ」


 俺は天井を指さし頷く。


「上に部屋が余ってるんだよね。それにほら、ここに住めば遠い町外れから通う必要もなくなるし、お母さんとも一緒にいられる時間が長くなるでしょ?」


 俺の提案にアイナちゃんが黙り込む。

 しばらくして、その小さな肩が震えはじめた。


「……ほんとうにここに住んでいいの?」

 

「いいよ」


 アイナちゃんは俯き、床にポタポタと雫が落ちていく。


「……おかーさんもいっしょでいい?」


「いいとも」


「めーわくじゃ……ない?」


「迷惑なもんか。大歓迎だよ」


「っ……」


 アイナちゃんが黙り込む。

 大丈夫かな?

 そう思って顔を覗き込もうとしたタイミングで、


「し、じろぉおにぢゃんんん~!!」


「ふぐぉっ!?」


 急にアイナちゃんが抱き着いてきた。

 それはもう凄い勢いで。


「そ、そんなに嬉しかった?」


「うん……。アイナとってもうれしい」


「そりゃよかった」


 アイナちゃんは顔を上に向け、微笑む。


「シローお兄ちゃん……ありがとう」


「どーいたしまして」


 こうして、アイナちゃんとステラさんが店の二階に住むことになった。

 だが、このときの俺は『あること』を失念していたのだ。


「シローお兄ちゃん、これからよろしくおねがいします!」


 アイナちゃんがぺこりと頭を下げる。


「うん。よろしくね」


「シローお兄ちゃんともいっしょにすめるなんて、アイナ楽しみ!」


「……え?」


 ぴょんぴょこ跳びはねるアイナちゃん。

 対照的に、俺は自分の顔がサーっと青ざめていくのがわかった。


 そうだよ。

 店の二階に住むってことは、「俺と同居しようぜ!」って言ってるのと同じじゃんね。

 店が終わったあとばーちゃんの家に帰っている俺は、このことを完全に忘れていたのだ。


「おかーさんおどろくかなぁ」


 喜ぶアイナちゃんを横目に、俺はひとり、


「ど、どうしよう」


 と呟くのだった。

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