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第41話 交渉

「ではさっそくですが……こちらで扱っているマッチを見せていただいてもよろしいでしょうか?」


「構いませんよ。いま当店で扱っているマッチはこちらにございます」


 俺は後ろの棚からマッチ(小)、マッチ(大)、サバイバルマッチ(既製品)、自作サバイバルマッチの4種類をカウンターに並べていく。


「こっちの小さいマッチは、先ほどジェコスさんが持っていたマッチと同じ物です。マッチが40本入って銅貨4枚。隣の大きい箱は、マッチが800本入って銅貨55枚。この二つは、どちらかと言うと町の住人の方に人気ですね」


「ふむふむ」


 俺の説明を真剣な顔で聞くジェコスさん。


「ですが、このマッチにはひとつだけ弱点があります」


「水や風に弱いことでしょうか?」


 ジェコスさんは迷いなく答える。

 買い付けにきただけあって、マッチの特性をちゃんと調べてきたんだろう。


「そうです。このマッチは湿気や水に弱く、また、風が吹いている場所では火がすぐに消えてしまいます」


 普通のマッチの説明を終えたところで、次にサバイバルマッチの説明へと入る。


「そこでこのマッチの出番です。こちらのマッチは『サバイバルマッチ』といいまして、冒険者の方たちから大変ご好評を頂いている商品にございます」


「ほほう。冒険者にですか?」


「はい。見ててください」


 俺はサバイバルマッチ(既製品)を一本取り出す。

 水差しでコップに水を注ぎ、その中にマッチを浸ける。

 それを見てジェコスさんが慌てて止めに入った。


「なっ!? シロー殿何をっ」


「まあ見ててください。こうやって水に濡れたマッチを……よっと」


 水に濡れたサバイバルマッチで、箱の側面を擦る。

 普通のマッチなら火は点かないけれど、サバイバルマッチは違う。

 ボッと火が着き、ジェコスさんが口をあんぐりと開けた。


「水に濡れたのに火が……」


「驚きました? いま見てもらったように、このサバイバルマッチは普通のマッチと違い、水に濡れても火が着きます。でも本当に凄いのはここからです」


 俺は火が点いたままのマッチを水に浸ける。

 じゅっと音がして火が消える。

 火が消えたところで水から出すと――


 ジジジ……ボッ。


 再び火が点いた。

 しかも今度は擦ることなく勝手にだ。


「んぁっ!? 消えた火がまた点いた!」


「そうなんです。サバイバルマッチに点いた火は簡単には消えません。一度消えても再び火が点くんです」


「す、素晴らしい……シロー殿! これは素晴らしいアイテムですぞ!」


「ええ。ですので冒険者の方がよく買われていきますね。こないだも買っていった冒険者の方が、虫型モンスターを撃退するのに役に立ったと言っていましたよ」


「ほう? その話を詳しく聞かせてもらえますか?」


「ええ」


 俺は、数日前に客として来た冒険者との会話を思い出す。

 その冒険者は、夜営をしていたとき突然虫型モンスターに襲われたそうだ。

 虫型モンスターは火に弱いらしく、その冒険者は油を撒き、火をつけ焼き払おうと試みた。

 しかし、あいにくその日は雨。


 普通のマッチじゃ雨に濡れ火が点かないし、時間のかかる火打石なんか以ての外。

 そんなピンチな状況で役に立ったのが、このサバイバルマッチ(既製品)だったというわけだ。

 雨の中でもしっかりと火が点き、油に引火させて窮地を脱したと言っていた。


 そのことをジェコスさんに話したところ、


「ふぅむ。なるほど、なるほど」


 感心したのか、何度も頷いていた。


「確かに冒険者たちが欲しがる理由もわかりますな」


「ええ。ですが性能がいい分、どうしても値が張ってしまうんですよね……」


「おいくらでしょう?」


「こちらの商品は、25本入りで銅貨50枚になります」


「25本で銅貨50枚ですか。なるほど。質が良い分高いというわけですな」


「はい。冒険者の方に人気の商品ではあるのですが、やっぱり躊躇う方もいらっしゃいますね」


「でしょうな」


「そこで、新商品としてこちらを用意しました」


 俺は今が好機とばかりに自作サバイバルマッチを取り出す。


「このマッチは?」


「先ほど見せたサバイバルマッチの廉価版になります。値段は80本で銀貨1枚。風には弱いですが、マッチを先端から半ばまでロウでコーティングし、先端部分に特殊な薬品(マニキュア)を塗ってあるので、水や湿気には強いですよ」


「銀貨1枚……試してみても?」


「どうぞ」


 ジェコスさんが自作サバイバルマッチを手に取る。

 水に浸けたり、火をつけたりと実験を繰り返した結果、どんなものか理解してもらえた。


「どうですか?」


「いやぁ、驚きました。このマッチでも値段以上の価値があるではないですか」


「ありがとうございます。この商品の利点は、輸送するとき雨が降り濡れてしまっても劣化しにくいところですね。ジェコスさんがどちらまで運ぶかは知りませんが、天候のことを考えるならこのマッチを強くお勧めしますよ」


「シロー殿のおっしゃる通りですな。いざ売ろうとしたときに火が点かなかったら、商売になりませんから」


「それどころか赤字を抱えることになりますよ」


「ほっほっほ、確かに! いや、しかしわかりました。輸送のことを考えるなら、シロー殿の言う通りこちらのマッチがよさそうですな」


 ジェコスさんが自作サバイバルマッチを指さす。


「ではこちらのサバイバルマッチをお売りいただきたいのですが……少々ご相談したいことがありまして」


「それは売値についてですか?」


「ええ、ええ。その通りです。こちらの商品を大量に購入した場合、お安くしていただくことはできますでしょうか?」


 ジェコスさんが揉み手をしながら訊いてくる。

 つまり通常価格ではなく、卸値で売ってほしいわけだな。


「安く、ですか。ジェコスさんが希望する値はおいくらでしょうか?」


 まずはジェコスさんの出方を伺う。


「その前に在庫の方は余裕がおありで?」


「それはもう十二分に。10万本売ってくれと言われても即日対応できますよ」


 ジェコスさんの質問に、俺は余裕たっぷりな顔で頷く。


「それは心強い。でしたら……そうですなぁ。マッチが10000本につき銀貨80枚はいかがでしょうか?」


 通常価格が80本で銀貨1枚のところを、10000本で銀貨80枚ときたか。


 10000÷80=125


 ジェコスさんはいきなり銀貨45枚、つまり36パーセント引きでの購入を持ち掛けてきたのだ。

 人の好い顔をしてるけど、しっかり商人してるんだな。

 駆け出し商人としては感心すると共に勉強になるぜ。


「んん~……銀貨45枚の割引ですか。さすがにそれはちょっと厳しいですよ」


 俺は腕を組み、難しい顔をする。

 交渉ははじまったばかり。

 ボクシングに例えるなら、ジャブを打って様子見をしている状況だ。


「そうですか……なら銀貨85枚はいかがでしょう? 輸送リスクや関所での税、それに護衛として冒険者を雇うことを考えますと、この金額が精いっぱいでして……」


 と、苦しい表情を作るジェコスさん。

 汗をかいてるわけでもないのに、ハンカチで額を拭ったりしているぞ。

 なるほど。これが以前カレンさんが言っていた『駆け引き』なんだな。

 ならばとばかりに、俺も「うーん」とわざとらしく悩みつつ、


「このマッチを作ってくれている人たちの生活もかかっています。どうかもう一声お願いします!」


 俺は頭を下げる。

 これをきっかけに商談は加速していくことに。


「むむむ‥…では銀貨90枚!」


「ここだけの話、実はマッチを買付けにきた商人はジェコスさんがはじめてなんですよ。つ、ま、り、いまマッチを持って他の街へ行けば、売値はジェコスさんの思うがままですよ!」


「銀貨きゅ、95枚!!」


「俺としては末永くジェコスさんとお付き合いしていきたいと思ってます! ご成約いただけたら、先ほど飲まれた紅茶の茶葉を無料でお付けします! ジェコスさんにだけ、今回限りの特別なご奉仕です!!」


「ええーい! マッチ10000本で金貨1枚出します! 本当にこれが精いっぱいです! 限界です! これでいかがでしょうっ?」


 10000本で金貨1枚は、20パーセント引きの価格だ。

 卸値としては及第点以上だろう。


「わかりました。では廉価版のサバイバルマッチの卸値は、10000本につき金貨1枚で契約しましょう」


「ありがとうございます、シロー殿!」


 ジェコスさんが、深く頭を下げて感謝してきた。

 あんまりにも深いもんだから、ガツンとカウンターに頭をぶつけてしまったのはご愛敬。


 でもさすがは商人だった。


「……ところでシロー殿、茶葉はいかほどいただけるので?」


 後日、ジェコスさんにあげた茶葉が大きい取引のきっかけになるのだけれど、それはまだ別のお話。


 こうして俺は、ジェコスさんにマッチを50000本売り、金貨5枚を手に入れるのだった。

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