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第40話 そして商売は動き出す

 カレンさんに相談したところ、町外れのお年寄りを1日銅貨35枚で雇用することになった。

 30枚もあれば十分だろうというカレンさんの意見に、俺がもう5枚上乗せした形だ。


 嬉しいことに、町外れに住むお年寄り全員と、仕事を探していた何人かがサバイバルマッチの生産に協力してくれることになった。


 町にある空き家を一軒カレンさんから借り受ける。

 その家を仮のマッチ工場とし、アイナちゃんが作り方を教える。

 商品としてのクオリティを保ちつつ安定して生産できるようになるまで3日ぐらいかかったけど、それ以降は順調だった。


 どんどん生産量が増え、ついに毎日1万本を超える自作サバイバルマッチが生産されるまでになったのだ。

 山と成った自作サバイバルマッチを見て、アイナちゃんなんかは、


「シローお兄ちゃん……これぜんぶ売れるかな?」


 って不安な顔をしていたけれど、俺は、


「大丈夫。心配いらないよ」


 と言って笑っていた。


 もちろん、根拠のない自信やカラ元気なんかではない。

 ちゃんと確信があってのことだ。

 それは――




 扉につけた鐘が来客を知らせ、恰幅の良いおじさんが入ってくる。


「いらっしゃいませ」


 アイナちゃんは工場で先生をしているため、いま店には俺ひとり。


「すみません。『シローの店』というのはこちらで合ってますでしょうか?」


「ええ、合ってますよ」


 そう言って出迎えると、おじさんは顔をほころばせた。


「良かった。合ってましたか。ここまで長い道のりだった……あ、店主殿はいらっしゃいますでしょうか?」


「俺が店主の士郎です」


「おおっ! あなたが噂のシロー殿でしたか。私は行商人をしているジェコスと申します。どうぞお見知りおきを」


 おじさん改め、ジェコスさんが握手を求めてきた。

 俺は握手に応じる。


「はじめましてジェコスさん。それで俺にどんな御用でしょう?」


「実はですね、シロー殿が扱っているあるアイテム(・・・・・・)を、是非とも私も扱いたく思いまして……」


「あるアイテム?」


「ふふふ、コレ(・・)ですよ」


 そう言い、ジェコスさんは懐から何かを取り出した。

 紙で作られた小さな箱――マッチだ。


「私はこの『マッチ』を求めて西の交易都市サノッサからやってきたんです。いやー、大変でしたよ? いくつもの街や関所を通り、その度に通行料として銅貨が減っていく。この町に着いたときは心底ほっとしたものです」


「それは大変でしたね……」


 ニノリッチは町に入るのに税を取っていない。

 けれどそれは珍しいことで、普通は住民以外の者が町に入るときには、税を支払う必要があるらしい。

 もっとも、冒険者や商人など大きなギルド(組合)に所属し、特別な許可証を持っていれば税の免除や減額があるって話だけどね。


「ええ、大変でした。ですが私はこの町に、この店に着きました! ……おっといけない。話が逸れてしまいましたな」


「いえ、気にしないでください。長旅お疲れ様です。大変だったみたいですね」


 そう言い、俺は椅子を一脚持ってきてカウンターの向かい側に置く。


「どうぞ座ってください。いま何か飲み物を持ってきますね」


「なんと、アポもなしに突然やってきたのに……ありがとうございます」


「あはは、本来なら応接室とかで商談をするべきなんでしょうが、あいにくいま店には俺しかいませんし、そもそも応接室がないんですよね。ですので、すみませんがここで勘弁してください」


「なんのなんの。ここで十分ですとも。どうぞお構いなく」


 俺は一度キッチンに入り、紅茶を入れて戻ってくる。

 カウンターに紅茶のカップを2つと、水の入ったコップを1つ置き、俺も椅子に座る。

 ジェコスさんとカウンター越しに向かい合う形だ。


「どうぞ飲んでください」


「ありがとうございます。おお……なんて素晴らしい香りだ。紅茶の香りだけでなく、かすかに爽やかな果実の香りも混ざっている!」


 紅茶の香りを嗅いだだけで、ジェコスさんがものすごく驚いているぞ。

 腰を浮かし興奮したように何度も紅茶の香りを嗅ぐ。

 カップを持つ手は震え、激しく動揺しているようだ。


「し、シロー殿! い、いったい――いったいこの紅茶はどちらの国のものでしょうっ!?」


「く、国!?」


 今度は俺が動揺する番だった。


「えーっと……確かこの紅茶はアールグレイだったよな。国……国かぁ……」


 アールグレイの名前は有名だけど、実は紅茶の茶葉の名称ではなかったりする。

 柑橘系の香りを茶葉につけたものをアールグレイといい、ピーチティーやアップルティーのようなフレーバーティーの一種なのだ。

 そこまでは知っているけれど、肝心の素となる茶葉の産地なんか原材料を見ないとわからない。


「国……国……だ、ダージリンだったかな……?」 


 とりあえず知っている紅茶の名を言ってみる。

 ダージリンも有名な紅茶で、インドのダージリン地方で生産される紅茶の総称だ。


「だーじりん……? ふーむ。聞いたことのない国の名ですな」


 あ、なんか勘違いしてる。

 いっそのこと、このまま貫き通すか。


「あはは、海の向こうにある国と聞いています」


「なるほど。海向こうの大陸から海商で手に入れた茶葉なのですね。そんな高価なものを私などに……いやはや、シロー殿はなんと器が大きい。それともそれだけの利益を上げている商人ということですか?」


「ご、ご想像にお任せします」


 真実はスーパーで買った12個入り300円の紅茶なんだけどね。


「……うぅむ。私は茶商ではないので茶葉の価値には疎いのですが、この香りと味ならば富貴な方たちにも売れるのではないでしょうか?」


「え? 紅茶がですか?」


「ええ。例えば北のジャネッサ領主、ライスダーム侯爵は紅茶に目がないと聞きます。それこそ、美味と聞けばカネに糸目をつけずに手に入れるそうですよ」


「へええ。紅茶にですか」


「はい。紅茶にです。……おっと、また話が逸れてしまいましたな。申し訳ない。私はどうにも気になることがあるとそちらに意識が持っていかれてしまうタチでして。うおっほん。……失礼しました。マッチの商談をはじめても?」


「ええ、お願いします」


 ジェコスさんの問いに、にこやかな笑みを浮かべて頷く。

 けれど、内心でははじめての商談にドキドキだったりする。


 さあ、はじめての商談のはじまりだ。

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