第36話 病の正体
3人に申し開きをするのは、なかなかに骨が折れた。
単純にお母さんが泣いていたことを心配するアイナちゃん。
厳しい顔つきで詰め寄ってくるカレンさん。
無言のままメイスを握りしめるロルフさん。
ステラさんが事情を説明してくれなかったら、いったいどうなっていたことやら……。
想像するだけで恐ろしい。
でも、誤解が解けたあとはいつも通り。
みんなの意識は、俺の冤罪から『生き腐れ病』を治す手段へと移っていた。
「この生き腐れ病はですね、俺の故郷では『脚気』と呼ばれています」
「「「「カッケ?」」」」
4人の声がきれいに重なる。
俺は頷き、脚気について説明をはじめた。
「脚気は、十分に栄養を摂れていないときにかかる病気なんですよ」
人間が生きていくには各種ビタミンが必要で、それが足りなくなると病気になる。
そんなビタミン欠乏症の代表とも言えるのが、現在進行形でステラさんを蝕んでいる『生き腐れ病』こと『脚気』だ。
脚気かどうかを判断する材料として、膝の下のくぼみを叩いて足が跳ね上がるか試す方法がある。
健康な人は膝のお皿の下の部分を叩くと反射で足が跳ね上がるけど、脚気になった人にはこの反応が出にくくなるのだ。
ステラさんの膝下にチョップしたとき足が跳ね上がらなかったことから、俺は『生き腐れ病』と呼ばれている病の正体が脚気だと確信した。
脚気は進行すると手足が痺れて動かなくなり、最期は心臓が止まり死に至る。
日本でも大正時代に年間数万人もの死者を出した恐ろしい病気だけど、治療法は至って簡単。
不足しているビタミンを摂取すればいいだけなのだ。
そしてビタミン剤なんか、日本じゃ薬局どころかコンビニでも売っている。
「というわけで、俺は一度店に戻って薬を取ってきますね」
「シロー、生き腐れ病を治す薬があるというのか!?」
俺の言葉にカレンさんが驚く。
その隣では、いつもニコニコしているロルフさんも目を見開いてビックリしていた。
「シローお兄ちゃん……おかーさんを治すお薬があるの?」
アイナちゃんが声を震わせ訊いてくる。
涙が浮かぶ瞳には、僅かに希望の光が灯っていた。
俺はしゃがみ、アイナちゃんと目線を合わす。
「ああ、あるともさ。急いで薬を取ってくるから待っててね」
「うん。アイナまってる」
「よし。じゃあちょっと行ってくるね」
俺は店に戻るフリして一度自宅に戻る。
目的の物を持って、再びアイナちゃんのお家へ。
「お待たせしました!」
往復に時間がかかったため、すっかり日は沈み窓からは月明かりが差し込んでいた。
みんなが見守るなか、俺は握りしめていた手を広げる。
「ステラさん、これを飲んでみてください」
そう言い、握っていた小瓶からオレンジ色の錠剤を取り出す。
「その橙色のものをですか?」
「そうです。見た目はちょっと毒々しいかもしれませんけど、実はこれ『生き腐れ病』を治す薬なんです」
「この丸薬が……?」
「はい」
俺の手のひらにある錠剤を、まじまじと見つめるステラさん。
何を隠そう、この錠剤こそが日々命をすり減らしているサラリーマンの最後の生命線であり、日本で一番有名なビタミン剤の『チョコラータBB』だ。
口内炎もすぐ治っちゃうぐらいだから、その効果は折り紙付き。
俺が自信を持ってオススメできちゃう一品だ。
「シロー、疑うわけではないが、その……本当に効くのか?」
カレンさんが訊いてくる。
町長として、質問せずにはいられなかったんだろう。
「一回飲んだだけでは治りません。ですが毎日飲み続けることによって良くなっていき、やがて完治します」
「このお薬を毎日……ですか」
ステラさんがなにやら思い詰めた表情で言う。
やっぱり色か?
この錠剤のどぎついオレンジ色に抵抗があるのか?
とか思っていたら、
「……お薬ということは、やはり高価なものなんですよね?」
とステラさん。
あ、気にしていたのはそっちか。
俺は首を横に振る。
「お代のことは気にしないでください」
「ですが……」
「それに、お代は後からキッチリ回収させてもらう予定ですから。アイナちゃんの笑顔でね」
「っ――」
ステラさんが言葉に詰まり、俺を見返してくる。
「俺はこの町に来て、アイナちゃんにとても助けられました。こんどは俺がアイナちゃんを助ける番です。さ、飲んでください」
「シローさん……」
「おかーさんお薬のんで」
「アイナ……」
「はやくはやく」
アイナちゃんが水の入ったコップをベッドまで持っていく。
「……うん。頂くわ」
アイナちゃんが手伝い、ステラさんがビタミン剤を飲む。
「この薬は朝晩一粒ずつ飲んでくださいね」
「わかりました」
ステラさんが頷く。
これでステラさんのビタミン欠乏症の問題は解決したと考えていいだろう。
けれど、カレンさんの話だとこの町外れにはまだまだビタミン欠乏症の人がいるって言うじゃない。
となれば、
「いっそのこと、みんな治しちゃいますか」
俺はそう呟き、さっそく行動に移るのだった。




