第33話 アイナの母
「……シローお兄ちゃん、こっち」
いま俺たちは、アイナちゃんの家へと向かっていた。
メンバーはアイナちゃんを先頭に、俺とカレンさんとロルフさんの4人。
町外れから、さらに外れた区画。
周囲を畑に囲まれたその場所には、ぽつんぽつんと何軒かの家々があった。
「……」
俺はあたりを見回す。
キレイな家は一つもなく、どちらかというと崩れかかった家が多い。
その上、畑に植わっている野菜はどれも小さなものばかり。
生育が上手くいっていないのは、ひび割れた畑と枯れかけた葉を見ればすぐにわかった。
なによりこの町外れは、どんよりとした重苦しい雰囲気に満ちていたのだ。
「カレンさん、ここって……?」
隣を歩いているカレンさんの耳元に、そっと声をかける。
俺が何を訊きたいのか、すぐにわかったんだろう。
カレンさんは辛そうな表情を浮かべ、語りはじめた。
「ここは……貧しい者や病気になった者たちが住む地域だ。なかには他所の村から口減らしで捨てられた者もいる」
「そんな…」
「町長として不甲斐ないばかりだが……ニノリッチは貧しい町だ。冬を越せない者も毎年出ている。ここには、そういった者たちが多く住んでいるのだ」
カレンさんの話によると、病気になった人や身寄りのない子供、老人などが自然と集まりできたのが、この町外れなんだとか。
病気の人も多いことから、町の住人たちから疎まれ、忌避される。
こんな外れに傾いた家を建て、住んでいるのだって、ここ以外に行き場がないからだろう。
心情的にはぜんぜん納得できないけど、理解はできる。
もし病気が人に移る伝染病のようなものだった場合、近づくことはリスクでしかないからだ。
「アイナちゃんは、こんな町外れから店までやってきてくれていたのか……」
俺がそう呟いたタイミングで、
「ここだよ。ここがアイナのおうち」
ちょうどアイナちゃんの家へと着いたみたいだった。
少し傾いているアイナちゃんのお家は、2人で住むにはずいぶんと小さく感じる。
家の隣には畑があって、ナスに似た野菜がほんの少しだけ生っていた。
「これね、ナシュってやさいだよ」
俺の視線に気づいたのか、アイナちゃんが『ナシュ』を手に取って教えてくれた。
「スープにしておかーさんと食べてるんだよ」
「……そっか。アイナちゃんが作ってるの?」
「うん。シローお兄ちゃんもたべる? アイナつくってあげるよ」
「えー。いいよー」
「ううん。おかーさんのごはんも作らなきゃだし、たべてって。町長もロルフお兄ちゃんも」
アイナちゃんはそう言うと、ナシュを2つばかりもぎり取る。
ナシュを両手で抱え、深呼吸を1回、2回。
「すーはー……すーはー……」
そして笑顔を浮かべ、
「おかーさーん、ただいまー!」
アイナちゃんは元気よく家の扉を開けた。
俺はその小さな後ろ姿を見て、胸がチクリと痛んだ。
最初の深呼吸は、哀しい気持ちを落ち着かせるためのもの。
無理やり作った笑顔は……お母さんを安心させるためのもの。
アイナちゃん、君って子は……。
「おかーさん、今日はね、お客さんがいるんだよ!」
「……まあ、珍しいこともあるのね」
アイナちゃんとは違う女性の声が聞こえてきた。
なんだか、とても優しい声音だった。
「おかーさんにしょーかいするね。シローお兄ちゃん、はいってはいって!」
笑顔を浮かべるアイナちゃんが、俺を手招きしてくる。
なら――。
俺は両手で自分の頬を挟むようにひっぱたく。
おし。気合が入ったぞ。
アイナちゃんに負けないぐらいの笑顔を作ってやる。
「はじめましてお母さん。アイナちゃんに店を手伝ってもらっている者で、士郎・尼田っていいます」
笑顔でアイナちゃんの家へと入る。
まるで飛び込みの営業だ。
「そう。あなたが……」
そこには、ベッドで横になっている女性がいた。
「はじめましてアイナの母で、ステラと申します」
アイナちゃんによく似たキレイな女性は、弱々しいながらも暖かな笑みを俺に向けるのだった。