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幕間 アイナの過去

 アイナが4歳のときのことだ。

 当時住んでいた町が戦火に焼かれた。

 家も何もかも、アイナのお気に入りだった玩具も全て灰になってしまった。

 哀しかった。

 楽しい想い出ばかりの家がなくなって哀しかった。

 でも一番哀しかったのは、父が兵士として連れていかれてしまったことだ。

 なんでも、国民の義務というモノらしい。


 ――すぐ帰ってくるよ。


 そう言って頭を撫でた父。


 ――アイナを頼む。


 そう言って母と抱き合った父。

 戦争の終結まで、半年がかかった。


 アイナは戦争が終わったあの日を、いまも鮮明に覚えている。

 町中がお祭りみたいに騒いでいたからだ。


 それから一年が経ち、二年が経った。

 父は、まだ帰ってこなかった。


 違う町へ行こうと母が言い出したのは、アイナが6歳のときのことだ。

 アイナは反対した。だってそうだろう?

 アイナは父の帰りを待っているのだ。


 それなのに自分たちが違う町へ行ってしまっては、帰ってくる父が困ってしまうじゃないか。

 頑なに残ると言い続けるアイナを見て、母は静かに泣いていた。

 アイナを抱きしめ、ただただ泣いていた。


 アイナは母が大好きだ。泣いている姿なんか見たくない。

 だからアイナは町を離れることに同意した。


 荷物は小さな背負い袋と、大きな背負い袋だけ。

 母に手を引かれ、いくつもの国境を越え、辺境にあるニノリッチへとやってきた。


 こんな辺境を選んだ理由を母に尋ねると、母は戦争が起きないからよ、と答えた。

 もう、大切な人を失わなくていいから、と。


 それでも辺境の暮らしは楽ではない。

 母は慣れない畑仕事をし、両手を血豆でいっぱいにしていた。

 食べ物だって、ほんの少ししかなかった。

 なのに母はアイナにたくさん食べさせようとし、自分は少ししか口にしなかったのだ。


 ニノリッチに移住して2年目にそれは起きた。

 母が、病気になったのだ。

 立ち上がれなくなった母は、アイナにごめんねと言った。


 何がごめんねだ。謝るのは自分の方だ。

 こんなになるまで無理をさせてしまったのは、全部自分のせいではないか。

 

 アイナは花を摘み、なけなしの銅貨で市場で商売をする許可を取った。

 朝から晩まで、市場で花を売って歩いた。


 シローに出会ったのはそんなときのことだ。

 花をたくさん買ってくれたシローは、それだけじゃなく自分をも雇ってくれたのだ。


 これで母に楽をさせてやれる。

 アイナは自分が知る限りの神に感謝した。

 シローと巡り逢わせてくれた神々に、感謝したのだ。


 シローはよくアイナにとても美味しいご飯をご馳走してくれた。

 アイナは半分だけ残し、母へと持って帰った。

 美味しいから食べてと言うアイナに、母は首を振るだけ。

 なんでも、アイナが帰ってくる前にご飯を食べてしまったらしい。


 嘘だというのはすぐにわかった。

 それなのに母は、頑なに食べてくれないのだ。

 このときアイナは、自分の頑固さが母譲りなのだと知った。


 はじめてもらったお給金は、銀貨10枚。

 使い道は最初から決めていた。

 だって、ぼーけんしゃ(冒険者)の人が言っていたのだ。


 ――ポーションはよ、なんでも治してくれんだぜ。


 その言葉はアイナの希望となった。

 でも町の薬師はポーションを売っていない。

 だからアイナはぼーけんしゃたちに声をかけ、ポーションを売ってくれと頼んだ。


 シローからもらった銀貨10枚と、アイナが母のためにコツコツと貯めていた銅貨23枚。

 何人ものぼーけんしゃに声をかけ、先日やっとポーションを売ってもらうことができた。


 全財産をはたいたポーション。

 アイナはポーションの入った小瓶を大切に抱え、母の下へと走った。

 シローに貰ったと嘘をつき、母にポーションを飲んで貰った。

 

 でも……なにも起こらなかったのだ。

 アイナは目の前が真っ暗になる感覚に襲われた。

 どうすればいい?

 どうすれば母を病魔から救える?


 おカネだ。

 おカネがあれば母を大きな街へ連れていき、治すことができるかもしれない。


 元より頼れる相手が少ないアイナだ。

 頼れる相手など、一人しかいない。

 大好きなシローに嫌われるのは怖かった。

 でも、もっと大好きな母が死んでしまうのはもっと怖かった。


 神さま、自分は嫌われてもいい。だけど母だけは救ってください。

 アイナは歯を食いしばり、震えそうになる膝を叱咤し、服の裾を手でぎゅっと握りしめ、ありったけの勇気を振り絞る。

 

「アイナに……お、おカネをかしてくださいっ」


 嫌われ、軽蔑される覚悟で発した言葉。

 なのにシローは、優しく頭を撫でてくれたのだ。

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