第30話 ためらい
町に冒険者ギルドができる。
この発表にニノリッチの住民たちは大いに沸き立った。
カレンさんから聞いた話では、やれ酒場を建てろ、いやいや宿屋が先だろうと、役場は町の開発計画で盛り上がっているらしい。
辺境にあるニノリッチだけど、土地だけは無駄にある。
冒険者ギルド『銀月の使徒』の支部が完成するのに合わせて、何軒もの宿屋と酒場、それに鍛冶屋や道具屋なんかをオープンさせる予定なんだそうだ。
そんなわけで、まだ建築がはじまってもいないのに町は活気に満ちていた。
そして俺はというと……
「ありがとうございましたー!」
今日も商売に精を出していた。
支部ができる話を聞きつけたのか、町にやってくる冒険者の数も日に日に増えている。
ライヤーさん曰く、『銀月の使徒』に所属する冒険者の姿もあったらしい。
町は賑わい、店の売り上げもずっと右肩上がり。
順風満帆な日々が続く中、気がかりなことがひとつだけ。
「アイナちゃん、そこにある大きいマッチを取ってもらえるかな」
「……」
「アイナちゃん?」
「……」
「おーい」
「あっ!? ご、ごめんなさいシローお兄ちゃん。えと……ホウキだっけ?」
「ううん。マッチだよ。大きいマッチ」
「は、はい。いまもっていくね」
いまみたいに、アイナちゃんが上の空な感じになることが多くなってきたのだ。
仕事熱心だったアイナちゃんにしては珍しい。
悩み事でもあるのかな?
「ありがとうございましたー」
店にいた最後のお客が帰っていった。
ちょっと早いけど、今日は店を閉めちゃおう。
「アイナちゃん、今日はもうお店閉めちゃおうか?」
「……」
「アイナちゃんやーい」
「あっ、えっ、あ……う、うん!」
また考え事をしてたみたいだな。
ここは店長として、じっくり相談に乗ってあげますか。
「それじゃ閉めてくるね。アイナちゃんは店の掃除をお願い」
「はい」
入口の扉に『本日の営業は終了しました』の札をかけ、店に戻る。
次は売上の計算だ。
カウンターに入り、硬貨を一枚ずつ数えていく。
本日の売上は、銀貨52枚と銅貨が4560枚。
日本円にして97万6000円だ。
ここのところ、毎日これぐらいをキープしている。
ほぼ100万円だ。100万円。
これが1年間維持できたら、3億6000万円か……。
異世界ドリームにもほどがあるぞ。
「さてっと」
売上金を空間収納でしまったタイミングで、ちょうどアイナちゃんも店の掃除を終えていた。
よし。いまからアイナちゃんの悩み事を聞き、大人らしく的確なアドバイスとかしちゃうぞ。
とか思っていたら、
「あの、シローお兄ちゃん……」
なんとアイナちゃんの方から俺に話しかけてきた。
「ん、なんだい?」
「えとね……あのね……その……」
アイナちゃんは何か言おうとして躊躇い、どこか泣きそうな顔で俯いてしまう。
でも、服の裾をぎゅっと握ると、意を決したように顔をあげた。
「あ、あ、あのっ、あのねシローお兄ちゃん」
「うん」
「えと、アイナにね、」
「うん」
「アイナに……アイナにね」
目には涙が浮かび、出てくる声は震えている。
それでもアイナちゃんは真っすぐに俺を見つめ、勇気を振り絞ってこう言葉を続けた。
「アイナに……お、おカネをかしてくださいっ」




