第29話 冒険者ギルド、銀月の使徒
冒険者ギルド『銀月の使徒』の支部を、ニノリッチに置かせてもらいたい。
そんなネイさんの発言に、この場にいる誰もが驚く。
でも、さすがはカレンさんだった。
すぐに正気に返ると、きりりと表情を引き締める。
「……『銀月の使徒』の支部をこのニノリッチに?」
「はい。本来ならば正式な手続きを踏み提案をするべきなのですが、『迷宮の略奪者』の使者がこの町に支部を置こうとしていると聞き、急ぎやってきたのです。このような形で提案することになり申し訳ありません。もしよければ、私の話を聞いてはもらえませんでしょうか?」
「ふむ……」
カレンさんが俺をチラチラと見ている。
判断に迷っているみたいだ。
ガブスさんに無理難題をふっかけられたばかりだから、また同じようなことを要求されるんじゃないかと警戒しているのだろう。
とか思っていたら、
「シローはどう思う?」
俺に話を振ってきたじゃありませんか。
だけど、ここで取り乱してはいけない。
俺はなるたけクールに振る舞う。
「まずは話を聞いてみてはどうでしょう?」
数日前にネイさんが店に来たときにも感じたけど、とても礼儀正しい人だった。
少なくとも俺には悪い人には見えなかったのだ。
「そうだな。わかった。使者殿、話はわたしの執務室で聞かせてもらおう。こちらへ」
「ありがとうございます」
「それとシロー」
「はい、なんですか?」
「すまないが君もついてきてもらえるか?」
「え、俺も?」
「私からもお願いいたします。実は当ギルドから貴方に協力を申し出たいことがありまして」
「はぁ、協力ですか」
しがない道具屋の店主に協力ってなんだろ?
さすがにまたマッチの優先販売権じゃないとは思うけどね。
「わかりました。俺も行きましょう。アイナちゃん、店番頼んでいいかな?」
「もちろんだよシローお兄ちゃん。アイナは『てーいん』なんだよ。だいじょうぶだもん」
「ありがとう。心強いよ。じゃあよろしくね」
「ん!」
こうして俺は、カレンさんの頼みでネイさんとの会談に同行することになった。
◇◆◇◆◇
「では話を聞かせてもらえるだろうか」
執務室のソファに座るやいなや、カレンさんが切り出す。
位置取りとしては、俺がカレンさんと並んで座り、ローテーブルを挟んだ対面のソファにネイさんが座っている形だ。
「はい。では当ギルドがなぜこの町に支部を置きたいのか、まずはその説明からさせていただきます。ニノリッチの東に広がる大森林には多くのモンスターと希少な薬草が生息していることはもちろんとして――――……」
ネイさんの説明は、俺もカレンさんも既に知っているものだった。
曰く、王都で人気のモンスターがいる。
曰く、希少な薬草を薬師や錬金術師が高値で買う。
しかし、続く言葉は俺もカレンさんも知らないものだった。
「先日、ギルドに所属する冒険者パーティが、ダンジョンから古代魔法文明時代とおぼしき大陸の地図を発見しました」
「ほう。地図か」
「はい。地図です。いままで大陸を描いた地図は、一度も発見されたことがありませんでした。それ故ギルドの中では、『世紀の大発見』とまで言われているほどです。ですが、重要なのはここからです」
興奮したような顔でネイさんはテーブルをバンと叩き、身を乗り出してくる。
「その地図には大陸の東、つまりここニノリッチの東に広がる大森林に古代魔法文明時代の王国や迷宮、神殿などが多数存在していたことがわかったのです!」
「な、なんだとっ!?」
カレンさんがガタッと立ち上がる。
体がガクガク震えているのは興奮しているからか。
「そこで私たち『銀月の使徒』は、ギルドの総力をあげて東の大森林の攻略に当たることにしました。そして支部を置くにふさわしい町、もしくは村を探していたのですが……私はこのニノリッチこそが攻略の拠点としてふさわしい町と判断致しました。理由は――」
そこで一度区切ったネイさんは、俺に視線を移す。
「ニノリッチにある『シローの店』の存在です。貴方の店のアイテムはどれも素晴らしい。ギルドに所属する冒険者たちの助けになってくれると確信しました」
「なるほど。シローの存在が決め手だったか。では、使者殿が先ほどシローに『協力』と言っていたのは?」
「支部の完成に合わせて、ギルド内に支店を置いてもらいたいのです。お願いできませんでしょうか?」
またマッチの販売権かなと身構えていたら、まさかの出店オファー。
「もちろん今すぐお返事を頂きたいとは思っておりません。この町に支部を置かせてもらえたらの話です。どうかご検討のほどよろしくお願いいたします」
そう言ってネイさんは俺に頭を下げてきた。
高圧的だったガブスさんとは、エライ違いだ。
ギルドが違うとこうも変わってくるんだな。
「それでどうでしょうか町長。支部を置かせてはもらえないでしょうか?」
「そういう理由であればこちらから頼みたいぐらいだ。しかし……支部を置くに当たってどのような条件をわたしの町に要求するつもりだ?」
「要求……と申しますと?」
「使者殿の前に『迷宮の略奪者』の視察の者が来ていてな。税の免除と支部の建築費用、それに――」
「ウチの店にあるマッチの優先販売権をよこせ、って言ってきたんですよ」
俺とカレンさんの話を聞き、ネイさんは信じられないとばかりに口をあんぐり開ける。
「そんな要求を……したのですか? 支部を置かせてもらう立場なのに?」
「すっごい厚かましかったですよ。町にいる冒険者を馬鹿にしたり、俺をマヌケと言ったりね」
「あとわたしの胸を触ったりな」
「そんなことが……。ご安心ください。当たり前のことですが、支部の建築費用はギルドが負担しますし、税も規定通りお支払いします。そちらに頼みたいことは、建築の際の人手――もちろん給金は支払います。人手と、支部を置く土地の確保ぐらいです。いかがでしょう?」
ネイさんの言葉を聞き、カレンさんが大きく頷く。
そして右手を伸ばし握手を求めた。
「是非お願いしたい」
「ありがとうございます」
固い握手を交わすカレンさんとネイさん。
こうして、冒険者ギルド『銀月の使徒』の支部がニノリッチの町に置かれることになったのでした。




