第28話 駆け引き
「……町長、あなた今なんと言いました?」
「支部を置く話はなかったことにしてもらいたい、と言ったのだ」
カレンさんが強い口調で言い、ガブスさんを睨みつける。
知り合ってまだ少ししか経っていないけど、見たこともない厳しい顔だ。
この言葉にガブスさんの目が細まる。
「ほう。わざわざ王都まで来て『どうか支部を置いてください』と懇願してきたのは誰でしたかねぇ?」
「それは……」
「いくつもの冒険者ギルドに断られてきたこの町に、唯一手を差し伸べたのは我々『迷宮の略奪者』だけなのですよ? そのことをちゃんと理解しているのですか?」
ガブスさんは両手を広げると、ここにいる全員に聞こえるよう声のボリュームを上げる。
「数多ある冒険者ギルドがなぜこの町に支部を置かないか。簡単な話ですよ。置く価値がないからです。主要都市との距離。人員と資材の輸送費。中央との連絡手段の確保。どれ一つを取っても採算が合わないのですよ。こんな辺境ではね」
嘲るような笑みを浮かべるガブスさん。
完全にこの町の住民たちをバカにしている顔だ。
さすがに俺もカチンと来たぞ。
「待ってくださいガブスさん。森には珍しいモンスターや薬草、鉱物があると聞きました。それだけでも支部を置く価値があるんじゃないんですか?」
教えてくれたのはライヤーさんたちだ。
ニノリッチに冒険者ギルドがないのが不思議なぐらいだ、とも言っていた。
「ふむ。確かに、町の東に広がる大森林には希少なモンスターや素材があるそうですね」
「ですよね? それに町にはたくさんの冒険者がやってきています。この町にいる冒険者たちこそが、この町に価値があることを証明してくれています。だからこそ、逆に冒険者ギルドがないほうが不自然なのでは?」
「たくさん……ですって? くくく……プッ……クフゥッ、あーっはっはっは! なんて無知な……ふぅ、笑わさないでくださいよ。まったく、物を知らないとはこのことですね」
俺の発言でガブスさんが大笑い。
「無知なあなたのために教えてあげましょう。いいですか? この町にいる冒険者はせいぜい4,50人といったところでしょう。それも、中央では通用しなかった弱小冒険者ばかり。王都や主要都市はで稼げない雑魚冒険者が、競合相手が少ない辺境にやってきて、ささやかな稼ぎを得ているに過ぎません」
ガブスさんが、哀れみの目を店内にいる冒険者たちへと向ける。
ライヤーさんが握りしめた拳を振るわないのは、俺の店への気遣いか。はたまた隙を見て一撃で仕留めるためか。
「それなのに何を勘違いしたのか、ここにいる町長はこの町が冒険者にとって価値のある町だと思い込んでいます。こんな辺境にある町がですよ? 滑稽ですね。哀れですね。可笑しいですねぇ」
「っ……」
ガブスさんの嘲笑に、カレンさんは顔を伏せ肩を震わせる。
それを見て鼻を鳴らしたガブスさんは、再び俺に視線を戻した。
「わかりましたか店主? 我々はこの町に支部を置く意味も価値も意義もないのです。で、す、が、」
そこで一度区切り、ずいっと近づいてくるガブスさん。
急接近が再びだ。
「あなたの扱う……もう、『作る』と言ってもいいですよね? あなたが作る『マッチ』の販売権を頂けるのでしたら、この町に支部を置いてあげてもいいでしょう」
「ガブス殿、だからその話は断ると――」
「黙りなさい町長。私はいま店主と――この錬金術師さんと話しているのです」
「っ……」
カレンさんが黙り込み、代わりに俺を見た。
俺を見つめる瞳は、何か言いたげだ。
「さあ、どうします錬金術師さん。あなたの判断にこの町の未来がかかっていますよ?」
すっかり錬金術師になってしまった俺。
「……少し考えさせてください、というのはダメですよね?」
「当然でしょう。私も暇ではありません。いまここで答えを聞かせてもらいましょう」
「……」
さて、一度状況を整理しようか。
俺は考える。
時系列順に考えると、ニノリッチで俺が商売をするよりも前に支部を置く話は出ていたはずだ。
町に他の冒険者ギルドを置くな、という条件こそが、森から得られる利益を自分たちだけで独占するためのもの。
つまりマッチ云々を除いても、ニノリッチに冒険者ギルドを置く意味は十分にあると考えられる。
「……ふむ」
さっき会ったばかりのガブスさんの人となりを考慮し、思考をもう一段階沈める。
相手に対し高圧的に迫り、無茶な要求を通そうとする。
なんてことはない。ブラック企業だった前職の欲深上司そっくりじゃないか。
となれば、ガブスさんがどんな人でどんな思考をしているか予想できてくるぞ。
当初は辺境の町に無茶な要求を通し、支部を置いて利益を独占しようとしたんだろう。
そんな矢先に、俺の持つマッチなるアイテムの情報が飛び込んできた。
自分で言うのもなんだけど、この世界においてマッチは商品としての価値が高い。非常に高い。
それは売れ行きが証明している。
だから欲深いガブスさんは、こう考えたのだ。
支部を置くことを餌にマッチの権利をも独占しようと。
俺を探っていたのなら、俺とカレンさんが親しく、町の人たちともいい感じに打ち解けていることも知っていると考えるのが自然だ。
知っているからこそ、ガブスさんは町の未来を人質にしてマッチを独占しようと考えたのだ。
まったく、なんて欲深い人なんだ。
なら、答えは決まったな。
「さあ、どうしますか? 未来のない寂れた町で、これからもマッチを細々と売っていくのか、それとも我々『迷宮の略奪者』に優先販売権を与え、一生涯入ってくる大金と親しい者たちが住む町の発展を取るのか、答えを聞かせてもらいましょうか。まあ、あなたが人並みの頭脳をお持ちなら、迷う必要もありませんがねぇ」
そう言い、ガブスさんは俺の答えを待つ。
俺はガブスさんを見つめ、満面の笑みを浮かべる。
つられてガブスさんもにやりと笑う。
そして俺は――
「もちろん、お断りさせていただきますよ」
と言ってやった。
目を見開いて「はぁ?」って顔をするガブスさん。
なかなかに見物だ。
「……本気で言っているのですか?」
「ええ、本気ですよ。ガブスさんの要求を通してしまうと、この町に冒険者ギルドを置く意味がなくなってしまいますからね」
「シロー……」
カレンさんが驚きつつも、どこかほっとした顔をする。
「意味がない? もともと冒険者ギルドを置く意味がない町如きが、ずいぶんな口を利きますね。我々『迷宮の略奪者』を、言うに事欠いて意味がないですって?」
「え? 逆に聞きますけど、意味があったんですか?」
俺はきょとんとした顔を作り、訊き返す。
「よければどんな意味があるのか、俺に教えてくれませんか?」
「ここまでマヌケとは……。いいですか? 支部を置けば『迷宮の略奪者』に所属する冒険者がこの町にやってきて――」
「それっていまと何が違うんですか?」
「……はぁ。『迷宮の略奪者』はこの国有数の冒険者ギルドです。この町に追いやられた弱小冒険者とは質が違うのですよ。質が違えば所持金も違います。この町に落とすカネだって桁が変わってくるでしょうね」
「えー? でも辺境に来るのはへっぽこな冒険者なんですよね?」
「おう! おれもこの耳で聞いたぜ。『弱小冒険者』ってな」
俺の発言にライヤーさんが乗ってきた。
他の冒険者たちも、うんうんと頷いている。
「…………そもそも変。利益が見込めない町なのに、なんで条件次第で支部を置こうとしているの?」
ネスカさんがド正論な質問を投げつけた。
予期せぬ方向からのツッコミに、ガブスさんが焦る。
「そ、それは我々の善意ゆえに――」
「…………ウソね。シローのマッチが欲しいだけでしょ」
「悪名高き迷宮の略奪者が『善意』だって? ハッ、寝言は寝てから言うもんだぜおっさん」
「チッ、弱小冒険者共が口をはさむな!」
「んだとテメエ!」
ライヤーさんが拳をボキボキ鳴らしながら凄む。
いまにも拳をフルスイングしそうな勢いだ。
俺は慌てて止めに入る。
「ちょっと待ってくださいライヤーさん!」
「あんちゃん……」
「暴力はいけませんよ。暴力は」
「だけどよ……」
「それに俺は答えを出しましたし、そもそもこの話には最初から意味がありません。ですよね、ガブスさん?」
こんどは俺の方からずいっとガブスさんに詰め寄る。
本日3度目の急接近だ。
「俺が優先販売権を与えたとしても、えーっと……税の免除と建築費用の負担、でしたよね? それらを考慮したうえで、最終的に判断を下すのは町長であるカレンさんです。だって費用を捻出できるかは、町の財政次第ですからね。そのカレンさんが断った以上、これ以上話し合う意味はないですよ」
俺がにっこにこしてそう言うと、ガブスさんは今更ながらしまったという顔をした。
マッチの権利にばかり目がいって、足下がお留守になってたな。
「……費用が捻出できないときは、我々が貸し付けてあげるつもりです」
「で、暴利を貪るわけですか?」
「ぼ、暴利など人聞きが悪いですね。適正な金利で――」
「貸し付けなど結構だ」
カレンさんが強い口調で言う。
それに対し、ガブスさんがチッと舌打ちをした。
舌打ちですよ舌打ち。
こんなのを交渉役によこすなんて、『迷宮の略奪者』って人材いなさすぎだろ。
それとも、いままでは弱みに付け込んで無理やり要求を呑ませてこられたからかな。
ま、それはともかくとして、
「結論が出ましたね。ガブスさん、お帰りはあちらです」
俺が出口を指さしてそう言うと、アイナちゃんがさっと扉を開けた。
口には出さないけれど、アイナちゃんのほっぺが膨らんでいるのは怒っている証拠なのだ。
「ま、待ってください。ではあなた個人と我々『迷宮の略奪者』が契約を結ぶのはいかがでしょう? そちらの言い値で買い取らせていただきますよ!」
「すみません。俺は今後も細々と商売していくつもりなんです。尤も、未来あるこのニノリッチの町で、ですけどね」
俺が少しだけかっこつけて言うと、
「シロー……」
「シローお兄ちゃん……」
「あんちゃん……お前ってやつは……」
「…………シロー、よく言った」
みんなの反応は上々だった。
「あなたが望むなら、私たちのギルドの力で王都で店を出すことだってできます。必要な素材があれば所属する冒険者たちに集めさせることも。それでも契約してもらえませんか?」
「いやー、俺駆け引きが苦手なんで、いまは信用できる相手としか取引しないことにしてるんですよ。申し訳ありませんが、俺はガブスさんを信用できていません。ご理解頂けたのなら、もうお帰りください。俺にはお客様が待っているので」
「さあ、あんちゃんの商売の邪魔だ。とっとと王都に帰んな」
ガブスさんの首根っこをライヤーさんが掴み上げ、
「ま、待ち――」
「ほいっと」
そのまま外に放り投げる。
そしてバタンと扉を閉めた。
しばらくガブスさんがドンドン扉を叩いていたけれど、やがて諦めたのか音がしなくなった。
「シロー、すまなかった」
カレンさんが頭を下げてくる。
俺は手をぱたぱたと振る。
「気にしないでください。というか、カレンさんこそ大変でしたね。あの人に変なことされませんでした?」
「……胸を、少し触られた」
「アイナちゃん、硬くて尖った物持ってきて。トドメさせそうなヤツ」
「あんちゃん、おれも手ぇ貸すぜ」
「シローお兄ちゃん、これでいい?」
アイナちゃんが棚から包丁を持ってきた。
奥様たちに人気な商品のひとつだ。
「嬢ちゃん、おれのぶんも頼む」
「ん!」
「…………二人ともバカなことしない。愚者は放っておけばいい」
「「はーい」」
そんな寸劇を終えたところで、不意に入口の扉が開かれた。
ガブスさんが戻ってきたのか? とか思って警戒しながら振り返ると、そこにはいつか見た女性冒険者の姿が。
「すまない。ここに町長がいると聞いたのだが」
冒険者の女性は店内をきょろきょろ。
誰が町長がわかりかねている様子。
「わたしが町長だが……君は?」
女性冒険者は姿勢を正し一礼する。
「私はネイ・ミラジュ。冒険者ギルド『銀月の使徒』から使いとして来た者です」
名乗りを聞き、ライヤーさんがぴゅーと口笛を鳴らした。
そして俺に耳打ちするようにして、
「この国で一番でっかいギルドだぜ」
と教えてくれる。
「わたしがニノリッチの町長、カレン・シュワジョだ。『銀月の使徒』の使者殿がわたしの町に何用かな?」
「そう警戒しないでいただきたい。なに、簡単な話です。この町に『銀月の使徒』の支部を置いてもらえないかと、お願いに参ったのです」
しばしの静寂のあと、
「「「ええ~~~~~~!?」」」
この場にいた全員がびっくりするのでした。




