第27話 優先販売権
ガブスさんの口から飛び出してきた、「優先販売権を頂く」なる言葉。
まさかの発言に俺も言葉を失ってしまう。
数秒のフリーズの後、
「……え?」
と絞り出すのが精一杯。
なのにガブスさんったら、溜息をついて首を振り振り。
「理解の遅い男ですね。それでも本当に商人なのですか? 残念な頭しか持たないあなたのために、もう一度だけ言ってあげましょう」
ガブスさんは、今度はもっとはっきりと。
「あなたの店が扱っているこの『マッチ』を、私たち『迷宮の略奪者』が全て買い上げてあげましょうと言っているのです」
「それって、うちの店からマッチがなくなるということですか?」
「当然でしょう。全て、ですから」
「そ、それだとマッチを買いに来たお客さんに迷惑がかかってしまいます。うちの店は冒険者の方たちだけではなく、町に住む人たちにも利用していただいてます。なのにマッチがないというのは――」
「あなたはバカですか。この店にマッチがなければ、この町に置く『迷宮の略奪者』の支部から買えばいいじゃないですか。こんな簡単なこともわからないから、あなたは辺境でしか商売ができないのですよ」
「わかってます。分かったうえで言っています。だってうちの店からマッチを買うということは、売るときには販売価格が上がるということですよね?」
「……多少は上乗せすることになるでしょうね」
と、悪びれもなくガブスさん。
この顔……絶対『多少』なんて可愛いものじゃないぞ。
そりゃ俺も日本の価格から上乗せして売ってるさ。
でも、このガブスさんの顔はヤバイ。
確実にもの凄い価格で売る気だ。
「待ってほしいガブス殿」
さすがに見かねたのか、カレンさんが会話に割って入ってきた。
これにガブスさんは露骨に眉をひそめる。
「なんです町長? いま私はこのマヌケ――おっと。店主と話しているのですが」
「ニノリッチにこの店があるのは、全てシローの善意によるものだ。いくら町の発展のためとはいえ、優先販売権など……」
「町長、あなたは何もわかっていない。いいですか? 私たち『迷宮の略奪者』はこの国全土に支部があります。それはつまり、私たちに『マッチ』を売れば、王国全土に売ることができるのですよ。こんな辺境の寂れた町では、売れてもたかがしれているでしょう。ですが、」
ガブスさんは俺を見つめ、誘うような笑みを浮かべた。
「我々に売れば、それは王国の全国民に売るのと同じ。得られる利益は今と比べものにならないでしょうね」
「なるほど。販路がこの国全体に広がるわけですね」
「そうです」
「確かに魅力的なお話ですが……すみません。お断りさせていただきます」
「なぜですか?」
「単純な話です。この国の全土に売るほどのマッチを仕入れることは、どうやってもできないからです」
俺が申し訳なさそうな顔をして言うと、
「ほう。『仕入れる』ですか」
ガブスさんがずいっと詰め寄ってきた。
太っちょなお腹と俺のお腹がくっつくほどの距離。
ガブスさんは俺から目を逸らさない。
「先ほども言ったように、我々は王国全土に支部を持っております。冒険者からはその土地にしかないアイテムや名産など、いろいろと情報が入ってきます」
「は、はぁ」
そこで一度区切ったガブスさんは、俺の反応を見てから再び口を開く。
「ですがね。不思議なことに『マッチ』の話はどこからも上がってきません。この国だけではなく、交流のある他国のギルドからもね。おかしいとは思いませんか? 大陸の何処にも存在しないアイテムが、なぜかこんな辺境にあることに」
「あはは、マッチを作っている職人はちょっと癖のある人で、俺としか取引を――」
「嘘ですね」
俺がごまかす前に被せてくるガブスさん。
「実はですね。ここ数日、私たち『迷宮の略奪者』の冒険者を使ってあなたのことを探っていたのですよ。何度かマッチが売り切れたにもかかわらず、あなたがマッチを仕入れに町を出た様子がありませんでした」
「うっ……」
俺の脳裏に、数日前店に入ってきた女性の冒険者が思い浮かぶ。
あれこれ質問するだけで商品を買わないからちょっと不思議に思ってたけど……そうか。あの人は俺を探りに来てたのか。
そして到着が遅れに遅れたのは、俺を探っていたからなわけだな。
クソ。ってことはカレンさんが日焼けしたのは全部俺のせいじゃないか。
「俺が……収納アイテムを持っている可能性は考えないんですか?」
「それこそおかしな話ですね。大量のマッチを運ぶ術があるのなら、わざわざ辺境で売る理由がありません」
「この町が気に入っているから、とかは?」
「くくく……ふざけないでください。それならまだ町長の色香に騙されたと言った方が納得ができますよ」
実は日本から来た異世界人です! なんて打ち明けるわけにもいかず、俺は言葉に詰まってしまう。
「これらのことから導き出せる答えは、そう多くありません」
ガブスさんが更に詰め寄ってくる。
もう鼻がくっつきそうな勢いだ。
俺の人生で、中年男性とこんなにも近距離で見つめ合う日が来るとは思いもしなかった。
「あなたですね。マッチを作っている職人は」
ガブスさんが確信を持って言う。
それはもうサンスペンスドラマの家政婦みたいなドヤ顔で。
しかしこの発言に、店内にいた全員が驚き、そして同時にそうだったのかという顔をした。
「あなたの正体は、破門された錬金術師といったところですかねぇ。この森にマッチの素材があるのか、もしくは中央に顔を出せない理由でもあるのか、あるいはその両方か」
ガブスさんが盛大に勘違いを積み上げていく。
おかげで俺はいつの間にやら錬金術師だ。
さーて、どうしようかな?
どうやってこの場を収めるべきか。
俺が頭を悩ませていると、ずいっとカレンさんが割って入ってきた。
そして俺を庇うように立ち、ガブスさんを見据え、
「申し訳ないガブス殿。今回の件でシローを巻き込むのは本意ではない。マッチの優先販売権を推し進めるというのなら、支部を置く話はなかったことにしてもらいたい」
とハッキリきっぱりと言うのだった。




