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第26話 視察に来た男

 ついにその日がやってきた。


「シローお兄ちゃんっ」


 息を切らせたアイナちゃんが店に飛び込んできた。

 はぁはぁと荒い息をつき、俺を見上げる顔は真剣そのもの。

 俺はすぐに、アイナちゃんが言わんとすることを察した。


「シローお兄ちゃん、しさつのひとがやってきたよ!」


「やっと来たか。ずいぶん遅かったな」


 到着予定日から、すでに五日が経っていた。

 その間カレンさんはずっと町の入口で待っていたもんだから、顔が日に焼けてしまい、とても可哀そうなことになっていたのだ。


「アイナちゃん、視察の人がいまどこにいるか知ってる?」


「しってる! アイナね、さっき町長がしさつのひとと役場にはいっていくの見たの!」


「なるほど。となるとここに来るのはもうちょい後だな」


 事前にカレンさんから聞いていた話では、視察の人にまず町を案内し、それから森にいるモンスターの種類や生態。採取できる薬草や鉱物の説明。


 それから市場を見て回り、その流れで俺の店でマッチをはじめとしたアイテムの数々を見せる手筈となっていた。

 そして最後に、支部を置いてくれるかの是非を問うのだとか。


 誘致に全力投球のカレンさん。

 評判の良くない冒険者ギルドらしいのが不安といえば不安だけど、カレンさんにはお世話になってる。今日で少しでも恩返しできるといいな。


「よーし。がんばるぞ」


「ん! アイナもがんばるっ」



 ◇◆◇◆◇



「シロー、待たせたな」


 2時間後、カレンさんが店に入ってきた。

 いつもよりも胸元が広い服を着ているのは、こちらの文化ゆえか、はたまた接待だからか。


 店内には、カレンさんの他にも冒険者のお客さんが数人。

 さり気なくライヤーさんがいるのは、俺を心配してのことだろう。


「さっそくだが、視察の方を連れてきていいだろうか?」


「ええ。構いませんよ。いつ来てもいいように準備してましたしね」


「ありがとう。その……どうやら少し気難しい方のようだ。すまないが不愉快なことを言われても、どうか堪えてほしい」


 いきなりカレンさんが頭を下げてきた。

 まだ会ってないけど、このやり取りだけで件の人物がめんどくさい相手なのがわかっちゃうよね。


「わかりました。俺、理不尽な暴言には慣れてるんで大丈夫ですよ」


 前に働いていたブラック企業じゃ、罵詈雑言が当たり前のように飛び交ってたしね。

 幾度となく被弾してたから、暴言には慣れっこだ。


「助かる。では連れてこよう」


 そう言うとカレンさんは一度外に出て、太っちょな中年男性を連れて店に戻ってきた。

 太っちょおじさんは仏頂面で店内を見渡し、カレンさんの胸の谷間で視線が落ち着く。


「ガブス殿、こちらが我が町が誇る商店だ」


 カレンさんが俺の店を男性に紹介した。

 ガブスと呼ばれた太っちょ中年男性が、俺に顔を向ける。


「はじめまして。店主の士郎と申します」


 自己紹介して軽く頭を下げると、


「てんいんのアイナです」


 アイナちゃんも真似して自己紹介。

 もう立派な店員さんだ。


「……」


 俺とアイナちゃんの自己紹介を受けても、太っちょな中年男性――ガブスさんは無言のままスルー。

 というか、これ無視してない?

 無視してるよね?


「……町長から凄いアイテムを扱っている店があると聞いて期待していたのですが……ふぅ。ずいぶんと汚い店ですね。ちゃんと掃除はしているのですか」


 この言葉に、お掃除担当大臣のアイナちゃんが傷つくのがわかった。

 ちらりと横目で見ると、目に涙が溜まりはじめている。

 くっ……我慢だ。我慢だ士郎。心の上に刃を置いて忍ぶんだ。


「ま、毎日掃き掃除と拭き掃除しているんですけどね」


「これでですか? やれやれ、辺境に住む者はまともに掃除もできないのですか。それとも辺境だからホコリ臭いのですかね。王都に住む私には、こんな汚い場所で商売できるあなたが信じられませんよ」


 ガブスさんはそう言うと、やれやれと肩をすくめた。

 これに慌てたカレンさんが、


「申し訳ないなガブス殿。ニノリッチは畑と森に囲まれているため、どうしても土埃が入ってきてしまうのだ」


 とフォローを入れてきた。

 そしてそのまま棚からマッチを持ってきて、カブスさんに手渡す。


「ガブス殿、これが先ほど話した『マッチ』だ。火種として非常に有効で、この店でしか買うことができないアイテムだ。シロー、いいだろうか?」


 カレンさんの問いに、俺はジャスチャーで「どうぞ」と返す。


「ほう。これが噂の……どれ、ひとつ試してみますか」


 ガブスさんはそう言うと、手慣れた動作(・・・・・・)でマッチ棒を取り出し、火をつける。


「……なるほど。店は汚いですが、アイテムは良いものを扱っているようですね。町長がこの店を推す気持ちもわかりますよ」


「わかってもらえるかガブス殿。この店はきっと貴方のギルドに所属する冒険者たちの役に立つだろう。町長の名の賭けて保証する」


「フッ。辺境の町長如きに保証されてもねぇ」


「っ……」


「しかし、この『マッチ』は、我がギルドの冒険者たちに役立ちそうですね。となれば……ふぅむ。うん、いいでしょう。総ギルドマスターから全権を預かる者として、冒険者ギルド『迷宮の略奪者』の支部をこの町に置いてもいいでしょう」


 これもマッチ効果か、俺の店でいきなり交渉がまとまりそうな予感。

 ガブスさんの言葉を聞き、カレンさんはびっくり。

 すぐに喜びの表情を浮かべた。


「ほ、本当かガブス殿? 本当にニノリッチに支部を置いてもらえるのだろうかっ?」


「ええ。本当ですよ」


「ならすぐに――」


「ただし! ……ただし、いくつか条件があります」


「条件? それはどういったものだろうか?」


 ガブスさんはにんまりといやらしい笑みを浮かべ、待ってましたとばかりに口を開いた。


「なに、簡単なことですよ。まずこの町に置く冒険者ギルドは、我々『迷宮の略奪者』のみにしてもらいましょう。尤も、私たち以外にこの町に支部を置きたがる酔狂なギルドなど存在しないでしょうけどね」


 ガブスさんは続ける。


「次に税の免除。これは辺境に支部を置いても利益を出すことが難しいから当然ですね。また、支部の建設費用はこの町で負担していただきたい。そして最後に……」


 すっと目を細め、ガブスさんは俺を見る。

 そしてこんなことを言ってきた。


「この『マッチ』の優先販売権も頂きましょうか」

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