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第25話 待ち人、未だ現れず

 ネスカさんから冒険者ギルドについて、色々とご教示を受けてから二日がたった。

 遅くとも今日中には視察の人が町に来る、と聞いていたんだけど……

 

「シローお兄ちゃん、しさつのひとこないね」


「うん。来ないねー」


「道にまよっちゃったのかな?」


「隣町までは一本道らしいんだけどね。道草でも食ってるのかな?」


「早くくるといいね」


 まるでやってくる気配がなかったのだ。

 遅れている理由なんて、二つしか考えられない。


 アクシデントがあったか、もしくは視察の人が時間にルーズなだけかだ。

 ライヤーさんたちの話を聞く限り、ルーズ説が有力だけどね。


 すでに日は傾きはじめ、山の向こうに消えようとしている。 

 いつでも歓待できるようにと、昨日から町の入口で待機しているカレンさんが不憫でならないぞ。


 まあ、かくいう俺もいつ店に来られてもいいように、かっちりした正装(カレンさんに借りた服)してるんだけどね。

 着なれない服だからか、普通に立ってるだけでも疲れちゃうんだこれが。

 早く解放されたいよ。


「あ、かねのおとだ」


 アイナちゃんが首を傾けて耳を澄ます。

 町の中心部から、「カンカンカン」と鐘の音が聴こえてきた。

 この鐘は一日に何度か鳴り、住民に時刻を知らせるものなんだそうだ。


 いま鳴っている鐘は、夕方を知らせるもの。

 つまり、もう日が落ちるから家に帰れというサインなのだ。


「こりゃ今日も来そうにないな。よし。上がっていいよアイナちゃん。今日もありがとう。お疲れさま」


「シローお兄ちゃんもおつかれさまでした」


 アイナちゃんはそう言い、にっこりと笑う。


「暗くなる前にお家に帰りな」


「うん。シローお兄ちゃんは?」


「んー、視察の人がギリギリで到着するかも知れないし、俺はもうちょっとだけ残ってようかな」


「じゃあアイナものこるよ?」


「それはダメだよ。アイナちゃんのお母さんが心配しちゃうからね。でしょ?」


「……うん。わかった」


 俺に諭され、こくりと頷くアイナちゃん。

 一度も訊いたことはないけど、アイナちゃんにとってお母さんはとても大切な存在なんだろう。

 まだ8歳なのに働いているのだって、お母さんのためなんだもんね。


「シローお兄ちゃん、またあしたね」


 アイナちゃんは名残惜しそうな顔をしながら、店から出ていく。

 俺も店から出て、アイナちゃんが見えなくなるまで手を振った。


「シローおにーちゃーん。バイバーーーーイ!」


 アイナちゃんは何度も何度も振り返っては、ぶんぶんと手を振ってくる。

 俺は負けてなるものかと振り返し、アイナちゃんの姿が見えなくなったあと店へと戻った。



 ◇◆◇◆◇



 結局、1時間たっても視察の人はやってこなかった。

 太陽は沈み、街灯がないニノリッチの町は真っ暗。

 その上酒場もないから辺りはしーんと静まりかえっている。


 さすがにもういいか。

 そう思い、店の扉に鍵をかけようと椅子から立ち上がったときのことだった。


「すまない。『シロー店』とはこちらのことだろうか?」


 突然、冒険者風の小柄な女性が店に入ってきた。

 俺はそういえば店の名前決めてなかったなと思いつつも、「そうですよ」と答える。

 女性はほっとしたような顔をした。


「よかった。まだ営業していたか」


「見たところ冒険者の方のようですけど、何かお求めですか?」


 お客の半分以上は冒険者。

 だもんだから、俺は冒険者相手の接客にはもう慣れっこだった。

 なんなら軽いジョークを交えた談笑だってできちゃうぐらいだ。


「いや、知り合いからこの店は冒険者向けのアイテムが揃っていると聞いてな。どんなアイテムがあるのか見に来たんだ」


「なるほど。そうでしたか」


「こんな遅い時間に押しかけて申し訳ないが。この店のアイテムを見せてもらっていいだろうか? 少し急ぎなんだ」


「どうぞどうぞ。俺のことは気にしないで好きなだけ見てください。あ、アイテムについてわからないことがあったら何でも訊いてくださいね」


「すまないな。では見させてもらうとしよう」


 女性が店内をぐるりと見渡す。

 陳列棚には冒険者向けのアイテム(商品)が並べられていて、アイナちゃんが書いてくれた手書きの説明書が貼られている。

 ちょっと説明したら誰でも使えるアイテムばかりだけど、こういった気遣いが予想以上に好評だった。


「これが……噂の『まっち』というものか?」


「そうです。試してみますか?」


「頼む」


 うちの主力商品マッチ。

 いまじゃニノリッチの町で、持っていない人を探す方が難しいとまで言われている。


「ここをこうして……はい。火が点きましたよ」


「……話には聞いていたが。自分で目にしても信じられんな。私も試してみていいだろうか?」


「もちろんですよ。どうぞ」


 女性がマッチをしゅっとして、ぼっと火が点く。


「…………すばらしいアイテムだな」


 感極まったように言う女性。

 次いで、陳列棚にあるアイテムに目をやる。


「こっちの銀色のものはなんだ?」


「ああ、それはですね」


 俺はカウンターから、女性が指さしたアイテムのサンプルを引っ張り出す。


「これは『サバイバルシート』といって、持ち運びに便利な防寒アイテムです。いま広げますから見ててください」


 そう言って俺は手に持っていたサバイバルシートを広げた。

 サバイバルシートとは、薄いアルミで作られた保温シートのことだ。


 体に巻き付けることによって体温を維持し、お手軽に暖めることができる。

 実用性はバツグンで、もしもの時に備えて荷物に加えている登山家も多い。


 大きさは縦210センチ。横130センチで、しっかり折りたためばポケットに入るぐらい小さくなる。

 これさえあれば、わざわざ毛布を持ち運ばなくなくて済むという、冒険者から大変ご好評いただいているアイテムだ。

 そして先日、カレンさんに見せたときに、びっくりされたアイテムの一つだったりする。


「これが防寒アイテム?」


「見た目はちょっと派手ですけどね。説明するより体験してもらった方が早いです。これに包まってみてください」


「……わかった」


 女性がサバイバルシートに包まる。

 すると、表情が驚きに変わっていった。


「凄いなこれは。こんなに薄いのにとても暖かい」


「でしょ? このサバイバルシートがあれば、いままで毛布で占めていた分を食料や水に変えることだってできるんです」


「その通りだな。このアイテムは……冒険者にとって革新的ともいえる」


 心底驚いたとばかりに頷く女性。


「ではこっちのアイテムはなんなのだ?」


「あ、それはですね――――……」


 アイナちゃんが帰ってから1時間。

 店を閉めようとしたタイミングで冒険者の女性が来て、更に2時間。

 俺は店にあるアイテムの全てを、実演を交えて彼女に説明した。


「説明感謝する。では失礼させてもらう」


 頑張って説明したんだけど、女性は驚くばかりで、結局なにも買わずに店から出ていってしまった。

 俺は夜の闇に消えていく女性を見送りながら、ぽつりと漏らす。


「急いでるって、いったい何を急いでいたんだろう?」

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