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第22話 ただいまとかおかえりとか

 森を抜けてニノリッチの町に戻った俺たち。

 帰ってきた安堵からほっとしていると、


「あっ! シローお兄ちゃん!」


 なんということでしょう。

 町の入口でアイナちゃんが待っていたではありませんか。

 アイナちゃんは俺を見つけると、座っていた丸太から立ち上がった。

 たたた、と駆け寄ってきて、俺の一歩前で止まる。

 そして俺を見あげ、


「おかえりなさい、シローお兄ちゃん」


「ただいま、アイナちゃん」


「……えへへ」


 アイナちゃんが嬉しそうに俺の手を握った。

 どうやら手を繋ぎたいみたいだ。

 

「ん、あんちゃんの娘か?」


 手を繋ぐ俺たちを見て、ライヤーさんが訊いてきた。

 その後ろではキキさんが、「ボクのこと『かわいい』って言ってたのに子供がいるにゃんてー」とか言いながら、わざとらしくよよよと崩れ落ちていく。

 こらこら。アイナちゃんが戸惑っちゃうでしょうに。


「やだなー、娘じゃないですよ。この子はアイナちゃん。うちのお店を手伝ってくれてる子です」


「そうだったのか。変なこと言って悪かったな」


 ライヤーさんはそう言うと、しゃがんでアイナちゃんと目線を合わす。


「おれは冒険者のライヤー。あんちゃんの店にはこれからも世話になると思うから、よろしくな嬢ちゃん」


「うん。えと……あ! おま――おまちしています!」


「だっはっは! まだちっこいけど立派な従業員だな。あんちゃん、大事にしてやれよ」


「もちろんですよ」


「おっし。じゃあ町長にはおれたちから報告しておく。あんちゃんたちは店に戻っていいぜ」


「え? 俺も一緒にカレンさんのところに行きますよ」


「いいっていいって。慣れないことして疲れたろ? 報告はおれたちに任せて、あんちゃんはゆっくり休んでくれって」


「そういうことなら……わかりました。カレンさんによろしくお伝えください」


「おう! あんちゃんの活躍をしっかり報告しておくぜ」


 ライヤーさんはそう言い、仲間を連れて役場の方へと歩いていった。

 別れ際にライヤーさんがにやりと笑っていたのが、ちょっとだけ気になるのでした。



 ◇◆◇◆◇


『蒼い閃光』の4人と別れた俺は、アイナちゃんと一緒にお店へと戻ってきた。


「ふぅ。冒険者って大変なんだな」


「おつかれさま、シローお兄ちゃん」


「ありがと」


 カウンターの奥にあるイスに座り、一息つく。

 空間収納にしまったマーダーグリズリーの素材は持ったまま。


 ライヤーさんの話では、空間収納した物は時間が止まるらしく、入れっぱなしでも腐らないそうだ。

 何それちょー便利なんですけど、って感じだよね。


 そんなわけで、急いで素材を売りに行く必要がなくなった『蒼い閃光』はもうしばらくニノリッチの町に滞在することになり、なんなら素材を売りに行くときは俺も一緒に連れていってもらうことになった。

 他の町を見て市場調査するのも、商売をするには大切なことだからね。


「シローお兄ちゃん、ぼーけんしゃのまねっこしてどうだった?」


「んー、凄い体験だったよ。聞きたい?」


「ん! ききたい!」


「よーし。なら話してあげよう。俺たちは森で――――……」


 俺は森での出来事を、盛に盛って面白おかしくアイナちゃんに話した。

 森だけに盛に盛ったのだ。


「それでネスカさんがね――……」


「うわー。すごーい」


「そしたら急にさ――……」


「それでそれで?」


 アイナちゃんは真剣な顔で聞き入り、ころころと表情を変える。


「――とまあ、濃い二日間だったよ」


「っぷはぁー。アイナいきとまっちゃうかとおもった。マーダーグリズリーをやっつけるなんて、シローお兄ちゃんってすごいんだねー」


「いやいや、倒したのは『蒼い閃光』のみんなだよ。俺はただちょっと援護しただけ」


「えー? アイナ、シローお兄ちゃんがいなかったらぜんめつしてたとおもうな」


「あはは。そうかもね。ホント、でっかいクマが出たときは焦ったけど、なんとか無事に戻ってこれたよ。それに冒険者が欲しがりそうな物もわかったし……うん。冒険者体験してよかった」


「よかったね、シローお兄ちゃん」


 にこにこ笑うアイナちゃんに、俺もにこにこしながら頷く。


「ああ」


 視察の人が来るまで、あと5日。

 あまり時間はないけれど、ホームセンターとネットショップを使えば十分に揃えられるだろう。


「そうと決まればいったん家に帰って――」


 椅子から立ち上がり、一度ばーちゃんの家に帰ろうかなと思ったタイミングで、


 ドンドンドンッ!! ドンドンドンッ!!


 入口の扉を激しくノックされた。


「シロー! わたしだ。カレンだ! いるかっ?」


 ノックの主はカレンさん。

 かなり慌ててる様子だけど、いったい何事だろう?

 鍵を外し、扉を開ける。


「どうしたんですかカレ――うぷっ」


 開けるやいなや、カレンさんが思い切り抱きついてきたじゃありませんか。


「シロー無事か!? 森でマーダーグリズリーに遭遇したと聞いたぞ。痛いところはないかっ? 怪我してないかっ? 大丈夫かっ?」


 とカレンさん。

 ああ、なるほど。


 蒼い閃光の誰かから、マーダーグリズリーと一戦交えた話を聞いたのか。

 それで俺を心配して飛んできたんだな。


 冒険者体験をしたいって言い出したのは俺なのに、カレンさんはその切っ掛けを作ってしまったのは自分だとでも思っているんだろう。

 ホント、責任感が強い人なんだから。


「わたしが頼んだばかりに……すまない! 本当にすまない!! けがは――怪我はしてないか!?」


 泣きそうな声で訊いてくるカレンさん。

 普段のクールな佇まいからは想像もできない慌てっぷりだ。


 だが、いかんせん俺はカレンさんに全力で抱きしめられたまま。

 特に俺の顔なんかカレンさんのお胸に埋められているので、喋ろうにも「フガフガ」としか声を出せないでいる。


「ん、どうした? 声が出せないのか? まさか――喉を潰されたのかっ!? 待ってろ。いま薬師のところに連れていってやる!」


 現在進行形で喉を潰してるのは貴女です。

 このままでは色々とヤバイ。

 具体的には呼吸ができなくてヤバイ。


「町長、シローお兄ちゃんがいきできないよ」


「ん? アイナ。君もいたのか」


 アイナちゃんに気を取られたからか、ホールドの力が僅かに緩む。

 いまだ!

 俺はカレンさんの肩を掴み、豊かなお胸からふんぬと顔を引っこ抜くことに成功。

 生死の境から無事生還を果たす。


「――っぷはぁ。……やっと顔出せた」


「よかった。喋れるんだなシロー」


 カレンさんが安堵の表情を浮かべる。


「安心してください。喉は潰されていませんし、そもそもどこも怪我していませんよ。『蒼い閃光』のみなさんが俺を護ってくれましたからね」


「しかし蒼い閃光のリーダーからは、マーダーグリズリーとの戦闘で君が先陣を切ったと聞いたぞ?」


 ……。

 ライヤーさん、いったいカレンさんに何言ったんですか。


 そりゃクマ撃退スプレーは使ったけど……うーん。冒険者基準だとあれも戦った内に入るのかな?

 でもカレンさんを見る限り、かなり話を盛っていそうだ。


「俺自身は戦ったつもりはないんですけどね。ただちょっとマーダーグリズリーに効くアイテムを使って『蒼い閃光』をサポートしただけですよ」


「そうなのか?」


「はい。遠くからアイテムを使っただけで、直接戦闘はしていませんから」


「…………よかったぁ」


 突然、カレンさんが床にへたり込む。

 安心して気が抜けたみたいだ。


「蒼い閃光のリーダーから、君がマーダーグリズリー相手に孤軍奮闘したと聞いてな。マーダーグリズリーは恐ろしいモンスターだ。熟練の冒険者たちでも無傷で勝つことは難しいほど強い。だからわたしはてっきり君が……」


 やっぱり話盛ってたみたいだ。

 どうやら話を盛ったのは、俺だけじゃなかったってことらしい。


「心配させちゃったみたいですみません」


「いや、こちらこそ早合点してすまない。それよりも……」


 へたり込んだままのカレンさんが、すっと右手を伸ばしてくる。


「どうやら腰が抜けてしまったらしい。立つのを手伝ってくれないか?」


 俺はカレンさんの手を握り、助け起こす。

 それでも腰はまだ抜けっぱなしだったので、しばらく肩を貸すことになるのでした。

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