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第20話 魔獣との遭遇

 俺たちの前に現れたのは、とても大きなクマだった。

 博物館で見たヒグマの標本より二回りは大きい。

 『蒼い閃光』四人の青ざめた顔を見れば、あのクマがどれだけ危険か嫌でもわかった。


「よりによってマーダーグリズリーかよ……」


 ライヤーさんが吐き捨てるように言う。

 マーダーグリズリーと呼ばれた四足歩行のクマは、俺たちの10メートルほど手前で一度足を止める。

 まるで、こちらを品定めしているかのようだった。


「ライヤー殿、いかが致しますか?」


 ロルフさんが自分たちのリーダーに、落ち着いた口調で判断を仰ぐ。


「いかがも何もないだろ。おれたちのランクじゃ逆立ちしたって勝てないモンスターだ。できることなら今すぐにでも逃げ出したいところだが……」


「無理、でしょうね。マーダーグリズリーは足がとても速いと聞きます。私たち只人族(ヒューマン)の足では、すぐに追いつかれてしまうでしょう。逃げ切れるとしたら、ケットシーのキキ殿だけでしょうな」


「ボク、仲間は見捨てないにゃ!」


「ですが、戦っても勝てませんよ?」


「うぅ~~」


 ロルフさんの言葉に、キキさんが歯噛みする。


「ちっくしょう。見ろよあのサイズ。おれたち5人を丸ごと喰えちまいそうじゃねーか。マーダーグリズリーの亜種かよ」


「ボク、食べられるのだけはイヤにゃ」


「…………わたしも」


 ライヤーさんの言葉に、キキさんとネスカさんが身を強張らせる。


「んなのおれだって嫌だよ。さてっと、逃げても追いつかれる。戦っても絶対に勝てない。どうしたもんかな」


「誰かがこの場に留まり、時を稼ぐしかありませんね」


「やっぱ、それっきゃないよな……」


 ライヤーさんとロルフさんは顔を見合わせ、頷き合う。

 2人とも、最初からそれしかないってわかってた顔だ。

 

 さて、突然ですがここで問題です。

 この状況下で一人だけ囮にならなければならない場合、いったい誰が適任でしょう?


 答え、俺。


 蒼い閃光の4人は仲間なんだ。

 ここにいる部外者は俺ひとり。

 知り合ったばかりの浅い付き合いの男がクマに食い殺されたところで、さして胸は痛まないからね。

 つまりは選択肢なんて、最初から一つしかなかったんだろう。


「なあ、あんちゃんよ」


 どこか寂しそうな顔で、ライヤーさんが話しかけてきた。

 俺は次に言われる言葉が何かをわかっていながら、「なんでしょう?」と返す。


 マーダーグリズリーの囮になってくれ。


 ――そう言われるとわかっていた。


 ――そう言われると思っていたのに、


「おれとロルフがあのクマ公の注意を引き付ける。あんちゃんはキキとネスカの後ろについてアイツから逃げてくれ。ああ、ネスカはよくスッ転ぶからよ。もし転んだら助け起こしてやってくれ。……おれの代わりにな。頼んだぜ、あんちゃん」


 予想だにしない言葉だった。

 なんか盛大に肩透かしを食らった気分だ。

 ライヤーさんは困ったように笑い、ロルフさんの隣に立つ。


「ロルフ、すまねぇな」


「お気になさらずに。ライヤー殿とは長い付き合いですからね」


「最期まで付き合ってくれるお前さんには感謝しかねえや」


「貴方に命を救われたときから、この命は貴方のために使うと決めていましたからね。フフッ、思ったよりはずっと早かったようですが」


「だーな。いつかこんな時が来るとは思ってたけどよ、ずいぶん早かったな」


「ええ」


「ま、冒険者やってりゃんなこともあるか。ネスカ、達者でな。キキ、ネスカとあんちゃんのこと頼んだぞ」


 ライヤーさんに頼まれたキキさんは、泣きそうな顔で。


「うん。ボクがふたりの代わりにネスカとシローを守るにゃ。だから……心配しなくていいよ」


「…………わたしも一緒に戦う」


「ばーか。トロくさいお前がいたら足手まといだっての。それと……わかれよ。最期ぐらい好きな女の前でカッコつけたいんだよ」


「…………バカ」


 ネスカさんが、涙をいっぱいに溜めた目でライヤーさんを睨みつける。

 これに対し、ライヤーさんはいたずらっ子みたいな笑みで返す。


「そんじゃ、おれが仕掛けたら逃げろ。ロルフは回復魔法の準備を頼まぁ。ついでにおれが一撃で殺られないように祈っててくれ」


「承知」


 ロルフさんが頷き、神に祈りを捧げる。

 マーダーグリズリーが歩みを再開し、ゆっくりと近づきはじめた。


 ライヤーさんは剣を両手で構え、腰を落とす。

 マーダーグリズリーが近づいてくる。


 キキさんはネスカさんの手をぎゅっと握り、脚に力を溜める。

 マーダーグリズリーが近づいてくる。


 緊張が続くなか、俺はというと、


「確かここに……」


 リュックを開け、中をガサゴソと。


「何してるあんちゃん!? まだ動くな。マーダーグリズリーがあんちゃんを狙っちまうぞ」


 ライヤーさんからの制止の声。

 しかし俺はリュックを探り、ついに目的の物を見つけた。


「あった!」


 俺はリュックからスプレー缶を取り出し、四人が見つめるなか噴射口をクマへと向ける。

 すでにクマは5メートルにまで近づいていた。

 しかし俺は怯まず、逆にどんと一歩前へ出て、


「森のクマさんめっ。風下から近づいてきたことを悔いるがいい! ファイアッ!!」


 スプレー缶に付いていた安全ピンを抜き、噴射ボタンを押し込む。


 プシュゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!


 赤みのかかった粉末がクマの顔面へと噴きかかる。

 瞬間、


『グギャァァァァァァァァァァァァァァ―――――――ッ!?』


 クマが悲鳴を、ホント、悲鳴としか例えようがない叫び声をあげた。


『グギャッ!? グホゥっ!?』


 ゴロゴロと転げまわるクマは、地面に顔や鼻を必死になって擦りつけている。


「うーん。効果はバツグンってやつだな」


 俺がそう呟き、一人感心していると、


「あ、あんちゃん……いったいなにをやったんだ?」


 震える声でライヤーさんが訊いてきた。

 目は大きく開かれ、茫然と転げまわるクマを見ている。


「大したことじゃありません。毒の霧であの……マーダーグリズリーでしたっけ? マーダーグリズリーの目と鼻を利かなくしただけです」


「なんだって!? あんちゃん魔法も使えたのかっ?」


「やだなー。魔法じゃないですって。ただのアイテムですよ。ほら、これです」


 右手に持ったスプレー缶をライヤーさんに見せた。

 スプレー缶には、『クマ撃退マグナムブラスター』と書かれている。

 当然日本語で書かれているからライヤーさんには読めない。


「これは?」


「このアイテムの中には毒の霧が込められていて、指向性を持たせて噴射することができるんですよ。凄いでしょ?」


「毒の霧……。それでマーダーグリズリーがあんなに苦しんでるのか」


「ええ、その通りです」


 万が一に備えて用意していた、クマ除けスプレー。

 もっとも、使うことになるとは想像もしてなかったし、何よりこんなに効果があるとは思わなかったけどね。

 備えあれば何とやらだ。


「さあ、今のうちにみんなで逃げましょう!」


「待ったあんちゃん! マーダーグリズリーはあんちゃんの使った毒で目と鼻が潰されてるんだよな?」


「ええ。そうですけど……?」


 俺が首肯すると、ライヤーさんはニヤリと笑う。

 

「ってことはだ、マーダーグリズリーをボコり放題ってことか。冒険者としちゃこれを逃す手はねーな。ロルフ、キキ、やるぞ! ネスカは攻撃魔法を頼む!」


「りょーかいにゃ!」


「承知!」


「…………マーダーグリズリーに報いを受けさせる」


 先ほどまでの悲壮感はもう遠い彼方。

 こうして、視覚と嗅覚を失った哀れなクマは、『蒼い閃光』の4人によって倒されてしまうのでした。


「いよっしゃーーーーー!!」


 勝利の雄叫びをあげるライヤーさん。

 そんなライヤーさんに向かって、俺はふと思いだしたことをひと言。


「そういえばライヤーさんて、ネスカさんのことが好きなんですか?」


「……」


 答えが返ってこない代わりに、ライヤーさんとネスカさんは顔を真っ赤にするのでした。

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