第15話 町長からの頼み事
異世界に来て3回目の朝がきた。
俺は自宅の襖を潜って異世界にログイン。
まだ人通りが少ない市場を通り、昨日町長から貸してもらった店(家)へ。
「おはよー、シローおにいちゃん」
やっぱりアイナちゃんは早起きだった。
今日はがんばって6時に来たのにもういるとは……やるな。
昨日アイナちゃんにバイト代として支払った銀貨10枚は、話し合いの結果、今月分の『給料』ということになった。
アイナちゃん曰く、日給としては額が大きすぎるし、そもそも町の大人たちだって月に銀貨10枚も稼いでいないからこんなに貰えない、とのこと。
いいよいいよと言う俺に、ダメだよダメだよとアイナちゃん。
そこで妥協案として、銀貨10枚でひと月働いてもらうことに落ち着いたわけだ。
一人で店舗を持つのはちょっとだけ不安だったけど、アイナちゃんが手伝ってくれるならきっと大丈夫に違いない。
というわけで今日からがんばるぞ。
「おはようアイナちゃん。今日は商売しないで店の掃除をしようと思うんだけど、手伝ってくれるかな?」
「うん! アイナもそのつもりできたよ。ほらっ」
アイナちゃんが手に持っていたバケツと雑巾を見せてくる。
なるほど。準備万端ってわけか。
小さいのにしっかりしてる子だ。
「やるなアイナちゃん。すげー心強いよ。じゃー、開けるよ?」
「うん!」
町長から渡された鍵を使い、店の中に入る。
つんと埃っぽい空気が鼻を刺激した。
「へええ。店の内装はきれいだな」
店内は、奥にカウンターがあり、左右の壁には棚が置かれていた。
掃除さえ済まして商品を並べれば、すぐにでも営業ができそうだった。
「まずは窓を開けて……っと。よーし。掃除するぞー」
「おー!」
俺が手を突き上げると、アイナちゃんも同じポーズをする。
そして、俺たちは掃除をはじめた。
ホウキでホコリを集め、水を絞った雑巾で床も棚も拭いていく。
1階の掃除が終わったところで、次は2階へ。
2階は4部屋あり、これもアイナちゃんと二人で掃除をする。
家具がまったくなかったから、時間があるときに揃えようっと。
そして、昼になる頃には、お店も2階の部屋もピカピカになっていた。
「ふぅ……。こんなもんかな?」
「お店、きれいになったねー」
アイナちゃんがにっこりと笑う。
そんなタイミングで、
「失礼するよ」
町長のカレンさんがやってきた。
「ほう……見違えるようだな」
クールビューティーな町長が店内を見回して言う。
「こんにちは町長さん」
「私のことはカレンでいい」
「なら俺のことも士郎でいいですよ」
「アイナもアイナでいいよ」
「そうか。ではシロー、アイナ、改めてよろしく頼む」
カレンさんが握手を求めてきた。
俺とアイナちゃんは順番に手を握る。
「それでカレンさん、今日は何用で?」
「ああ。今日は君たちに差し入れを持ってきたんだ」
そう言うとカレンさんは、手に下げたバスケットから、サンドイッチらしき料理を取り出した。
「君たちの口に合うといいんだがね。よかったら食べてくれ」
「ありがとうございます。ちょうどお腹が空いてたんですよね。食べよう、アイナちゃん」
「うん!」
俺とアイナちゃんはカレンさんからサンドイッチを受け取り、口に運ぶ。
「食べながらでいいから聞いてくれ。今日は頼みがあってきた」
「頼み?」
「そうだ。実は10日後に中央から冒険者ギルドの視察がくることになってね。そのときにシロー、君が売っているマッチを視察の者に見せてほしいんだ」
「それは構いませんけど……マッチを見せることになにか意味があるんですか?」
「ある」
カレンさんは即答する。
「この町の近くに森があるだろう? そこに希少なモンスターがいることが発見されてね。そのモンスター目当てに多くの冒険者が町を訪れてきている。これは君も知っているね?」
「ええ。話ぐらいなら」
市場の客も半分以上が冒険者。
冒険者という存在が、町の経済に大きな影響を与えていることは明らかだ。
「ニノリッチは辺境にあるが故に、いままで冒険者ギルドの支部が置かれてはいなかったんだが……件のモンスターのおかげだろう。中央でここに冒険者ギルドの支部を置こうという動きがある。私としては町の発展のために、是が非でも支部をこのニノリッチに置いてもらいたいのだよ」
カレンさんの話によると、冒険者ギルドの支部が町にあると、この町を拠点に活動する冒険者が定住し、また、その冒険者や素材目当てに商人もやってくる可能性が高いそうだ。
人が集まれば必然的におカネも集まる。
町長の立場としては、どうしても冒険者ギルドの支部を町に誘致したいんだろう。
「なるほど。話はわかりました。つまりニノリッチの町としては、その視察に来た人に『冒険者にとってモンスター以外にも価値のある町』と思ってもらいたいわけですね? 少しでも支部を置いてもらう可能性を高めるために」
「理解が早くて助かるよ。さすが腕利きの商人だ」
「あはは、俺なんかまだまだですよ。うん、でもわかりました。視察の方の心にグッとくるアイテムを用意しておきますね」
「すまない。恩に着る」
「いいえ。お気になさらずに」
「それでもだ。シロー、ありがとう。君に無理ばっか言ってしまう私を許してくれ。この礼は町長の名に懸けていつか必ず報いることを約束する」
「あはは、そんな深く考えなくていいですよ。人は助け合って生きているんです。だからこれは当たり前のことですよ」
俺の言葉に、カレンさんは目を丸くしていた。
「……そうか。君は優しいな。では失礼する。君の商売が上手くいくことを祈っているよ」
そう言い残すと、カレンさんは店から出ていった。
「シローお兄ちゃん、しさつのひとにまっちを気にいってもらえるといいね!」
「そうだね」
アイナちゃんの頭をなでなでする。
要は、視察の人が気に入るような道具を用意しておけばいいわけだろ?
よし。マッチ以外にもいろいろと用意しておくか。
さーて、なにを用意しようかなー?