第8話 『者』と『物』
「ちっ、儂様があいつとやりたかったのによぉ。……けどまぁ、儂様はあっちの方で我慢してやるかぁ」
アルが刺す視線を送る先は、トロールの後ろに控えていた杖を持ったゴブリンである。他のゴブリンと違って身に付けているのは皮鎧ではなく、儀式服っぽい衣装。
ゴブリンシャーマンと呼ばれるゴブリンの中の上位種であり、知能が高く魔法を使える。
騎士三人が今も戦っているゴブリンとオーク同様の兵士風のがそれぞれ四体付き従っている模様。
壁役がいる時のシャーマンの相手はなかなか厄介なものだ。
そのことをアルがちゃんと把握しているのか心配になったイラハは一瞥し、
「なんだ、おめぇ? なんか文句でもあんのかぁ!?」
……考えなど何もないなとイラハは思った。
それどころか、口の悪さにはいい加減腹が立つ。
好きにさせて、少しは痛い目に遭えば良い――と意地の悪いことを考えてみたりする。
イラハは気を取り直して、
「始めるとするか」
直進し駆ける。
そこにトロールが棍棒を力任せに振り下ろしてきた。
攻撃パターンはとてもシンプル。
ただ怪力に任せた直線的な攻撃を繰り返すのみで、知性を感じる攻撃など皆無。
それがイラハが持つトロールのイメージだ。
事前に情報を持つイラハには難なく避けれる容易い攻撃だったはず――けれど、実戦はそうはならなかった。
鎧も着ていないイラハが、トロールの怪力がもたらす棍棒の一撃を喰らえば、ミンチ確定。
回避はできたものの、身体のすぐ横を通り過ぎた棍棒にイラハは肝を冷やす。
相手は巨体ゆえに、同じぐらいの大きさの相手から攻撃されるのとでは回避に必要なこちらの運動量が違ったのだ。
考えてみれば当たり前の話か。
大きいということはそれだけで有利なのだと思い知る。
「だけど、避けれる」
傷一つもない。
ギリギリで回避しようと、余裕で回避しようと、結果は同じ。
だからイラハは戸惑いを捨てて、利き脚を前へ一歩踏み出すことができた。
右足が床から離れ、身体が宙に飛ぶ――
両手には【刀剣創造】で生み出した刃の広い両刃の剣が。
「――っ」
アル戦にも見せた、自分の身体を回転させて遠心力によって威力を高めた双剣による斬撃。
ただし今回は獲物が違う。
大きな身体はそれに比例して頑強なものになりやすい。
武器においても同じだ。
今回、イラハが選択した武器は、アル相手に使った刀でも短剣でもなく、二振りの広刃の剣。
先の二種の刀剣よりも刃が大きい分作りは頑丈で、イラハの目論見通りにトロールの頑強な肉体相手に幅広の剣は途中で折れることなく、その役目を果たしてくれた。
胴体を皮鎧ごとぶった斬られたトロールが断末魔の声を上げて倒れていく。その姿を目で追いながら、複雑な表情を浮かべてイラハは、
「この攻撃を口で止めやがったんだけど、あいつ……やっぱ、おかしいよなぁ……」
つい少し前のアルとの戦いを思い出すと、トロールとの格の違いを思い知らされる。よく無事に済んだなぁと、イラハは改めて胸を撫で下ろした後、件の相手を注目した。
***
矢が複数飛んできて――
イライラ。
剣を振り回されて――
イライラ。
魔力の矢が飛んできて――
イライラ。
アルの攻撃は……
……………………
イライラ、イライラ、イライラ……
「――あぁっ!! うっとおしいいいぃぃぃぃぃぃ――――――っ!!」
アルが、キレた。
「前にいる奴らを蹴散らそうとしたら、後ろの奴らのどっちかが矢を射つは魔法を撃つはするし、後ろのムカつく奴らを狙おうとしたら、今度は前の奴らと後ろの狙われてない方が邪魔するしで……あ~~っ!! 腹立つわっ!!」
言葉が通じているのかわからないが、アルが苛立ちを見せれば見せるほどゴブリンシャーマンのケラケラ笑う声がホールに響く。その様子がアルにはとてつもなく癇に障った。
「儂様がなんで小鬼や豚なんぞ雑魚に手こずらなきゃならんのだ! 忌々しい!!」
歯軋りする音が少し後方で戦っているはずの人間の子供にまで届きそうだ。
心配など無縁だったが、アルはふと思い出したついでに向こうの戦況を確認してみた。
すると、既に戦闘を終えている少年と目が合い、
「……手伝おうか?」
よりにもよって、自分を手伝おうかと言ってきた。
「……これじゃあ、まるで儂様があの子供より弱いみたいじゃねぇかよ……」
「あ、バカ! 足を止めたら狙い撃ちにされるぞ!」
十数年しか生きてなさそうな人間の子供が、何百年も生きてきた自分を心配……それとも同情か? それはアルにとって――
ひどく屈辱的で、
癇に障ることで、
殺意が止めどなく沸いてきて、
背後から頭を殴られたような衝撃があって、
――周りのことなど、どうでもよくなるほどだった。
「儂様を……」
動きを止めて自分の世界に入った白獣の隙を、戦闘相手が見逃す道理はない。ましてや相手は狡猾な性分のゴブリンとオークときた。
立ち止まったままの白獣に、物理的な矢と魔力の矢が同時に的に向かう。
「なっめるなぁぁぁぁぁぁ――――――――――っっっ!!!!」
普段は四足歩行の魔獣が、二本の後ろ足だけで人間みたいに真っ直ぐに立ち上がると、顔を天井に向けて咆哮を上げた。大気が震え――、頭上の天井を、そしてアルの周囲を衝撃波となって吹き飛ばす。
小柄なゴブリンから先に踏ん張りきれず、次々と壁に叩きつけられていく。次いでオーク。そして離れたところで戦っている騎士たちとゴブリンも例外ではなかった。
破壊的な風の波がホール一帯にいる全てに襲い掛かり――
瞬時に、黒髪を揺らしながら人間の少年が動いた。
アルと騎士たちの間に飛び込み、重心を下げ両足が床に根付いた状態からの、掌に新たに創造した刀の二振り。
迫る風の暴力を真っ向から切り伏せた。
***
「見境なしかよ……」
イラハの後ろには、先程までゴブリンとオークと戦っていた騎士三人が、自分たちの預かり知らぬ場で戦況が動いたことに驚きのせいか動きが固まっていた。
騎士たちが相手していたゴブリン四体にオーク二体はというと、全てが壁に叩きつけられた衝撃で身体が潰れている。圧迫された血が体内から吹き流れていた。
アルの相手も同じだ。
小鬼と小豚共に四体ずつが同じ末路を辿っていた。
いや、衝撃波の発生源であるアルから近かった分だけ潰れ方が酷い。
十四体もの敵をアル一人でやってのけたことになる。
戦果だけを見れば、素晴らしいものだ。
だが――
イラハが割って入らなければ、自分たちの戦闘に夢中で気付いていなかった騎士三人の身も風の波に巻き込まれ、今頃はゴブリンやオークたちと同じように潰されていたかもしれない。
それはイラハにとって到底見逃せることではなかった。
「おい! どういうつもりだ!? 無差別に攻撃するなんて!!」
「あぁ? どういうつもりだってぇ?」
天井が穴を空けて崩れ落ちたので、当の原因であるアルは避けて既に移動している。
いや、移動の理由がそれだけじゃないことは、アルが右手に持っているものを見れば誰しもが理解できた。
「――――」
生ある『者』だったものが『物』に変わってしまった姿を見た。
頭から鷲掴みにされ、魔獣の鉤爪が食い込んだゴブリンシャーマンの首――滴る血は人間と同じ赤い色をしていた。
この現実感が作り物なんて訳があるか――
自分にゲームのシステムが適用されているものの、それ以外は完全に異世界だ。自惚れる訳ではないが、自分が特殊なのだと思い知る。
確かに殺し合いをしていたが、こうも簡単に命が奪われる様を目の当たりにし、イラハの心はひどく掻き乱されていた。
日本の現代社会において中学生が見て良いレベルを遥かに超えている。絶対に自主規制ものだ。
その惨たらしく動かなくなった『物』と瞳が合った気がし、全身が総毛立つ。喉の奥まで胃液が込み上がってきたのを必死に堪えることで、目の前の惨劇から目を背けようとした。
「おまえら人間はいつから儂様の味方になったのよ? 儂様を地下牢に閉じ込めやがったのは他でもない、おまえたち人間なんだぜ。良いか、よく聞けよ。儂様の邪魔をするやつも、逆らうやつも、皆殺す。だから、儂様に関わるんじゃねぇ」
まるでゴミを扱うような態度で、アルが右手に掴んでいたものを投げ捨てた。
会話のやり取りや意図された感情表出も、イラハがこの世界が生きていると思える要因の一つで、ゲームキャラクターが感情の機微に表情を変える様子はまさに人そのもの。
それはこの目の前の白獣にも言えることで、だから尚更、アルの言動がイラハの神経に障り、恐怖に奮い立つことができた。
「事と場合によっちゃ地下牢での続きをしないといけなくなったと俺は思ってるわけだが、お前はどう…………?」
「…………」
言いかけて、アルが他に注意を向けていることに気付いた。
イラハでもなければ、三人いる騎士の誰でもない。全滅したモンスターたちとも違う。
怒りのままに魔獣が自分で穴を空けた天井を見上げたまま動かなくなっている。
怪訝に思い、イラハも同じ行動を取ってみた。
穴は二階、三階、四階と貫通しており――
「――――」
四階から下を覗いている、白色の髪にセミロングの美少女と視線が重なった。
髪の色こそ違うが、イラハを射す視線は牢に捕まっていたイラハを訪れた時のそれ。
すぐに自分の記憶にある少女と瞳に映っている少女が同一の存在だと記憶の照合を終えると、
「シーン・ファム・エルブライト姫」
誰に聞かせるでもなく、イラハはこの国の公女の名前を口にしていた。




