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誓(制)約者と七姫と獣の異世界婚約物語  作者: リトナ
第1幕 転移者と姫と獣
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第1話 電子の中の姫

 水中の底深くから浮かび上がっていくような感覚は、徐々に意識の覚醒を促す。

 重い瞼をゆっくりと持ち上げると、桐崎(きりさき)伊良波(いらは)の目には自分の部屋の白い天井――

 ではなく、色は同じだが布製の天蓋が見えていた。


「……どこだ、ここ?」


 首を横に倒すと、白いカーテンが真っ先に目に入る。

 どうやらベッドで寝ていたようだが、イラハはすぐに自分の置かれているおかしな状況に首を(かし)げた。

 まず、何がおかしいかと言うと、


「これ、ベッド……で良いんだよな? 天蓋付きベッドで寝たのなんて初めてだ。寝た覚えがないのがなんともだけど……絶対、俺のベッドじゃないのは間違いない……」


 天蓋付きというのもそうだが、大きさもまるで違う。

 日常でイラハが寝ている部屋のベッドはシングルサイズだ。けれど、このベッドは大人が優に五人は寝れる。

 大き過ぎて最初ベッドとは思えなかったほどだ。


 次におかしいのは布団の中、すぐ隣からの温もり。

 もしも、イラハの考えている通りであるなら、先のベッドの大きさのことなど、隣から感じる問題に比べればなんと些細なことだろうか。


「……んん…………」


 もそっと布団の中で何かが動くのと同時に、口から漏れたらしい甘い声にイラハの脳が(とろ)けそうになる。

 温もりが急激に増し、重く柔らかい感触がイラハの身体に乗っかった。

 時折、姉の真銀(ましろ)が寝惚けてイラハのベッドに入ってくることはあるが、身体に預けられた重さがいつもより少し軽い。そのことからイラハは、すぐに姉ではないと予想することができた。


 恐る恐る布団の中を覗こうとして――


「つっ!」


 右前腕部分……つまり、右の手首から肘にかけての部分に軽い痛みが走った。

 我慢できない程ではないが、覚えのない痛みにイラハは眉をしかめる。痛みの原因を探ろうと右腕の服の袖を(めく)ってみると――


「……なんだ、これ? 痣……か? いつの間に……寝てる間に痛めたのかな? 寝ながらどんだけヤンチャしてるんだよ、俺……」


 他人事のようにイラハは自分に呆れた。

 右前腕を裏返すと、手首の上から肘の下まで、表も裏も満遍なく痣が――


「いや、これ……模様? 紋様? 文字に見えなくもないけど……まさかな。気にはなるけど、まぁ、見た目ほど痛みも大したことないし、今はそれよりも――」


 中断していた布団の中身の確認を続行することにした。


 甘い匂いが鼻腔をくすぐる。


「――マジか……」


 なんと、金髪全裸の美少女がイラハを抱き枕にしていた。


 胸に押し付けられている、美少女の豊満な二つの肉の塊が柔らかそうにむにゅっと形を変えている。


「……事後ってことないよな?」


 中学三年生、十五歳にして大人の階段を上りました!

 ――とは、どうにもなっていなかったらしい。

 慌ててイラハは自分の服装を確認したところ、良かったのか残念だったのかはさておき、上下共に着衣は乱れもなく完璧だった。


「いや、これで良かったんだ。負け惜しみっぽいけど、初めてなのに何も覚えてないなんて悲惨すぎるし。それよりも、だ……」


 似ている――。

 率直にイラハはそう思った。


 気を失う直前までプレイしていた『ラグマギ』に登場しているメインヒロインである七人の姫の一人――イラハが312回繰り返した時限式選択肢のあるイベントの(くだん)の姫に。

 ゲームの中のキャラなので、当然実在するはずがない。


「姫のコスプレをした美少女と考えるのが妥当か? それとも考え方を180度変えて、よくある異世界召喚されたとか? そんで、この状況も登場時によくあるヒロインのお色気シーンとか? ……その場合、お約束だとこの子、俺のヒロインってことに……ヒロインか……」


 肩の辺りまで伸びた美しい金色の髪を、イラハは何気なしにそっと撫でてみた。


「……ぅん……」


 頭に触れてすぐ分かったが、本物の地毛のようだった。

 そしてサラサラしていて、


「こうしてるだけで気持ち良い……」


 姫によく似た海外の人なのだろうか?

 と、イラハは首を傾げつつも、


「やべ、これ癖になりそうだ。……にしても似過ぎている。同一人物としか思えないほどにしっくりくるし」


 三次元の女の子が二次元の女の子と似ているならともかく、実際はその逆で、まったく同じに見えると言うのも変な話であった。本当にそう見えるのだから、イラハが頭を傾げたくなるのも無理はなく。


 少女の頭を撫でる手を止められず、しばらくそうしていて、イラハには気になっていたことがあった。

 視界左上に見覚えのある文字が、目覚めてからずっと目に入っていたのだ。

 顔を逸らしても視界の左上から外れようとしない。まるで固定されたかのように瞳に映り続けている。

 一度意識するとどうにも煩わしい。


『Lv1 イル』。

 そのすぐ下に横長の赤いゲージ。同じようなゲージが青、黄と色を変えて下に並んでいる。


「Lv1はゲームによくあるレベル1のこととして、そのすぐ隣のイルって……これ『ラグマギ』で俺が使ってるアバター名と同じじゃないか? それに三つのゲージ……『ラグマギ』の簡易ステータスの表示と似てる……いや、まんまか?」


 イラハの想像通りなら、三つのゲージは上からライフポイント(LP)、マナ(MP)、スタミナ(SP)とRPGゲームにはお決まりのステータスだ。


「姫と瓜二つのこの子といい、このうっとおしい簡易ステータス表示といい、これじゃまるで『ラグマギ』みたいじゃないか。俺が『ラグマギ』の中に入ってしまって、実在しているみたいな……いや、VR(仮想現実)(ヴァーチャル・リアリティ)化した……のか?」


 そこまで言ってイラハは自分の言葉に息を呑んだ。


「まさか、本当にそうなのか……?」


 馬鹿でかいベッドで目覚める前の、312回目にして初めて迎えたイベントのことがイラハの脳裏を(よぎ)る。


 時限式選択肢で選びたい選択が無かったイラハは、いつものように時間切れを迎えた。

 イラハが答えたかったのは「姫を守りたい」。

 そのことを口にした時、今までにない新たなイベントが起きた。

 画面内に映る姫が、まるで実在する人間のような存在感を示したのだ。

 ここまでのフラグ回収は何パターンも試したことがあるが、姫が半身をディスプレイから飛び出してくるイベントなんて『ラグマギ』に限らず、他のゲームでも聞いたことがない。

 あまりに現実味が欠けていて、イラハはこれまでのことが全部夢だと思っていた。


 けれど、この視覚、触覚、聴覚、嗅覚から脳に送られてくる情報の現実(リアル)感が、作られた物から得た情報とはイラハには思えなくて――


「……夢じゃないのか? だったら、あのキスも……」


 有効ということになる。


 姫に誓った約束も――


 イラハの視線が、安らかな寝顔を見せる少女の綺麗な唇に吸い寄せられる。


 ――目が離せない。


 その時、再び、イラハの胸の中で美少女がもぞっと動いて態勢を変えた。


「はっ――、いかんいかん! 何考えてるんだ、俺は」


 少女が動く度に少女の肉感を感じてしまい、イラハの内心は激しく動悸しており、


「目の毒過ぎるし、このままだと俺の理性がヤバい。とにかく、この子から離れたいけど…………がっちりホールドしてくれてる……」


 白い肌がサラサラしていて気持ち良いなぁ、などとイラハが物思いに更けっていると、いつの間にか胸の中の美少女の瞼が持ち上がろうとしていて――


「…………ぁ……」


 半眼で少女の碧い瞳がイラハをじっと見ている。

 その時間十秒。

 一気に目が覚めたらしく、すごい勢いで大きく眼を見開いた少女とイラハの視線が重なった。

 イラハも少女も二人揃って時間が凍りつく。

 その間に少女の白い顔はみるみる真っ赤になるが。


 先に思考を解凍できたのはイラハだった。


「……やっぱり、姫にそっくりだ」


「あ……あなたは……」


「? ――え……」


 美少女の流れるような金髪が揺らめいたかと思った瞬間、イラハはいきなり両肩をベッドに押さえ付けられ、美少女に馬乗りにされてしまった。瞬時の動作の中、少女は毛布で自分の身体を隠すという離れ業までイラハに見せたのだ。


「あなたは私が姫と知っていて、尚こんな破廉恥な狼藉を働いたのね……。許さないわ……絶対に許さない……この、変態!!」


 上から覗き込む白く綺麗な少女の顔が、はたして恥ずかしさのためか、怒りのためか、赤く染まると感情を吐き出した。

 このままでは、寝ている女の子のベッドに忍び込んで一緒に寝ていた変質者扱いされてしまう。それだけは絶対にダメだと、イラハは少女をなんとか説得しようとし、


「誤解だ! 俺も気が付いたら、いつの間にかここにいて……どうなっているのか、こっちの方が聞きたいぐらいなんだ!」


「そんな話、信じられるわけないでしょ? あなたは私をこの国の姫だと知っていたのよ?」


「本当だって! 君のことも知っているかどうかも今はよくわかってないんだ! なんて言うか……話すとややこしくなるんだけど、記憶違いみたいなのがあってさ!」


 かなり怪しまれている。

 それも当然。

 まして、彼女はこの国のお姫様ときた。


「非常にマズい……。この子を説得できないと姫に不埒を働いた変態野郎確定……最悪捕まる!」


 散々、選択肢に苦しめられてきた後遺症なのか、こんな時にも脳内で瞬時に選択コマンドを表示させてしまうイラハ。


『正直にありのまま答える』

『自分は変質者だと認める』

『自分の無実を訴える』


 選択肢は三つあり、内容は至って普通だ。その周りを青いメーターが囲んでいる『ラグマギ』仕様の時限式選択肢。


 こんな時にまで選択肢なんてものに思考が持っていかれる辺り、ゲーム脳も甚だしいとイラハは心の内で自分自身に毒づいた。

 ――が、それでも今は選ばないといけない。

 沈黙は肯定に等しいのだから。


 二番目は却下して良いだろう。

 変質者だと思われたくないのに、それを認めては本末転倒だ。

 そうなると実質一番目か三番目に絞られるわけだが――


「…………」


 青色のメーターが急速に失われていき、半分を切った辺りから赤色へと変わる。

 このまま何もしなければ、時間切れだ。

 もっとも脳内での話だが。

 それでも実際、切羽詰まった状況であることは変わらないはずなので、姫の怒りの形相からして、これ以上の沈黙は許してもらえそうにないだろう。


 イラハが選んだのは――


 生まれた焦りが、余計に怪しさに加味されることをイラハは気付かずに、


「誓って言う! 俺に敵意はないし、害意もない! 君の裸はチラッと見たけど全部じゃない! 身体が触れ合うぐらいくっついてはいたけど、何もしてない! 信じてくれ!」


 イラハが選んだのは三番目――『自分の無実を訴える』だった。

 一言どころか二言も絶望的なまでに余計な言葉が加わっていたことに、イラハは未だ気付いていないが。


 一番目は、正直に全部話そうにもイラハ自身が状況をよくわかっていないのが致命的だ。イラハの方こそ、姫にいろいろと尋ねたいことがあるのに、イラハの方からは何も説明できそうになかった。

 これでは相手に余計に疑心感を植え付けかねない。

 そう思ってイラハは三番目を選択したわけだが――


 結果は姫の顔に挿した紅がさらに深みを増しただけだった。


「…………そう」


「ああ、そうなんだ」


「……あなた、名前は?」


「俺は――」


 自分の名前を言おうと思って、けれど視界に入っているアバター名が本当の名前を使って良いものかと躊躇させた。

 予想通り、もしここが現実(リアル)ではなく、仮想世界の中なのだとしたら、イラハが名乗るべき名前は――



「俺は『イラハ』だ」



 ゲーム内においてイラハは、今も視界の左上に表示されているアバター名を名乗ろうと思っていた。思っていたのに直前になって口に出たのはなんとリアルネーム。五感から脳が受け取る情報が(ことごと)くリアル過ぎて、つい現実の名前を言わせたのだろうか。


「……よぉく、わかったわ」


 姫様らしい少女の怒気の孕んだ声の調子が落ちた。


「どうにか怒りは抑えてくれたのかな? だったら慎重にいけば、話し合いに望みが繋がる――」


 自分の選択ミス? 言葉のミス? に未だ気付いていないイラハは、この後の姫の言葉でようやく知ることになる。


「一国の姫の裸を見たなんて万死に値するわ! しかも、そんな誓い聞きたくもない! 変態! エルブライト国が公女、シーン・ファム・エルブライトが――イラハ、あなたを断じます! 三日間、魔獣【白亜の嵐鳴】と共に牢に幽閉! その後、死刑に処します!」


「牢に幽閉!? それも魔獣って……え、魔獣と同じところに俺、入れられるのか!? 待てよ、それって俺、魔獣の餌になるパターン!? あれ? 君、俺のヒロイン候補じゃなかったのか!?」


 繋がったと思われた会話の糸口はわずか3秒で見事に切られてしまった。

 言葉の選択(チョイス)を間違えてしまったのだ。

 どれが正しい選択だったかはわからないが、例え選択肢で正解を選んでいたとしても、言葉の選択がプラスをマイナスに変えてしまうほどの悪修正を加えては意味がない。


「ちょ、ちょっと待った! 絶対まだ誤解して……る……」


 咄嗟に起き上がろうとして上半身を起こすイラハ。だが、姫がどこから出したのか、人差し指と中指で挟んだ符をイラハの額に押し付ける形で、イラハは動きを止められてしまう。

 勢いを殺され踏ん張りきれず、再びベッドに背中から倒されるが、理由はそれだけじゃない。

 目の前が一瞬で真っ白になった。

 何も余計な物を一切置いていない真っ白な部屋に、いきなり放り込まれたような感覚とでも言うべきか。


「なん、だ? これ……力が抜ける……」


 意識が身体から離れていくみたいに遠くに感じ――


「眠りの効力を符に封じ込めていた結界魔術よ。抵抗しても無駄……そのまま落ちなさい」


 敵を射抜く姫の冷たい視線がイラハを正面から捉える。

 唇の動きからして本来発せられているであろう姫の声が、今のイラハには届かなくなっていた。


 また姫の唇が動く。


「変態」


 やはりイラハの耳に声が届くことはなかった。

 瞼を持ち上げ続けることも最早辛く、イラハの意識は暗い闇に落ちた。


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