第11話 獣vs鬼……時に人間
「その鬼の姿……髪の色まで変わるほど深く潜りやがってよぉ。まさに『白髪鬼』と言った感じだなぁ」
白髪鬼……白い髪をした鬼。
元々はシーン姫の髪は金色だったが、今は真っ白な白色へと変化している。
アルが言うには、鬼化が進んだ状態なのだそうだ。
それを証明するかのように、姫からは自分の意志を感じられない。
「ギアスって何だよ? 制約って意味だろ? ってことは、俺には何かしらの制限があって、それがさっきの俺の意味不明な行動に繋がるってことか? この光ってる腕だって!」
戦闘中の好機に自分から攻撃を外すなんて馬鹿げている。それが自分でしようと思ってのことじゃないとなれば尚更に理由があるはずだ。
例えなくても、なんとしても見つけなければならない。
もし同じようなことが、また戦っている最中に突然起きたらと思ったらゾッとするし、命が幾つあっても足りないという恐怖心を抱えてしまう。
そんな気持ちで戦闘など出来るものか。
「ああ、そうだ。さっき見た感じだと、おまえ……あの女への攻撃が……いや、危害を加える行為そのものを制限されているのかもな。どこでそんなレアな古代魔法掛けられたのか知らねぇが。……ちっ、これじゃ、もうおまえはあの女相手だと役に立たねぇ」
アルの言葉にイラハは首を傾げた。
どこで、いつ、そんなもの掛けられた?
気付けば、先程までイラハの身を苦しめていた謎の痛みは今は治まっている。
『私を守ってくれますか?』
「――――」
思い至ったのは、この世界に来る直前の姫の言葉。
『約束ですよ?』
今まで進めることができなかった時限式選択肢で、どういうわけか見たことのないルートに突入し、イラハのテンションはこれでもかというぐらいに上がった。
その中の一環で、シーン姫は確かにイラハに自分を守って欲しいと言って――
「『約束だ』……あの時、俺はそう答えたはずだ。その後、光に包まれて……まさか、その時に制約を……。なら、この光ってる文字は制約の証ってことか?」
「ふん。思い当たることはあるらしいな。なら、おまえは端っこで震えてろ。女の後でおまえもぶっ殺してやるからよぉ」
四足歩行でアルが一歩前へ出る。
イラハたちがやり取りしてる間、決して気を使っていたわけでもないだろうが、鬼化したシーンがこちらをじっと見たまま動かないでいた。
だが、それももう終わり。
白い魔獣の動きに合わせて、シーンも一歩前へ出た。
それを見て、今度はアルが再び一歩前進。
さらにシーンがアルの動きに合わした動きをまた見せる。
ここから両者三回、同じ行為を繰り返すとピタリと止まった。
睨み合うこと、ほんの数秒。
すぐに状況が動く。
二人……正確には一人と一匹が同時に床を強く蹴ったのが見えた。
「――――っ」
今、一瞬だが何かイラハの内に針を刺すようなチクっとした痛みが……なんだ、これ?
しかし、気にしている場合じゃないと、目の前で起きる戦いがイラハの気を引き締め直す。
嬉々として腕を下から掬い上げ鈎爪で攻撃するアル。幅の広い長方形の鉈ではなく、自分の伸びた爪を振り下ろす鬼。
他者を傷付けることに特化した爪が、互いを襲うために激しく重なり合う。
一振りでは終わらない。
二振り、三振り……まだまだ続く。
だんだんと目で追えなくなるほど、両者の速度が増していく。
「なるほど……。シーンが鉈を持ってるのに使わなかったのは、距離感もあるけど、あいつの速さに対抗するためだったのか」
理性を失っているくせに意外と冷静……いや、鬼というだけに戦闘センスがそうさせたのか?
「――――っ!」
まただ。
さっきは針みたいだったものが、今度は鉛筆ぐらいの太さのものに胸を突き刺されたような痛みが――
「え――?」
気付いたら、何がなんだかわからないうちに、イラハの身体が勝手に動いていた。
「てめぇっ! いったい何のつもりだっ!?」
「――それは……俺が聞きたい……」
目前にはいつの間にかアルがいて、イラハの右手には【刀剣創造】で生まれた刀が握られている。生まれたての刀で、イラハはアルの鈎爪を受け止めていた。
シーンとアルの戦いを邪魔するつもりはなかった。
姫の命が危なくなれば、さすがに止めに入ることはあったが、拮抗している今の段階で割って入る気など更々なかったのだ。
だが、イラハの身体は己の意思に反して、自然と動いていた。それがイラハには不思議でならない。
「知るか! 身体が勝手に動いたんだ!」
「ちっ、その女と戦えなくなったくせに、儂様とは戦えるのかよ、おめぇは!? どこまでも儂様の役に立たねぇな!」
「別に姫との戦闘はお前のためにやったわけじゃねぇ! と言うか、お前が姫と戦ったら殺しかねないから、お前は戦うなよ!」
「はぁ!? バカか、てめぇは!? おめぇは戦えねぇんだろうが!? だったら儂様がやるしかねぇだろうが! 向こうはこっちを殺す気でいるんだぞ!」
怒鳴りながら、イラハを突破しようとするアルを前に、イラハの身体はひとりでにアルの前に立ち阻む。
シーンをアルに傷つけまいと思う気持ちはあるが、その思いとは別に自分の意思と無関係に動く身体に奇妙な気分をイラハは覚えていた。
しかも、なんだか身体が普段より軽いぐらいときたものだ。
「だったら、死なせないように戦ってくれ! 出来れば、傷付けるのも最小限に……」
「儂様はおめぇのために戦ってるんじゃねぇぞ! だいたい、おめぇはその女へのただの当て馬で儂様は見逃してやったっていうのに、それが戦えねぇとか、とんだ期待外れだ! 邪魔するなら、おめぇからぶっ殺すぞ!!」
「こいつ、本音を隠す気も無くなったってか。地下牢で俺と戦っていた時、急に戦闘を止めたから何かあるだろうなって思ってたけど、そういうことかよ!」
戦っているうちに、シーンの力を削ぐのに自分の力が使えると考えてのことなのだとイラハは察する。
言い合っている間も足を止めずに、アルの鈎爪をイラハの刀が弾いていく。イラハの背後には鬼となったシーン姫がいるはずで――、
「ぐぇっ……」
突然、感じた背中の衝撃に、思わず変な声が出てしまった。
どうやらイラハの背中を踏み台にしたらしく、人影が頭上から現れた。
見上げると、これは……
「誰かの股下!?」
顔を拝見できないが、ボディラインからして女性のもの……それ以前に履いている下着が白色の紐パンだったので、相手の性別に疑いようはない。疑うとしたらイラハの瞳に映る、今のこの状況の方だ。
これが異世界に付き物のラッキースケベかと、場違いな感想をイラハは抱いた。
思わず足裏が地面に縫い付けられてしまうほどの衝撃だ。
白い髪が揺れている。
この場にいる女性は一人しかいないので間違いない……彼女――鬼化したシーン・ファム・エルブライトだ。
「くそ、しまった!」
後悔の言葉をアルが洩らすも、もう遅い。
鬼となったシーンの瞬発力は目を見張るものがある。
ましてや、イラハの背中に隠れての動きに加えて、まさかイラハの頭を飛び越えてくるなんて……。アルの反応が遅れたのも無理はなかった。
振るった鉈がアルの左肩を縦に切り裂く。アルの顔が苦渋に歪んだのがわかった。
鉈をアルの肩に残したまま手離すと、シーンは空中で身体を回転させて、今度はイラハに蹴りを見舞ってきた。
衝撃を止められず、イラハは背中から壁におもいっきりぶつかってしまう。
「守ってる俺まで攻撃するとか、ほんとに見境ねぇな……」
イラハの見つめる先には、前傾姿勢で両手を前でぶら~んと脱力させているシーンがいる。瞳は猫目に、手の爪はさっきよりも幾分伸びていた。
その様はまるで獣みたいで、アルが二人(二匹?)に増えたような錯覚さえ覚えてしまう。
なんだか、どんどん人間から遠ざかっていっている気がしてならない。
「急がないと、このままじゃ完全な鬼になってしまうな……」
突如、金属が床で跳ねる高い音が鳴り響いた。
アルが肩に食い込んだままの鉈を自分で抜いて、投げ落としたようだ。刃には血がべったり付着していて、見ている方も痛々しい気持ちにさせる。
アルの血もイラハと同じ赤い色をしていた。
肩から流れる血が自身の白い毛と足元の床を赤く汚していく。
「……くそったれが! これぐらいの傷で終わりゃあしねぇぞ!」
「これぐらいって……十分に深手だろ、それ? 本当に大丈夫なのか? ……って、そうも言っていられないか!」
「そういうこった! ……来るぞ!!」
再度、鬼が動いた。
標的はそのままにアルの方へと駆けるが、その表情は愉悦を浮かべている。
アルが倒されれば、次は間違いなくイラハの番だろう。そう一目でイラハに自覚させるほど、鬼の顔は残酷に笑んでいた。
「シーン、やめろっ!!」
言って意識が少しでも戻るなら何度でも言葉を掛けてやる。感情を揺さぶるだけでも良い。
こういう時、ゲームやアニメなら自分の声が届いたりしたのだろうか? あるいはピンチでパワーアップするとか?
――現実逃避だな。
そうイラハは自分の甘い思考に毒づいた。
前者も後者もそんな可能性を微塵も感じやしない。
そもそも後者は、アルがイラハにちょっかいを出してきたせいでパワーアップに必要なAPがない。
レベルが上がればAPは微々としてだがもらうことはできる。
ただし、他のゲームのように敵を倒したり、経験値が入って、すぐにレベルアップとはいかない仕様になっており、レベルアップには決められた手続きが必要だ。
例え、もしここですぐにレベルを上げれたとしても、手に入るAPは少量。消費APの少ないスキルを覚えたとして、この現状を打破できるともイラハには到底思えなかった。それほどまでに今行われている戦いは高レベルなものなのだ。
この世界は最初はイラハにとって限りなく現実に寄せた仮想現実化された世界に映っていた。
ゲーム部分はシステム面だけで、それ以外は現実だと言って良い。
そうイラハが思うのは、これがイラハにのみ当て嵌まる視点だからだ。
この世界を生きるものたちからすれば、イラハが特殊なのだと思う。
魂のない作られたキャラクターなのではない。この世界にいる者たちはみんな生きている。生きるために思考し、動き、感情を持ち――それらはなんら本物の人間と変わらないし、この世界に来て短い時間ながらもそう感じることができた。
故にここは異世界なのだと結論した。
イレギュラーなのは自分の方。
未だに訳はわからないが、自分がこの世界に呼ばれ? 連れてこられて? されたから、自分だけにゲームの1プレイヤーのような真似が許される特殊な状況なのだと。
この世界に来る直前までゲームをしていたことが関係してるのかもしれないが、今はどうだって良い。
イラハからして見れば異世界であっても、この世界の人からは違う。
元の世界に戻れるのは明日かもしれない。明後日かもしれない。1ヵ月後、1年後――、もしかしたらもっと先のことになるかも。
まったくもって不透明。
例え明日帰るとしても、それまではこの世界で過ごすわけだ。
だったら、それまではこの世界の住人の一人になろう。
だから叶えたい望みがあるなら、現実と同じように、望むだけではなく自分で動かないといけない。
いや、そうすべきだ――。
肩を負傷したため、本来の四足歩行はきついらしく、二足立ちして鬼に相対するアル。
それでも使える腕は一本だけなので、鬼化したシーンの猛攻に押されてしまっている。
「そう言えば、シーンが戦っているのに、今はさっきみたいなチクチクした痛みがしないな……。制約の効果が切れたってわけでもなさそうだし……もしかして俺が姫を守らないといけないほどの状況じゃなくなったから……か?」
左肩をバッサリ斬られたアルの動きは目に見えて悪くなっている。相手の攻撃が素早く手数で勝るとはいえ、アルの攻撃にいく回数が極端に減っている。
このままでは時間の問題。
かといって、イラハ一人ではもっと無理だ。
知らないうちにイラハに掛けられていた制約が邪魔すぎる。
戦いようがない。
「どうしたら良い? ベストはなんだ? 俺、まだ詰んでないよな?」
焦る気持ちが、掌に収まっている刀を力強く握らせる。
「俺とあいつの二人懸かりで戦うことができたら、それが良いんだろうけど……。またさっきみたいに制約が発動して、俺が姫を守っちまうだろうな。そうなったら俺と姫がコンビ組んで、逆にあいつを倒すことになるのか……。いや、コンビなんかにならないか。また後ろからシーンに襲われる可能性大だ……」
こちらに目もくれず、アルへの攻撃を続けている鬼。
その判断はイラハも正しいと思い……
「思うけど……舐めやがって……」
悔しさに下唇を噛み締めた。
けれど、今は冷静にならないといけないと、自分にイラハは言い聞かせた。
「【幻視の衣】はマナ消費が大過ぎて、今の俺じゃあマナを回復させないと使えそうにない……。【刀剣創造】の連発も地味にマナを削ってたし仕方ないか……。こっちはあと一本ぐらいなら創れそうだ」
左上に映る簡易ステにある青色バー……つまりマナの残量がほとんどない。そのため、戦い方に制限が出始めてきた。
「思い返せば、連戦だったしなぁ……。レベル1でただでさえ最大値が低いのに、回復もせず戦い続ければ、そりゃあ、すぐガス欠にもなる。ってか、なんで俺、レベル1で鬼と戦ってるんだ? 鬼って大抵のゲームだとレベルがある程度上がってから戦う相手だよなぁ……」
マナの上の赤色バー……ライフは3分の2まで減っている。
シーンに踏み台にされた時と、蹴られて壁にぶつかった時とで減少したらしい。
三段目の黄色バーであるスタミナは半分を切っていたが、じっとしていたら数秒毎にちょっとずつだが回復しているようだ。
この辺は『ラグマギ』と同じ仕様である。
「シーンを元に戻すには倒さないといけないって言ってた……。殺すのはダメだ。死なないように倒さないと…………どうする? ……くそ、難儀過ぎる!」
どうする?
どうしたら良い?
どうやったらシーンを助けられる?
「――――」
あった!
ひどく気は進まないが、ある種のアニメや漫画では割かしよくある方法が。
この方法はイラハにとって、とてつもなく勇気がいることだ。
「おい、俺に手がある! 協力しろ、バケモノ!」
イラハの声がアルの耳に届くと、アルが後ろに飛び跳ねて鬼から距離を取った。だが、それだけでは鬼となったシーンはすぐ追い付くだろう。
そこでアルが素早く両手を前で交差させた。途端、魔獣と鬼を隔てて風の壁が生まれる。
アルが自分の話を聞いてくれる気があることが、イラハはそれだけでわかった。
なぜなら、この風の壁があれば、時間を稼ぐのは動作もないと思えたからだ。
「儂様のことか? 儂様に向かってバケモノとは言ってくれる。……だが、興味ぶけぇ……話してみろよ、人間。聞くだけ聞いてやらぁ」