忘れられない
一か月前
病室には一輪の花が活けてあり窓から差し込む光で反射して彼の表情は隠されていた怜は意を決してまっすぐに彼の近くにある椅子にうなだれて座る。
「すまない。私のせいだ」
「仕方がないさ。こういう業界なんだ。ケガすることもある」
凛久の両足は切断されていた。五体満足でないとこの業界はやっていけない。すなわち凛久は死を宣告されたも同然なのは怜にもわかっていた。
「仕方がないで済まされないだろ! だって私のミスで凛久は仕事できなくなったんだよ?!」
「あの状況から俺の命が助かっただけ奇跡なんだ。ありがとな」
「なんでそういうこと言えるの?! どうして私を責めないの!」
我慢していた凛久の顔が苦痛で歪み始める。
「責めても何も変わりはしないだろう?」
「でも、凛久はプロとしてやっていける寸前だったのに、その可能性を奪った……」
それでもなお引き下がろうとしない怜に耐え切れずに悲痛の叫びを訴える。
「やめてくれ!」
いろんな思いがこみ上げてくるがそれをすべて頭の片隅に追いやって大切な怜のためにあふれそうな涙を必死にこらえる。
「済まない。疲れているから今日はこの辺にしてくれないか……」
「ごめん……」
怜は震えているだけで何も言えず静かに立ち上がりドアを閉めた。
やはり昼間の出来事が気になって消灯時間が過ぎた彼の病室の前に来ていた。
「くそおっ!」
大きな叫び声と机をたたく音が響く。
「動け、動けっていうんだよ! どうして動かない? 動け!」
しきりに動け動けと叫ぶ声は嗚咽に変わっていく。
「ここでまだ止まるわけにはいかないんだよ! 念願のプロとして一人前にやっていけるのに……。どうして、どうしてなんだ?! 仕方がないってわかっているのに、だけど!」
ぽつりぽつりと涙の跡が布団にいくつもできていく。いままでの努力が心の中で音を立てて瓦解していく。
「あきらめきれない。俺はまだやれるはず……だった、の、に……どう、して……」
布団を掴む手に力がこもる。頭ではわかっていても理解できない。鼻水と涙でぐちゃぐちゃの顔をさらに歪ませる。脳裏にふと死んだ母さんが思い出される。優しい顔、声、ぬくもり、それらが存在する日常すべてが恋しくて、それがーー一面の血とあやかしに食われて必死に助けてと叫ぶ姿の母ーーに塗り替えられていく。
「母さん……。俺、仇討てなくてごめんなさい」
何回も「ごめんなさい」と泣くけれどだれも慰めてはくれない。凛久は一人、月に冷たく照らされていた。
怜は扉に寄りかかって地べたに座りこんでいた。
「私があと一秒、いやコンマ一秒でも早く手がのばせていたなら、凛久はこんな目に合わなかったのに……」
床の冷たさなど感じない。体じゅうが熱いく燃えている。そして心も燃えている。
「私が凛久の目標を奪ったんだ」
ごめんなさい。と扉一枚重ねて二人とも謝っていた。