禁忌
ウルフと聞いた瞬間に昔の出来事が頭をよぎって血が上った。もしもここにいるウルフがあのウルフならば……と考えるだけで手に力がこもる。
二階からウルフの気配を感じると一気に階段を駆け上がった。右の扉から感じる奴の気配。結界を張り突入する。
目が釘付けになる。離れない。いや離せられない。信じられない光景が広がっていた。凛久の母を殺した奴が邪気をはらんで部屋の真ん中に立ち尽くしている。
「あんたは許さない!」
間髪入れずにウルフだけに効く炎の呪文を唱えるがまんまとかわされてしまう。このウルフはウルフの中でも強い。そう簡単には殺せない。殺せない? 与えられた指令は退治だったけ? でもこいつだけは跡形もなく殺してやる。ここで会ったが百年目。逃す気はさらさらないんだから。
『フハハ。そんなので私をやっつけられるとでも?』
声? 脳内に低い声が響く。
「誰だ!」
あたりを見回しても私と奴しかいない。神経を集中させてあたりの隅々まで凝視する。
『私の声が聞こえるのか。おぬし禁忌の術を持っておるな』
「ウルフ、お前か。わたしに話しかけてきたのは……。禁忌の術? そんなの知らないな!」
『あやかしの血を吸ったものはあやかしの言葉がわかる術が使えるようになる』
「そんなの使えたってなんの得にもならないじゃない」
『だけど使えば使うほど躰が蝕まれていき術の使用限界時間が短くなる。このことが協会にばれたら即刻封印退治される。あやかしと同じ扱いされるんだ』
それでも成し遂げなければならないことがある。でないと前に進めない。
「うるさい! だまれ! お前を殺すためだったらなんだってするさ」
氷で周囲を閉じ込めて氷の矢を雨のように降らす。奴は氷に囲まれて行き場を失っている。きっと一本や二本は刺さっているだろうという安直な考えはすぐに止んだ。奴は無傷で私の目の前に現れて矢を振りかざしていた。
『おまえもわたしの供物となることに感謝するんだな』
黒いヴェールが私を包みつつある。こんなところで術を使えば自分にも被害が出る。だけどこんなところで引き下がってたまるものか。
「あんたの恨みを晴らすまで死ねない」
『私を知っているのかね?」
「ああ、おまえに友達を殺された。あんたは覚えていないでしょうけどね」
『それは傑作だ。おまえも私に食われに来たのか。でもおかしいな。おまえは過激派ではなく穏健派。穏健派はあやかしを殺してはいけない。殺す場合は協会の指示を仰がなくてはならない』
「そんなのどうでもいい。あんたを探すために禁忌まで犯したんだ。私の意志で殺す。そしたらどんな罰だってうけてやるさ!」