男装女子、怜
帰ってまいりました! いろいろ書き方を試行錯誤しているので足からず。あやかしも載ってほのぼのしているけどそんなもの取っ払ってみました。
いつのまにバレていたのか……。私が女子ということが。
あのあとバイトに戻らず、先輩に連れられて閑静な住宅街にある二階建ての築20年くらいの新しそうなマンションに来た。
「ここが俺の住んでいる場所だ」
「いつから女だって気づいていたんですか?」
「はじめから」
「というと……」
「面接のときから」
「知ってて入れたんですか? どうしてです?」
先輩の目が鋭く私を貫きつい身構えてしまう。
「君はあやかしと契約していないにもかかわらず彼らと話せる数少ない罪人だからさ」
罪人ーーそれは禁忌を犯したものの隠語だ。ここは笑ってごまかさないと。
「私が? そんなことできませんよ。あははは。へんな冗談辞めてください。そんな自分を犠牲にしてまで禁忌なんて犯せませんよ」
「君には犯す理由がある」
そうだ。私にはもちろん凛久とのことがある。ここで罪人だと認めてしまったら警察に捕まる。それだけは回避せねば。
「そんなに構えなくていい。別に警察に突き出そうってわけじゃない。こちらの言う通りにしてくれれば何もしない」
でも……と言いかけるが部屋に連れ込まれてしまった。必要最低限の家具しかなく物寂しい感じがした。
観察している場合ではない早く逃げなければ。でも逃げたら私の存在が世にバレる……。
「なに難しい顔してるの? お茶入れるから好きなとこ座って」
「私が逃げるかもしれないのによく流ちょうにしていられますね」
「怜はそんなことしない。よね?」
甘いマスクで子犬みたいにおねだりしてきた。これがイケメンなのか。やっぱ私は男にはなれないな。そのいいかたむかつくなぁ。
「そんないいかたしても無駄ですよ? 私はファンの子みたいにほだされませんから!」
「それは残念。でもいつか折れてくれるように頑張る」
「意味わかんない!」
そっぽを向いてお茶を口に持っていく。人が淹れた飲むのはいつぶりだろう? ずっとペットボトルだったからおいしい。
「ふぅ」
無意識のうちに顔が緩んでため息をついていた。
「君はそっちの姿のほうが似合うよ」
「? 何か言いましたか?」
「いいや。笑っているほうが似合っているなと思って」
「笑って過ごす資格なんて私にはないんです。凛久はもっと苦しいのに私だけ……こんなへらへらできない」
「その凛久って本名はなんていうの?」
「あやかし業界では本木と名乗っていましたが業です」
先輩はその名を考えるように復唱していた。
「業彩芽……」
「その人は凛久の母親です」
「やはり……。いまから言うことは事実だ。心して聞いてほしい」
何事だろうとぼうっとしていたがそんなのは吹っ飛んだ。
「彼女は半妖で寿命だったんだ」
そんなことは一度も聞かされていない。
「半妖は死ぬときに人間の記憶をなくしてあやかしになるんだ。そうなる瞬間の姿を息子に見せまいと彼女が店長に食べてくれと依頼したんだ」
わからない。どうしてそんなことするのか。だって凛久はお母さんが大好きだったから本当のことを言えば違った結末になっていたのかもしれないのに。
「じゃあなんで死ぬときに助けてなんて言ったの?」
「これは憶測でしかないけれど心の奥底では息子の成長を見届けたかったんじゃないかな? だから祈ったんだと思う。『神様、助けてください』とね」
「どうしてそんなこと……」
「彼女の遺品から日記が出てきて私がもし人間だったらよかったのに、って何回も書かれていた。この運命さだめルビ を受け入れられないと……」
人間とあやかしはどうして関わると悲劇を生みだしてしまうのだろうか。あやかしなんていなくなればこんなこと起きなかったのに。あやかしがいるから私と凛久の人生は狂わされてしまった。どこで人間とあやかしは間違ってしまったのだろうか?
「でも怜、君はあやかしの言葉がわかる。任務で何回も見てきた人間とあやかしの対立を武力ではなくお互いを理解することによって解決することができるんだ。罪人にしかできないことなんだ。だから協力してほしい。そのために君を雇ったんだ」
「私一人でそんなことできない……」
私の体だってがたがき始めている。時間も人員もない。
数日たって凛久の親族から凛久があやかしを専門に学ぶ学校に入学したと連絡が来た。その日私はベランダで星空を仰いだ。こうこうと輝く星。葉のかすれる音。頬を撫でる風。すべてが心地よかった。あやかしと分かり合うなんていう大役が出来るのだろうか。やるしかないのだ。凛久も前に進み始めている。
「私もやるしかないのかなぁ」
凛久ともう一度笑い会えますように。流れ星に願いをかけてドアを閉めた。