トキヤ~設定①わがまま放題~
ところ変わって異世界である。
現在、俺は人々から聖山と呼ばれ、とある種族には聖域として祀られている場所にいる。
今、俺たちがいる場所は、足場が悪い上に、目の前には「Bランク」に位置付けられている魔物の姿が複数あった。
「ちょっとトキヤ!何ぼさっとしてんのよ!」
「こんな場面で呆けられるなんて……さすがですね!」
目の前には、見目麗しいエルフとケモミミの女の子が、こちらを見ていた。
そう。
聡明な人ならばとうに気付いているだろう。
ここは言わずもがな『異世界』だ。
調停者の最後の質問から1ヶ月が経っていた。
この1ヶ月で起こった出来事は、社畜として働き続けた俺にとってはまさに天国にいるかのような出来事ばかりであった。
順を追って説明しよう。
まず、調停者の質問に天元突破の勢いで即答した俺は、突然現れた部屋に案内された。
調停者について入ったその部屋には複数枚の書類が入ったファイルが1枚と、ボールペンが机に置かれており、必要事項を書くように言われた
「何?これ。」
調停者に促されるままに机に座り、書類を確認する。
『転送されるみなさまへ』
『転送申請書』
『誓約書』
俺はその書類に目を通す。
「なになに。転送されるみなさまへ。みなさまはこれからあなたがいた世界とは別の世界に転送されます。転送に際して、裏面の注意をよくお読みください。また、その他必要な書類は、記入漏れのないよう、調停者にご提出ください。って……」
なんだかずいぶんなお役所仕事だなと思いつつ、俺は裏面の注意事項を確認していく。
契約書に書かれているような細かい文字でびっしりと書かれている注意事項に辟易となりながらも、何とか最後まで読むことが出来た。
要約すると次のようになる。
『転送にはいろいろな形態があり、容姿や異世界の記憶の保持だけでなく、世界指定など、ある程度任意で選択することが可能。要望は申請書に記入すること。ただし、指定した世界が見つからない場合、記憶の中にある欲望に対して、最も「最適」な世界へ転送をおこなう。』
『チートスキルの要求は可能だが、バランスブレイカーになりうるスキルは認められず、定められた「等級」につき1つしか与えられない。もちろん、スキルはここで与えられたもの以外も習得可能。等級は「特級」・「上級」・「中級」・「下級」を手にすることができる。これ以外の等級も歴史上でいくつか確認されているが、初期設定では入手することはできない。』
『スキルは「書いた」スキルが習得可能であれば、それが手に入るが、スキルレベルは1である。記入欄は5つで、3つまで習得できる。習得の優先順位は番号の若い順からである。』
『所持金や装備品はその転送状況に応じたものである。』
『転送後、こちらとの連絡をとる手段はない。情報を集め、自らの力で生きていくこと。ただし、チートを利用して、悪の限りを尽くしていると判断された場合、天罰がくだる』
『注意事項の書類に限り、転送後も確認できる。ただし、確認は月に一度のみで、複写や転写などはできない』
『この書類が手渡されてから、24時間以内にすべての処理を完了しなければ、元の世界へと送り返される』
その他細々としたことがまだまだ書かれているのだが、転送後も確認できるということと、24時間以内にすべの処理を完了しなければならないという文言を見て、後ほど確認することにした。
とりあえず、俺はさっさと次の書類に取り掛かった。
「次は転送申請書か。なになに……『⓵あなたが希望する異世界を可能な限り記入してください。ただし、あまり細かく指定しすぎると、ご希望の世界を見つけられない可能性があります。十分留意して、お書きください。』か。」
希望を聞いておいて、それが叶わない可能性もあるということだが、書けば書くほど、条件に見合った世界を見つけてくれるということではないだろうか。
そんなことを思った俺だったが、そんな急に条件を記入できるほど、普段からそんなことばかり考えているわけではない。
しかし、ここを適当にしてしまうと、俺が望んでいない世界に飛ばされる可能性もある。まぁ、もしそうなったとしても、ある程度楽しくやっていけそうな気もするが、どうせ転送されるなら、妥協した世界には行きたくない。
「時間がない……というか、思いつかない……そうだ!」
今までの人生で培ってきた「頭の良さ」を最大に活かし、俺は逆転の発想を思いついた。
『俺の記憶から最適解を導き出して転送してくれるなら、何も書かない方がいいんじゃないか……』
そう思った俺は、すでにいくつか言葉が書き込まれている書類に目をやった。
これを見る限り、俺がある言葉にした世界もそうそれほど悪い世界ではないが、完璧かと問われれば、答えはノーだ。しかし、これを完璧なものにしようと思うのであれば、どうしても言葉が足りない。それならば、何も書かず、向こうに読み取ってもらった方が良いだろう。
なにせ、俺の頭の中には大量のラノベとアニメの知識が詰め込まれているのだ。
それらをミックスした世界であれば、これほど素晴らしい世界は存在しない。
「まぁ……超絶美少女の妹のことは心配だが、あいつならなんとかやっていけるだろ……。」
いざとなったら父親だって戻ってくるだろうし、姉のように慕っている彩夏だっている。
会社から多少なり退職金も出るだろうから、妹が卒業するまでの繋ぎくらいにはなってくれるはずだ。
それに、俺がいたせいで、妹には苦労をかけっぱなしだった。
俺がいなくなったら、妹は俺の世話をする必要がなくなる。妹は妹だけの人生を歩んでくれるはずだ。
そこまで考え、俺は自嘲気味に笑った。
「よし!あと23時間か。少しの時間も無駄にできないな。書けるだけの要望を書いてやろうじゃねぇか!」
こうして俺は、俺が望む新しい世界を描き始めた。
30分後。
「できた!」
満足げに顔を上げた俺は、自らの希望する世界にたいへん満足していた。
いや、むしろ出来すぎである。
地球のオタク共が見れば泣いて喜ぶだろう。
『そんな世界アリか(笑)』と。
要約するとこうだ。
・超・超広大なマップ(地下遺跡や洞窟などを含む)
・世界観は中世ヨーロッパ
・魔法あり
・魔物あり
・冒険者制度あり
・多種族・他民族(俺の好みに合う容姿の女性が多い世界を希望)
これだけ見ればどこにでもあるラノベの舞台設定である。しかし、最後の一文が記入者のわがままを極限まで詰め込んでいた。
・俺の中の深層心理にあるラノベ知識の中で、良いと思っているものを組み合わせて検索してくれ。
なんという曖昧な文言だと思うかもしれない。しかし、この書き方はあながち間違いではないのだ。
文言の隙間を突く良い書き方とさえいえるだろう。
条件が合わなければ記憶を読み取るという文言を逆手にとったのだ。
こうして、さまざまなラノベやらアニメやらを堂々とパク……もとい『いいトコどり』の異世界譚が始まっていこうとしていた。しかし、当の本人に悪意はない。
妹に対する罪悪感はあるものの、これから始まる異世界ライフに心を躍らせているだけだ。
「さて、次は…」
そう言って、俺は次の項目に目をやった。
『⓶あなたの異世界での氏名と性別、年齢や容姿、その他の設定を記入してください。』
氏名は今使っている下の名前だけをそのまま用いることにした。名字は、持っている人が少ないだろうという勝手な判断で使わなかった。
性別は当然『男』。異世界ハーレムを築くのならば、やはり男でなければならない。
年齢は『15』だ。
年齢は当然若い方がよいが、若すぎてもなにかしらの弊害があるだろう。
これもまぁお約束だ。
それに、0歳からコツコツとやってやるほど、気が長い方ではない。
容姿はこのままで構わない。
超絶イケメンと指定したかったのだが、『イケメン過ぎてもしんどい』ということをどこかの雑誌で見たことがあった。それに、イケメンはトラブルを呼ぶような気がしてならない。
これはどのアニメでもそうだ。
俺は主人公でなくてかまわない。『ハイスペック2番手』でありたいのである!
ちなみに種族は「人間」だ。
その他の欄はおおいに悩んだ。
まず、記憶はすべて持っていくこと。これは外せない。地球の知識は絶対に役に立つ。むしろ、今、この異世界で生きるために俺は勉強をしてきたのではないかとさえ思うくらいであった。
それに、やはり妹を忘れてしまうというのは、自分の中では許されないことであった。
他には、運動神経抜群や頭脳明晰などを記入してみたが、これに関しては蓋を開けてみないと分からないだろう。
このあたりの曖昧さはやはり不親切である。
残り時間はまだまだあったのだが、俺は休憩することも忘れて次の質問に取り掛かった。