トキヤ~転③調停者による説明~
ボタンイベントに良い印象はあまりない。
それは、ゲームやらテレビやらを見すぎたせいなのかもしれないが、大抵のボタンイベントは、押した瞬間落とし穴が作動したり、頭上から金タライが落ちてきたりする。
そんなイメージが強すぎたようで、ボタンを押した瞬間、どうやら反射的に目をつぶってしまっていたようだ。
一瞬後、なんの変化もないことを認識すると、おそるおそる目を開けた。
「なんだ、これ?」
目の前には和室があった。
正確には、畳にコタツ、薄型テレビに小型冷蔵庫。しかも、ご丁寧にコタツの上にはミカンと湯飲み、それにリンゴ印の最新ノートPCが置いてあった。
「よくきたな地球人よ。」
「うぉっ!?」
今まで誰も居なかったコタツの一角に白髪ロン毛のジジイがいた。
いきなり声をかけられたのだから、驚くのも当然だろう。ここで驚かない方がどうかしている。しかし、そのジジイは俺のことなどお構いなしに、自分の正面に座るよううながしてきた。
ジジイの言うことに逆らう理由はないが、座る前にとりあえず確認しなければならないことが俺にはあった。
「トイレどこ?」
心なしかジジイの肩が落ちたような気がしたが、それは気にしない約束だろう。
そのジジイは、黙って明後日の方向を指さした。すると、今までなかった場所に扉が存在していた。
不思議だ。
しかし、ラノベではお約束に近い。
きっとこいつは「神」に近い存在だ。そう認識することで、すべての疑問を消し飛ばすことに成功した俺は、軽く会釈をしてトイレに駆け込んだ。
「あー、助かったー。サンキューなー。」
トイレから出た俺は、爺さんに礼を告げた。
俺の仮定どおりなら、いつまでもジジイ呼ばわりするわけにはいかない。なんせ神なのだ。それに、九死に一生を得たのだ、トイレを貸してくれた恩人に対してジジイと呼ぶことはできない。
俺は爺さんの対面に座り、ミカンに手を伸ばした。
「さて、説明してくれると嬉しいんだが…。」
ミカンを剥きながらではあるが、俺はさっそく本題にはいる。
こういうのは、こちらから先に話さなければ、突然長々と歴史を語られる可能性もある。しかし、そんな心配は杞憂であった。
爺さんは、俺が聞きたかったことだけを端的に説明してくれた。
曰く、前の2つの空間は、「ターミナル」のようなものであるという。
世界間の移動の審査をおこない、在るべき場所へと移す場所なのだそうだ。
扉が自動で開いたのは、無数の存在があの場所を利用するため、自分の順番が回ってくるまでは開かないようになっていたのだと言う。
そして、祭壇のある部屋で審査を行い、対象者が祭壇に近づくと、自動でその場所へ移動するという仕組みなのだそうだ。
ちなみに、水を飲んだから移動したというわけではないようだ。
祭壇のあった部屋の通路の先にについて尋ねてみたが、あの通路の先は行き止まりだそうだ。なぜそんな意味のない通路を作ったのかと尋ねてみたが、これには答えをくれなかった。
通常、ほとんどの存在が祭壇のある部屋で審査を終えるのだが、中には在るべき場所が存在しないという変わった者もいるようだ。
そんな変わり者のための空間が、2つ目の空間なのだそうだ。
2つ目の空間にあるあのボタンは、より正確に「自分が行きたい場所」を深層心理から読み解き、対象者をその場所へ送り届けるものなのだという。
俺が元の場所へ戻らず、この場所へ来てしまった理由は、心の底から「説明」を求めたからだったというのだが……。
「オマエ、本当は元の世界に帰りたくなんじゃないのか?」
そう言われて、俺は複雑な気持ちになってしまった。
次に、この空間についての説明があった。
この空間は本当にわずかに出るイレギュラーな存在のために用意されたものだという。必要があれば元の世界への帰還や、望みの世界への移送をおこなうためのカウンセリングルームなのだそうだ。どれくらいの割合でここへたどり着くのか尋ねると、0.3%程度だという。まるでスマホゲームの課金ガチャ並の確率だ。
ちなみに、目の前の爺さんは神ではなく「調停者」というらしい。
対象者の記憶を読み取り、その人間に応じて姿かたちも変えているようだ。警戒心を解くためということなのだが、俺がバニーガール美女を想像すればその姿になったのだろうか……。
ちなみに、「神」という存在も一応はいるようなのだが、自分たちは会ったことがないのだという。
「じゃあ次の質問だ。あんたは俺を見て『地球人』と言ったな?この世には地球人以外にも生命体が存在しているのか?」
この質問に調停者は黙って首肯した。
異世界は存在し、知的生命体も当然のように存在するのだそうだ。だが、俺は驚く素振りをみせなかった。その反応を見た調停者は、逆に驚いた様子だった。
まぁ、「普通」といわれる人なら驚いただろうが、俺はラノベの知識の甲斐もあり、そんなことでいちいち驚いたりはしない。
受け入れ態勢は普段からバッチリなのだ。
続けて、どのくらいの人が異世界への移送を果たしたのかを聞いてみた。
調停者曰く、全体の0・1%ほどだそうだ。
1000人に1人の割合と聞くと少ないように感じるが、なにせ分母が分からないのだ。1000万人いたら1万人もいる計算になる。
「分母はどれくらいなんだ?」
俺は調停者に尋ねた。しかし、その問いに対し、調停者は首をかしげた。
ずいぶんと昔。それこそ、「神」が世界を創った頃からになるため、分母までは分からないという。ただ、ここ10年ほどはなぜだか地球人の異世界移送希望者が増加しているらしい。
『日本では異世界転生モノのラノベが大人気だからな……』
そうは思いたくないのだが、理由の1つにはなっているだろう。しかし、希望者が増加したのなら、統計の数字が変わるのではないかと思うのだが、100年単位でしか統計は取らないのだという。
なんとも大味な管理体制である。
「そもそも、なんで俺が選ばれたんだ?どういう基準でここへ飛ばされるんだ?そもそも、なぜこんなことをする?」
俺はもっともな質問をぶつけたのだが、その質問に対する調停者の答えは非常にシンプルなものだった。
「ランダム。ただし、地球時間換算で年に2回。理由は不明。」
さらに詳しく聞くと、この現象は4月と12月におこなわれるそうだ。
いろいろ情緒不安定な人が出てくる時期なのだろうと勝手に推測する。
会社でも、その時期は多忙を極め、なかなかの修羅場と化していたことを思い出した。
こんなことをする理由が不明というのは、神のいたずらなのだろう。まぁ、異世界交流とか、人間を間引くとかも考えられるが、どれも推測に過ぎない。考えるだけ無駄だろう。
その後もいろいろなことを聞いた。
世界には無限ともいえる数の神がいて、各世界に紛れ込み、退屈を紛らわしているのだとか、時間軸の違いで、それぞれの世界での経過時間が違うとか。今までの空間ではイメージが重要で、自分の容姿は自分が望んだ結果だということなどなど……。
まだまだ聞きたいことがあり、次の質問をぶつけようとした時だった。
「もういいだろう。面倒になった。」
突然、調停者がそんなことを言いだした。
気のせいかとも思ったが、時計を確認すると時刻は23時を指していた。それは面倒にもなるか。
「これから最後の問を行う。返答次第で、また言葉を交わすこともあるだろう。」
俺は気を引き締めた。
かなり重要なイベントのようだ。
俺の答え如何で、質問も一切受け付けず終了する場合もあるということだ。
「いいぜ。」
俺の態度がかなり横柄なものになってしまっているのも、きっと俺のイメージのせいだろう。
異世界に転生する主人公はきっとこんな感じだという思い込みのせいだ。あとは、なんだかやけっぱちになってしまっている気もするのだが……。
「オマエはナニを望む?」
そう尋ねられた俺は迷うことなく答えた。
「チートを使って異世界ハーレムができる世界を!」
最大限カッコつけることに集中するあまり、調停者から小さくため息が漏れたことに、俺は気が付かなかった。
一方、地球では、土岐哉が消息を絶ってから早くも1週間が経とうとしていた。
「お兄ちゃん……。」
理沙は目に見えて憔悴していた。
寝不足のせいで、目元にはクマができ、食事もロクに摂っていないため生来の美貌にもやや陰りが見え始めていた。
より深刻なのは外見ではなくその内面だ。
唯一と言っていい家族の安否が不明という不安と悲しみから、理沙の精神はボロボロになっていた。当然、学校にも行けていない。
「理沙ちゃん……ほら、ちょっとは食べて。そんなんじゃ、あのバカが帰ってきた時に心配しちゃうから。」
この1週間、彩夏は理沙の面倒を見ていた。
最初の頃は食事も摂ろうとせず、ただわめき散らすだけの理沙であったが、「兄が帰ったら心配する」という言葉にハッとなったのだろう。生きていくうえで最低限の食事だけは摂ってくれるようになったのだ。
それでも、精神的なショックから、固形の食べ物は受け付けないようで、もっぱら流動食ばかりになってしまっている。
土岐哉の会社は、有給休暇という扱いにしてもらっているが、全く連絡がない現状では、そんなことをしても意味などないのではないかと彩夏は思ってしまっていた。
同僚の朝霧さんという方に、よろしくお願いしますと頼んではみたものの、これ以上はやはり難しいだろう。
「お兄ちゃん……。」
気が付けば、また理沙が泣いていた。
どこからそんなに涙が出るのだろうかと思うくらい理沙は泣き続けている。
その手は、神に祈るかのごとく、鳴らない携帯電話を強く握りしめていた。
「あのバカ……こんな可愛い妹を泣かすなんて……」
ここにはいない土岐哉を恨めしく思いながら、彩夏は理沙を優しく抱きしめた。
理沙のすすり泣く声と、彩夏の恨み節が、部屋に消えていった。