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トキヤ~転①目覚めた土岐哉と木製の扉~

どれくらい眠っていただろう……。

これほど眠ったのは久ぶりではなかろうかというくらいスッキリと目を覚ました俺は、その場所の違和感にすぐ気がづいた。


「どこだ……ここ?」


不思議に思った俺はとりあえず自分の体を確認してみた。

手も動くし、足もある。体は満足な状態ではあるようだ。

次に周囲を確認してみた。

薄暗いことから夜ではないかと推察したのだが、四方を石壁で囲まれていることから、昼夜の判断はできなかった。

何せ窓がないのだ。

あるのは木製の扉が1つだけ。

はるか上の通風孔からは、ゆらゆらと明かりが漏れていた。通風孔があることから、窒息死することはないだろう。そう思った俺は、目の前の扉を調べることにした。どうやら外側から鍵をかけられており、中からでは開けることが出来なかった。騒がしくしても良かったのだが、変に騒いで、頭のおかしい連中が入って来てしまってはどうすることもできない。

とりあえず、俺は床に座って「どうしてこうなったのか」ということを、思いつく限りの可能性をあげて検討することにした。


まず1つ目は、タクシーが何者かに襲われて、俺は拉致されたということ。


そう考え、俺は腕時計を見た。


25時。


なるほど、1時間程度しか経っていない。となると、ここは倉庫……いや、会社から1時間程度で来れるような場所に倉庫などなかったはずだ。よしんばそのような場所があったとしても、目の前の「扉」の説明がつかない。

起きたばかりの時とは違い、ようやく目も慣れてきたので、改めて扉を確認する。

それでも、薄暗いせいで細部までは確認できていないが、その扉はどこからどう見ても某有名RPGの木製の扉だ。

今にも『チャララン』という音と共に開きそうな扉である。


「こんな扉を使ってる倉庫なんてあるのか?」


俺は疑問を口にした。

ない。と断言できないが、ある。とも言い切れなかった。とりあえず、この可能性については保留だ。

次の可能性は……と考えてみたが、思いつかなかった。

夢かとも思い、頬をつねってみたが、ただ痛いだけだ。

思いつく限りなんて偉そうなことを言ったが、あまりにも手がかりが少なすぎて、想像することさえできなかったのである。


「まさか異世界か……?」


そう口にしたものの、自分でもよくそんなバカなことが言えたなと思う。

現実逃避もいいところではあったが、これだけノーヒントなのだ。

その可能性もゼロであるはずがない。


「となると、こんなところに入ってくるのは一体どんな人物なのか……」


異世界という考えはあくまで可能性の1つだが、他に有力な考えもないので、この考えもとりあえず保留にして、俺は部屋を調べることにした。

四方を石壁に囲まれた何もない部屋。

重厚そうな木の扉。天井には通風孔のような穴はあるのだが、とてもじゃないが壁を登ってたどり着けそうになかった。

そこまで思考が至った瞬間、俺はハッとなった。


「スマホ!」


慌ててポケットを探すがスマホは見つからなかった。しかも、スマホどころかカバンすらない。どうやら全て回収されてしまったようだ。

どうにも八方塞がりであるこの状況だったが、俺は妙に落ち着いていた。


「ラノベの知識が活きてるな……。」


家族にさえひた隠しにしていた膨大な量の漫画・アニメの知識がここに活かされていると感じていた。

きっとこれから何かしらのイベントがあるだろう。

荷物を持って行ったんだ。誰かがここに連れてきたということは間違いない。あとは、そこからどうやって対処していくかだが……。

変に抵抗しなければ即死亡なんてことにはならないだろう。

そんなことを考えながら、俺は再び眠ることにした。起きていても、何も変わらないのであれば、眠って、この時間をやり過ごしたほうが賢い。

それに、目が覚めれば、実は家でしたなんてオチが待っているかもしれないしな。




「お兄ちゃん!早く起きて!」


時刻は午前5時30分。

朝早くから理沙の声が土岐哉の部屋に響き渡る。


「って、あれ?」


いつもと同じ時刻に兄を起こしに来た理沙だったのだが、ベッドに主の姿を確認することはできなかった。

不思議に思い首をかしげる理沙。慌てて自室に戻り、スマホを確認する。


「連絡は……なしか。」


普段の兄ならば、自分に心配をかけまいと、帰れない時は必ず連絡をよこすのだが、今回はその連絡がない。

ふと言いようのない不安が理沙を襲う。


「何かあったんじゃ……」


そう思い、理沙はまず父親へ連絡した。

コールしても出ないことは分かっていたので、メッセージで異変を伝える。

少しして、父から『心配することはない』とメッセージが返ってきたが、理沙の不安が解消されることはなかった。

それからも、理沙が落ち着くことはなかった。

通学時には何度もスマホの画面を確認した。

こんなことなら、GPS機能を無理やりにでもオンにさせておくんだったという後悔があった。しかし、そんなことを考えている間はまだまだ余裕のある証拠だろう。

事実、最後は会社に電話をすればいいと理沙は考えていた。


「1時間目が終わったら電話してみよう……」


迷惑になるかもしれないが、そこは兄に我慢してもらおうと思う。

たった1人の妹を、ここまで心配させたのだから、それくらいは受け入れてもらわなければ困る。


1時間目の授業が終わり、理沙はすぐさまスマホの電源を入れた。


授業中、スマホの電源はオフという、もはや誰も守っていないであろうルールでさえきっちりと守っているあたり、真面目な理沙らしいといったところだろうか。

新着メッセージがないことを確認すると、平静を装って兄の会社の番号をコールする。

すぐに受付に繋がり、兄から聞いていた部署へと繋いでもらう。


「はい。お電話代わりました。朝霧と申します。」


受付で用件は伝えていたので、相手にはすでに伝わっているはずだが、理沙はもう一度用件を伝えた。


「大変申し訳ありません。流星は本日まだ出社しておりませんが……」


なんとなくそんな気はしていた。

分かっていたのだ。

身内を名乗って電話をして、相手先で違う人物が出た時点で、兄はそこにはいないと。

理沙は静かに電話を切った。しかし、心の中はぐちゃぐちゃだった。

どうして兄はいない。

兄はどこへ行った。

どうして私に何も連絡がない。

兄の姿を確認できないということが、こんなにも自分を狼狽えさせるのかということに驚きながら、理沙は次の時間の授業を受けるため、再びスマホの電源を落とした。


昼休み。


休み時間の度にスマホの電源を入れ、新着メッセージの確認をおこなっていた理沙だったが、その全ては徒労に終わっていた。


「理沙~。お昼ご飯食べ……って!あんたどうしたのその顔!」


理沙と昼食を食べようと教室に入ってきた京子は、理沙の顔色を見て驚きの声をあげた。


「あ、京子……」


何かあったどころの騒ぎではない。

まるでこの世のすべてに絶望してしまったかのような表情だ。京子は、親友のこんな表情は今まで見たことがなかった。

どうしたのかと尋ねてみると、理沙はこれまでの顛末を話してくれた。

事故に巻き込まれてどこかの病院にでも担ぎ込まれてるんじゃいかと言ったら、理沙が青白い顔をより一層白くしてどこぞの病院に連絡しようとしたので慌てて止めることとなった。

不用意な発言だったと反省する京子をよそに、理沙は、その可能性もあったかとつぶやいていた。


「でもさ、それだったら理沙には連絡くるよね?だって、お兄さんって身分証とか、連絡先とか持ってるわけだし。」


京子の当然の指摘に、理沙はただうなずくだけだった。

いつもなら聡明な理沙も、これだけ混乱すると頭が回らなくなるらしい。

まぁ、当然と言えば当然だが。

とりあえず、食事だけはきっちりと食べるようにということと、心配しすぎて理沙が倒れたら元も子もないということだけを伝えると、京子は自分のクラスへと戻っていった。


「お兄ちゃん……」


残された理沙の言葉が、空しく教室に消えていった。


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