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―プロローグ―

「お兄ちゃん……」


俺は本来であれば絶対に見えるはずのない……いや、この俺でさえ発現することの出来ない不気味な姿を、妹の背後にはっきりと確認していた。

まさに『戦神』を彷彿とさせるその威風堂々たる姿や、一睨みでこちらの戦意を全て刈り取ってしまうほどの鋭い眼光。さらに、背に跨る黒衣の馬……違うな……あれは……いや、この際、あれが馬かどうかはどうでもいい。

要は、この状況を切り抜けなければ死んでしまうという事実だけを、俺ははっきりと理解していた。


「後ろにいるのはエルフさんだよね?それにケモミミに……。あ。あと和装している狐みたいな人もいるね?」


妹の背後に現れた『戦神』は、今にも殴りかかってきそうな勢いだ。

馬上で構えるその姿から、地球にいた頃に読んだことのあるとある漫画の敵キャラを彷彿とさせた。しかし、仲間と共に数々の修羅場を潜り抜け、あまつさえ、数多くのスキルを手に入れた今の俺ならば、妹の背後に顕現しているものの攻撃くらいなら、何とかできそうだ。

そう思った俺は、妹の背後に、さらに薄く揺らめく存在に気づき、さらなる絶望へと叩き落された。


『ん?その後ろにまだ何か……。』

「さっきからお兄ちゃんに纏わりついてる可愛らしい女の子は双子ちゃんかな~。魔法の詠唱してるみたいだけど、その呪文は極大呪文だね?まだ小さいのにすごいな~。あとは……メイド服の人?じゃないね。あれは何かな~?」


妹のさらに後ろに控える存在を確認しようと、俺は目を細める。その間にも、妹は何かを話しているが、後ろの確認に気を取られている俺は、それどころではない。


『あれは……怪獣か……って……あれは日本が産み出した最強の特撮怪獣じゃねぇか!』


妹の背後に見えるのは世紀末覇者様にそっくりなものだけではなかった。

そのさらに背後。

揺らめく炎のエフェクトを伴って、アメリカでも映画化された特撮怪獣にそっくりなものが現れていた。


「みんな……あれが見えるか?」

「あれって何よ?あそこで不気味なオーラを発している女の子なら見えるわよ。」


どうやら、俺の仲間には見えていないようだ。しかし、これまでいくつもの危機を乗り越えてきた仲間たちも、妹から発せられる不気味な雰囲気を感じ取り、動くことが出来ずにいるようだ。


「リサちゃん!落ち着いて!」

「そうだぞ!嬢ちゃん!ようやく見つけた兄貴じゃねぇか!」


妹の後ろでは、妹を抑えるための頼もしい援護射撃が繰り出されていた。しかし、あれは何だ?魔物のように見える……というか、完全に魔物だ。妹の知り合いは随分と変わっているな。


「あと、さっきから空でチョロチョロしてるのは天使様だよね?お兄ちゃんに味方してる天使様かな?みんな綺麗な人ばっかりだね~。お兄ちゃんは今までこんな美人に囲まれて冒険してたんだね。」


そう言いながら笑う妹。

背後の2体がゆらりと揺れ、それらから放たれるオーラがさきほどの数倍にまで膨れ上がった。

その光景を見て、俺は悟る。


『あ、無理なやつだ……。』


そう思い、死を覚悟したその時だった。


「ご主人様に危害を加えることは許しません!」


妹とそのお供から溢れ出る覇気にも負けず、武器を構えたメイドが俺の前に立った。

普段から空気の読めなさだけは天下一だと思ってはいたが、それがここにきて、この瞬間に発揮されようとは……。


「ご主人様~?」


妹から立ち昇るオーラにドス黒さが追加される。

そのオーラを受けて、背後の2体がパンプアップしていく姿が見て取れた。


「ぬぅぅぅん!」

「アンギャー!」


2体の気合の入った声とともに発せられた衝撃波が俺たちを襲う。


「くっ……やりますね!だがしかし!私たちの愛の前には……ふむぐっ!」


俺は慌ててメイドの口を塞ぐ。

こいつの登場のせいで、より状況が悪化した気がするのだ。とりあえず、これ以上、妙なことになる前に、こいつの口だけは塞いでおかなければならないと、俺の本能が警鐘を鳴らしたのだ。


「ご、ごひゅひんふぁま?」


まぁ、普段なら頼もしい限りなのだが、今回ばかりは相手が悪すぎる。

現に、…妹の体からとんでもない魔力……いや、何か得体の知れない力が止まることを知らない勢いで、天に向かって立ち上っている。


「お兄ちゃん?ご主人様って……。まさか、奴隷にしてるとかじゃないよね?」

「違います!私は自らご主人様に全てを捧げているのです!あぁ!ご主人様と契りを交わした、あの熱い夜 が思い出され……むぐぁ!」

「黙れバカ!」


俺が反応するよりもさらに早く反応したアホメイドが、俺の手を振りほどき、とんでもないことを口走った。その言葉を聞いて、俺は慌ててもう一度アホメイドの口を塞ぎ、おそるおそる妹に視線を向ける。


「お兄ちゃん……」


そこには、さきほどまで立ち上っていた黒いオーラがすっかりと消え、ただ薄い笑みを浮かべている妹の姿があった。


「死ぬ?」


俺の知っている妹からは絶対に発せられない言葉が発せられたかと思ったら、突如として、妹の右手に強大な力の塊が凝縮されていく。

その力の塊は、ある人気漫画の金色の髪を持つ伝説の戦士のエネルギー弾の必殺技のように、周囲の景色を歪め、大地に震えをもたらしながら次第に大きくなっていった。


「お、落ち着け!これには色々と理由があるんだよ!」


俺は咽も枯れんばかりに大声で叫んだ。


「そうなんだ~。私も色々あったんだよ~。でも、お兄ちゃんほど女の人と一緒ではなかったかな~?」


遠い目をしながら笑っている妹。

その表情を見た俺は、これはいよいよもって無理だと確信する。


「マスター!落ち着きなさい!」

「魔王よ!そんなものを放ったら、お主が苦労して築き上げてきたものが台無しじゃぞ!」


妹の知り合いであろう2人が話しかける。

随分と気品のある執事風の男と、その見た目の美しさに見合わない話し方をする金髪美少女だ。


「ん……?魔王?」


妹がこの世界で一体何を成したのかは知らないが、俺としては、妹が『魔王』と呼ばれたことが気にかかった。

しかし、気がかりの原因を突き止めようとしても、それどころではない現状が、俺を思考の海へ潜ることを許さなかった。

なぜなら、2人の説得中も、妹の右手に作られたエネルギー弾は今もその大きさを増していたからだ。

そして、いよいよエネルギー弾も完成しようかというその時、俺の目の前の空間が割れて、白銀の鎧を身に着けた女性が現れた。


「助けに来たぞ、我が最愛の夫よ!魔王よ!我が夫に手を出すことは許さんぞ!」


そのセリフを聞いて、妹の手に集まっていた力の塊が膨張を止めた。と同時に、大地の震えも止まった。


『おぉ!これは……こんなことで止まるのか!?』


俺は、こんなことで止まるのかと思いながら、期待の眼差しでその後の展開を待った。


「へぇーー。お兄ちゃんって、こっちの世界では結婚してたんだー。すっごい美人さんだねー。金髪だし、胸も大きいねー。」


その声色は聞くものすべてを恐怖のどん底に叩き落すのに十分なものだった。

それは、俺の仲間だけではなく、妹の知り合いにも効果を及ぼしているようで、全員が硬直状態を強いられていた。

しかも、今までただ威圧を放っていた後ろの2体が、突如として妹の右手に力を注ぎ始めた。

あれか?気を集中してんのか?


「さぁ!我が夫よ!いまこそ悪しき魔王を葬って、我が身に宿した新たな命と共に、この世界を生きていこうではないか!」


妹の右手に新たに注がれたとんでもない力に戦慄しながら、俺は白銀の女騎士の言った言葉に、より一層の衝撃を受けた。


『はぁ!今何て言った?新しい命!?マジか!』


そんなことを思った瞬間、妹から爆発しそうなほどのエネルギーが発せられた。


「……お兄ちゃんの……」


本当に一瞬だった。俺が妹から目をはなし、女騎士の方に目を向けた瞬間。

妹のソレは完成した。


「ちょっ!?待て……」


俺は慌てて妹に声をかけ……


「バカーーーーー!!」


怒声とともに、妹の手から世界を破壊するのに十分だと思われるエネルギー弾が放たれた。

放たれたエネルギー弾は、周囲に死をまき散らしながらとんでもない速度で近づいてくる。


「くっ!みんな!死にたくなかったら俺に魔力を集めろ!おい!お前らも妹の知り合いだろ!お前らの魔力も俺に集めろ!」


俺は妹の知り合いにも声をかけた。魔物だろうが何だろうが、もはや体裁を気にしている場合ではない。妹の攻撃を防がなければ、世界は間違いなく終わってしまう。

そう考えた俺は、大空洞最下層で手に入れた伝説の盾を構えた。


「聖なる盾よ!迫りくる魔を無効化せよ!」


一縷の望みに賭けて、俺は聖なる盾を起動する。それと同時に、俺は魔法を発動し、周囲にいる人間や魔物の魔力を一気に吸い上げる。


「うおりゃー!」


瞬く間に目の前に到達したエネルギー弾と、この辺りの全員分の魔力を上乗せした盾の障壁がぶつかり、

その衝撃で大地が大きく揺れた。

衝撃の中心にいる俺は、盾ごと吹き飛ばされそうになりながらも、なんとか踏ん張り続ける。


しかし、終わりの瞬間はいともあっけなく訪れた。


『あ……これは……』


無理だと確信した瞬間だった。

そして、俺は走馬燈を見た。


『そうだった……この冒険の始まりは……』


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