第十話 テンプレに縋る
短いのは……それもまた一興、という事で。
ちなみに番外編は、これよりも少し時間が流れています。
停止世界が作られる事件から二週間が経った。そして、もう学校にも変態にも慣れ始め、校内は一ヶ月後の体育祭で賑わっている。また、この雰囲気に感化された者は俺の周囲にも少なからず居る。
『バァン!』
俺が日直の仕事で黒板を消している時、マユズミが唐突に教卓を叩いた。まぁ、今に始まった事じゃないので誰も気にしていないが。
「秀春よ、部活を創立しようではないか!!」
「……は?」
黒板消しを片手に、振り向きながら返事をする。
二週間前の事件からは、一切異世界系の事件が起こっていない。緋依は服の心配をしなくて済むと言う理由から嬉しがっていたし、俺としても負担が少なくなるため良かった。だがその半面、そこに居るマユズミだけは違ったらしく、日常に刺激を求めている中二病には悲しい事実なのだろう。
現に先日、今まで戦って来た相手の事や、俺の家族の事をマユズミに話したら、「何で早く言ってくれなかったんだ……」と反論しつつも、これ以上無い程目を輝かして聞き入っていた。その為、皆が経験しているという事件が、自身に降り掛らないという不測の事態にいじけているのだ。
それなのに、何故『部活』なんて言い出した?
「もしも! またそんな事件が起こった時に、我々のような精鋭が集まっていなくては意味が無いだろ!?」
「はぁ……あと、声を抑えろ……」
公にしていない話を、あまりにも大声で叫んでいた為多少心配してしまったが、俺の注意をマユズミはちゃんと察せたらしく、周囲を慌ただしく確認しながら俺の近くに寄って来た。まぁ、これもまた通常運転のせいで誰も聞いていない様子だが。
「いいか? 今やこの世界は、異世界からの敵に脅かされている状態なのだぞ?」
「……うん……」
小声で話し掛けて来るマユズミに対して、俺は変わらないトーンで相槌をうつが、どうやらマユズミにはその事に頭が回っていないらしく、ツッコミを入れない。いや、俺のボケが繊細過ぎると言う事なのか?
「そこで、だ。世界を守る為、柴崎や緋依、秀春に私も含めた特殊部隊が、何時でも出動出来る態勢を整えておくべきだと思うのだ。しかし、政府直属の部隊とかでもないだろ? だから、まずは部活と言う一つの個人グループとして待機しておき、そこから世界進出をするのだ!」
んー、纏めると……「部活が作りたいよー、寂しいよー」という事か。まぁコイツなりに考えたことなのはよく分かったが、粗が有りすぎるな。
声を抑え、マジレスを行う。
「一つ、その部活はどうやって作る?」
「なっ!?」
「世界を救う為に設立したいとはっきり言うのか? それは無理が有る」
「そ、それは……」
やるならば、外出しても自然な部活にしないといけない。
「二つ、何故世界が狙われていると言える? それに、世界とか言っても、そんなに構ってられるのか?」
「た、確かに……」
もしかしたら、この街に問題があるのかもしれない。だが、そうなれば部活という、ごく小規模な団体は有利に事を扱える。
「三つ、俺が入る必要は無い」
「そんな事無い! 秀春は大事なキーパーソンだ!!」
この高校では、五人からなら同好会が作れる。その時の人数合わせとしてならば、多少は使えるがな。
「四つ、危ないからダメだ」
「そんなの……重々承知の上だ!」
ダメなんだ、二度目はきっと無いんだよ。
「お前はあの時、殺されてただろ!!」
俺はうっかり声量を間違えて、注目を浴びてしまった。
「あっ、いや、その。と、とにかく! 部活なんて、禁止だ……」
「そ、んな……」
その場で顔を暗くするマユズミ。こうして俺は嘘を吐いてしまった。
「どうしたの……?」
何かを感じ取ったように、緋依が声を掛けて来る。彼方も少し興味が湧いたのか、顔を上げ始めた。まるで俺が泣かせてるみたいじゃないか……。別に高校生だし、そんな子供じゃないんだぞ? 何を皆して俺を見る? 俺がそんなに悪いか? いいや、俺は悪くない筈だ。
「まぁ、そんな気にする程の事でも——」
「秀春の分からずや……」
マユズミの声でそう聞こえ、俺が振り向いた時には既に、マユズミはそこに居なかった。何でそうなるんだよ……いつもいつもそうやって……どこに行った?
「あぁ〜あ、秀春様ったらぁ、やってしまいま——しぇぶふぅ!?」
何か蚊が飛んでいたのでひれ伏させておいた……。
俺の足は自然と動き、いつのまにかマユズミを探している。本当に面倒臭い、いちいち消えやがって。
口に出しながら文句を言っていると、俺の頭の中で『屋上』の風景が浮かび上がって来た。最早摂理のように、あの中二病は屋上に行っている事だろう。そうであって欲しいと願いながら、屋上のドアを開けて、その先や辺りを見回す。
「……やっと来たか……」
後方……いや、それより少し上の方向からマユズミの声が聞こえる。直にバッと振り向くと……。
「ふっふっふ、贖罪に来たか? とうっ!!」
マユズミは、先程俺が出て来たドアの上に居て、そこでポーズを決めながら語る。確かに、梯子が付いていて簡単に登れるようだ。そして、無駄な掛け声と共に、こちらへ向かって飛び降りた。
「と、と、とうっ!! やぁ……」
あいつ運動不足だから中々飛べないんじゃね? と、思っていたら……。
「きゃあ——!!」
その屋根ギリギリまで迫っていた為、マユズミは完全に足を滑らしたのだった。しかし、その先には俺が居る。
え? 受け止めないのかって? 無理無理、俺にそんな瞬発力は無いんだよ。だからこそ俺に出来た事は、下敷きになるしか無かった。
「ぐわぁっ!」
「——大丈夫か!?」
大丈夫なわけないだろ……体育祭に影響出るかもしれないじゃないか……。
「お、重いから! 早くどけって!!」
「そ、それは酷くないか!?」
そういえば、いつの日かの体育祭前もこんなだったな。ならば簡単にいける、と思うし、今回はあの時程重い雰囲気じゃ無いから問題ない。
俺はマユズミと日のよく当たる場所に移動して、話を続けた。
「ひ、秀春は部活を作りたくないのか?」
「まぁ、そんな活動は外でも出来るし、わざわざ学校内に持ち込んでいいものじゃない」
「……うぅ」
「あとは、さっきまでの理由だ」
「そ、そうなのか……?」
そして、言葉にはしないが、もしここで部活を作ろうとした時点でテンプレに突入する羽目となってしまう。ここまでで、テンプレとも言わんばかりの行動をしてきたマユズミとなると余計難だが……。
だけど、やりたくない訳でもない。勿論、俺だって一人は寂しいし、部活と言う場で今いる友人達と楽しく仲を深めるのも良いだろう。だがしかし、それならいつだって出来る。いや寧ろ半分幼馴染み、半分異世界関係者で、もうこれ以上仲を深められるのか?
更に言えば、これもまたテンプレ的発想と言われるようだが、俺は一人が嫌いな訳でもない。
「まぁ、つまり何だ? そんな生き急ぐなって」
俺は今の日常が好きだ。これ以上変える必要も無ければ、深く考え込まなくても良い。もし異世界の敵が現れたのなら、その時はその時、誰かに助けを求める。それで良いだろ。
「ひ、秀春はそれで良いのか!? 後で泣いて縋っても知らないからな!」
まぁ、これで俺の意思に曲がり様がない事も証明し……って、何かかっこつけて来たが、結局願いを聞き入れなかった最低みたいじゃん。しかもそれは、俺の意思だろ? これが……妥協……だな。
「あぁ、別に良いって」
その後はいつものテンションで帰り、いつも通り日常を過ごした……かった。
俺は日直の仕事がある為、その邪魔をさせないようにマユズミには帰ってもらった。その後緋依は部活へ、彼方は満面の笑みを浮かべながら帰宅し、教室には俺一人となったときだ。いきなり地震が——。
「なぁあぁんですかぁ!? この気配は!?」
耳元でクロノスの声が響き、聴覚を失いそうになったが取り敢えず位置を掴んだのでその頭まで掴み、今回は飽く迄俺を守らせるためである。
「それよりも何だ! この地震は!?」
「いいえ! これは地震ではなく、力による脳震盪的なものです!!」
「そ、それって全ての人間がなるのか?」
「恐らくエネルギー源は……図書室です! そこから半径百メートルにおいてこの力が漂っています」
この学校は一年、二年が北側の校舎、三年と特別教室が南側の校舎となっているが、図書室だけがスペースの都合上、この北校舎に置かれている。そして、その図書室こそ、この校舎の三階であり丁度この上でもある筈だ。
「つまり、今丁度真上で異変が起こっている、という事か……」
「はい……」
「ちなみに、その百メートル圏内に居る人数は分かるか?」
「それですが、今はいません。しかし、職員会議も先程終わったようです」
クロノスは透明のまま話し続け、俺の質問に一つ一つ答えてくれる。こう見たら従順な只の下部なのにな。
とにかく、職員会議が終わったなら時間もほぼないと言えるだろう。掛けられる時間は……。
「三分で片付けよう……」
「はい! 秀春様!!」
不思議な揺れに耐えながらも、俺達は二階へと駆け上った。そこでは普段物置に使われている教室や、多目的室などがある中、一際漂うものが違う場所がすぐ分かる。案の定図書室だ。
俺はクロノスに小声で話し掛け、様子を見て来るように頼む。クロノスの停止世界は、復活したからと言っても完全に使える訳ではなく、例のスーツも無ければ止めていられる時間など十分だけだそうだ。ちなみに、一回でもその十分を使い切ったら、その時点で回復まで六時間待たなくてはいけないらしく、さらにその十分をしっかりと使い切らなくては、次の新しい十分が来ないという。
例えば一日でまず五分止め、次の日にそれを忘れて十分使おうとしたら、五分で力は切れ、六時間も待たなくてはいけなくなるという。クロノス自身も、無駄な時間停止は禁物と俺の前で復唱していた。いや、何で俺の前で!? という質問は受け付けていなかったようです。
まぁ、俺がその場で数秒待っていると、直に気配を感じた。本当はクロノスなら良かったんだが、本当に運の尽きというものか……。
『ギェ、グギャ! グギュギュ……ギャッ!!』
振り向いた先には、そんな音を発しながら蠢く、黒くて大きくて何かが触手のように伸びている流動体の塊が居て、はっきり分かるようにこちらへ近づいて来ているのが分かる。
さ、さ、さ、SAN値が……!!
正直、スライムと言えば良いのだろうか……いや、漂って来るオーラがラスボス過ぎるんですけど!?
「く、クロノス!?」
「秀春様ぁ! コイツやばいです!! スライムって物理的には倒せないんですよ!!」
そのスライムの後ろから、黒くて太くて固い……いや触手だよ? に掴まれ出て来たクロノスが見える。つまりあの神は、時間を止めようとも物理しか攻撃手段を持っていなかった為、完全に敗北したという事か。
物理……きっと正確には、斬撃や打撃が意味を為さないという事か? ならば、今対処出来る人間は、緋依だけだな。
「部活、作れば良かったわ……」
他力本願の大事さを思い知った、俺だった。
やはり、物事とは曖昧になってしまうものですね。
特に秀春のような人だと。