四苦八苦(Sick Hack)
今日学校へ来たら、僕の机がなかった。
窓側から二列目、後ろから二番目に位置していた、僕の席。
それが影も形も消えていた。
何なら、誰も僕の存在に気づいてすらいないようであった。
机はどこと尋ねても、椅子はないのと問いただしても、返事一つない。
机と一緒に、僕もどこかへやられたのだろうか。
そう考えかけて、少しハッとする。
そう言えば、昨日まではどうなんだっけ。
昨日。昨日は確かにあったはず。
記憶が曖昧だ。なんでだ。
昨日という日が、なんだかぼんやりしている。
そう。机の有無すらもはや関係ないほどの、事件があったような。
思案する。
思考する。
思い――出す。
そうだ。
僕は昨日死んだんだった。
正確には自殺したんだ。
学校の体育倉庫で、首を吊った記憶がある。
というかそこからの記憶がない。
そうか、だから机もないし、存在もないように扱われているのか。
なぜなら本当に存在がないから。
それにしても、幽霊はいたんだなと、自分がそれになって初めて知った。しかし他の幽霊は見えないし、何より、こんなにも普段と変わらないのか。
物にも触れるし、感覚もある。
不思議な気持ちではあるがしかし、そうか。僕は死んだのか。
自分で望んでやったことなのだから、悲しいなんて思うことは許されないけれど、実際それを自覚してしまうと――自覚できてしまうと、思うところがないでもない。
とはいえ死後は死後。
幽霊は幽霊。
これまでできなかったことをやろう。
まさかこんな形で第二の人生を送ることになるとは思ってもみなかったけれど、こうして現世にとどまっているというのは、何か未練があるからなのだろうか。
それがわからない。
でも、それならやりたいことをやろう。
例えば、例えばそう、空だって飛べるはず。
幽霊なんだから。
あれほど憧れていた、羨ましがっていた雲に、ようやくなれる。
なんなら生まれ変わったら雲が良いななんて思っていたほどだ。
生まれ変わらなくともなれるのであれば、是非もない。
そうして窓の縁に手をかける。
五階の教室から見える空は、少しだけ近く感じた。
やがて襲ってくる浮遊感と共に、僕は地面に叩きつけられた。
一人の男子生徒が窓から落ちるのを確認して、クラスメイトたちはようやく彼に興味を示す。
眼下で真っ赤な血肉をぶちまけた彼を認めて、一人がクスッと笑った。
やがてそれは伝染し、教室内に笑顔が咲く。
「昨日は自殺未遂で助かったのに、ちょっと工夫したら本当に自分が幽霊だと思い込むなんて、思い通り過ぎて逆につまらないかも」
「見つけたのお前だっけ。でも酷いよな、生きてんの確認したら、校庭の隅っこに転がしとくなんて」
「おいおい、あいつらだって賛成してたろ」
「にしても良かったわ。あのまま勘違いしてたら、身体をいじくりまわされることだってあり得たんだから。年頃の男子って怖いのよ」
「まあまあ、面倒なのがいなくなってよかったよな。最後の最後に笑わせてくれたし」
「この前まで楽しく遊んであげてたのに、不意に学校こなくなっちゃうんだもんね、あー面白かった」
「で、あれどうすんの?」
「さあ、どうせ叩かれるのは先生と学校だし」
「俺らには関係ない、か」
「ははははは」
笑顔が生まれる四角い箱。
汗と涙で濡れる箱。
その時の彼らに伝染していたのが取り返しのつかない病であると、まだ本人たちは気付いていない。