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運命の赤い愛 ~あかいいと~

 運命の赤い糸。

 男女の仲を取り持つ、恋の巡り合わせ。

 それを信じる人もいれば、信じない人も当然いる。

 このクラスでもたまに、運命とか、奇跡とか、そういった話が飛び交っていて、色恋沙汰になると大抵赤い糸の話が持ち出されている。

 果たしてそんな中で私はと言うと、どうしようもないことに信じざるを得ない状況にあった。

 ただしかし、私がロマンチストでも、夢見がちな乙女でもないことはここで言っておかなければならない。強いて言うのであれば、見ているのは紛れもない現実。

 真っ赤な嘘でもない、真っ赤な現実。

 そう、私には見えているのだ。

 クラスの人間のみならず、街ですれ違う人、更にはテレビの向こう側にいる人、そんな彼らの小指から伸びる、真っ赤な糸が。


 それは物心がついたときから見えていた。まだ運命の赤い糸という存在を知識として吸収する前からこの目には映っていたのだ。小さいころなんかはよくそれを目で追っていたことを覚えている。心が成熟する前なので、ただただ好奇心のみでそれに目を奪われていたんだ。

 小学校の低学年くらいだっただろうか、ある日どうしても気になって、とうとう母親にその赤い糸のことを尋ねたところ、にっこりとした笑顔をした後に運命の赤い糸のことを教えてくれた。今になって思えば、その母親の対応はきっと、何かよくわからないことを言っている娘を嗜めるようなものだったのだろう。本当にそんなものが見えているとはちっとも思っていなかったに違いない。

 だがここで、そうなんだ! と私が納得をすることはなかった。そんな母親の説明を聞いて私はどうにも不思議に思うことがあったのだ。

 なぜなら、母親の説明していた赤い糸のお話は、運命の相手に巡り合うためのもの。しかしその母親の小指から伸びていたそれは、私の父親の元へとたどり着いていなかったのだから。

 だから。

 だから私は言った。

「じゃあお母さんの運命の人は、お父さんじゃないんだね」

 と。

 それはまだ気遣いとか、空気を読むだの、そういったことを覚える前の私だったので、こんなことを口走ってしまっても仕方のないことだったろう。

 でも、そのせいでこんな今があるのかと思うと、やっぱり過去の自分を叱りたい。

 当時のその言葉は父の耳には入っていなかったけれど、もっと別のセリフが届いていた。

 それは私が母に糸のことを聞いた数日後のこと。我が家に一人のお客さんが来た。ピシッとしたスーツに身を包み、髪も眉も整っていて、いかにも仕事が出来そうな、そんなおじさん。歳は両親とさほど変わらなように見えた。

 聞くところによると、そのおじさんは母親の学生時代の同級生らしく、今でもたまに交流があるそうなのだ。

 その人を見た途端、私は言ってしまった。

 玄関でおじさんを出迎える両親の目の前で、三人に囲まれた中で、

「あっ、この人がお母さんの運命の人なんだね」

 だって、二人の小指から、真っ赤な、情熱がほとばしるような真っ赤な一本の糸が伸びていたから。その瞬間の空気は、えも言われぬものだった。当時の私は全く気が付いていなかったが。

 むしろ一つの謎を解いて、得意げになっていた。

 この一言がきっかけかどうかはわからない。しかしこれを機に両親がどこかギクシャクしだしたのもまた事実である。もしかしたら父も薄々気がついてはいたのかもしれない。そして私があんなことを言わなくとも、結果は変わらなかったかもしれない。


 二年後に、両親は離婚した。

 

 おじさんが家に来ていた頃から、母とは交流どころではなく、交際をしていたらしい。母は、浮気を、していた。夫婦間がギクシャクし始めてから、その浮気はより親密になり、もはやどちらが本気なのかは区別がつかなくなっていったのだ。

 父と母の会話は瞬く間に減っていき、離婚をした時には挨拶すらもしないほどになっていった。

 運命の相手だから浮気をしたのか、それとも父に不満があったのか、それはわからない。しかし母はその浮気相手と再婚をし、私は父に引き取られることとなった。

 その当時私は小学校の最終学年、ほんの少し周りに気を遣うことを覚えた。何より、自分の一言のせいで両親が離別してしまったのかと思うと、軽々に糸のことは話せなくなってしまった。

 勿論友達という存在はいたし、その友達から伸びる赤い糸も見えていた。でも一言も言えなかった。

 そして私が言わなくなったからといって、問題がなくなるわけではない。私が中学校に入学したころ、父の言動が荒くなってきた。それは考えるまでもなく、離婚が原因である。

 浮気をされた挙句、離婚までしてしまった父は、会社でも浮いた存在になり、そのストレスを溜め込んでいった。生活環境が変わり、日々の家事も自分でやらねばならない、娘の面倒も見なければならない、同僚の視線にも耐えなければならない。

 そんな中で、父が己のストレスを解消するために選んだのは、全ての原因である私を殴ることだった。父も感じていたのだ、私のあの一言が引き金だったのだと。

 殴る、蹴るを繰り返し、私の顔以外が痣だらけになるまで、そう時間はかからなかった。

 児童虐待。

 このことを世間に言えば私は解放されただろうが、当時は、殴られるだけのことをしたんだと、自分でも思っていた。だから全てを受け入れた。朝も夜も、家にいるときは意味もなく殴られた。父が起きている間は、全ての時間が、私に対する罰の時間だと思っていた。

 しかし、その事件が明るみに出るきっかけは、思っていたよりもあっさりとしていた。

 それは――――プール。

 中学校に入って初めての夏、当然私の通う学校にもプールの授業はあり、そこで事は発覚したのだった。最初の方は体調不良だのと理由をつけて休んでいたのだけれど、それが何回も続いたことで、教師も怪しいと感じたのだろう。ある日呼び出しを受けた。

 職員室で黙り込んでいた私であったが、とうとうその空気には耐えきれず、保健室に在中している女の先生に自らの身体を見せ、その後すぐさま警察に連絡がいった。

 そこからの動きは早く、警察は父を逮捕、私はあれよあれよという間にその父の母、私から見れば父方の祖母の家に住まうことになったのだ。

 ただしこれで事件は解決、とも言えない。暴力を受けていたという事実を知ってしまった同級生たちからは、一定の距離を置かれ、露骨に疎外をされていたわけではないけれど、結局卒業まで敬語が外れることはなかった。

 それもあってか、私は赤い糸のことを話す友達どころか、まともな会話をする人さえ作れなかったのである。


 そうして今、私は地元を離れ、援助を受けながら一人暮らしの高校生活をしている。


 かれこれもう一年と半分が過ぎた。

 現在私は高校二年生。華のJKというやつであろうか。恋に部活に勉強に、青春と呼ばれるその真っただ中にいる、と思う。ただその中で私が出来ていることといえば、かろうじて勉強くらいだろうか。部活は帰宅部、恋は……言うまでもなく。

 そもそも自分の運命の相手が誰か分かってしまうのだ。それなのに、そうじゃない相手など選べるものか。私が初対面の人と会うときまず見るのが、その小指。自分と繋がっているかどうか。

 しかし未だかつてその相手に巡り合ったことはなかった。思えば私の母のように運命の相手がすぐ近くにいると言うのが珍しかったのだ。私の見る限りでも、ほとんどの人の糸があらぬ方向へと飛んでいる。

 この校内でペアになる人なんて、いるのかな。

 一度だけ、自分の糸が向かう先に行ってみたことがある。しかし結果は芳しくなかった。高校生の財力で行けるところなど限られており、すぐさま計画を断念、私の運命の相手は未だ知らぬ存在だった。

 それもそろそろ諦めようかななんて思う。これは一度どころではなく、もう何度も考えたこと。

 運命を、諦める。

 だって友達で彼氏彼女をもっている人を見ると、みんな幸せそうなんだもん。そりゃ勿論愚痴を聞くこともある、喧嘩しているのも見たことがある。でも最後にはニコニコしていた。

 幸せそうだった。

 だから自分も、と考えた。

 でもその度に、両親のことが頭をよぎる。

 両親は、運命の相手じゃなかったから、あんなことになってしまったのではないか、と。

 勿論私が余計なことを言ってしまったっていうのもあるけれど、そもそもそれも、赤い糸で結ばれていなかったから……。じゃあ、結婚している全ての夫婦が、運命の相手同士なのかと言われれば、きっとそんなことはないだろう。

 でも、私は間近で見ちゃったから。私が壊しちゃったから。

 だからそんな私は臆病になった。

 運命に逆らうことに、臆病になった。

 運命を言い張ることに、恐怖を抱いた。

 だから、この歳になってもまともな恋愛経験がない。それどころか、誰かを好きになるという感情さえ、知らないでいた。

 学校で誰々が別れたよ、なんてことを聞くと、やっぱか、って思う。誰々が付き合ったよ、と聞くと、どうせ別れるのにな、って思う。

 自分の部屋でテレビを見ていて、芸能人の離婚報道が流れると、うんざりしてチャンネルを変える。昨日もそうだったかな。変えた先では、女子校生が殺害されたなんてニュースをやっていて、自分も同年代のくせにこっちを見ている方がマシとか思っていた。

 そんな自分が嫌いで、でも変われないでいた。

 いた。



 私は少女漫画をよく読む。

 唐突に話が変わったのは、ごめん。

 私は好きの感情がわからないから、それを知ろうと、なけなしのお金で少女漫画を買っていた。私と同じくらいの年齢の子が、本の中で赤くなったり、困っていたり、怒っていたりするのを、必死になって読んで、同じ気持ちになろうと頑張った。だけどどうにもならない。

 どうにもならないけど、憧れたのはホント。こんなふうに恋をしいることに対しての憧れは勿論だけど、運命の相手と巡り合っていることにも、憧れた。

 私も、って思った。

 そんなある日、運命が、変わった。

 運命が変わり、私も変わった。

 いつものように帰宅部らしく帰宅をしていると、突然雨が降り出してきた。天気予報は外れて。当然傘を持たない私は、近くの神社の境内で雨宿りをしたんだ。神社といっても、そんなに大きいものではなくて、鳥居の前には階段もない、こじんまりしたものだったんだけど。おかげで道行く人がよく見えた。走り去る高校生、むしろはしゃぐ小学生、折り畳み傘をさしているおばあさん。

 そんな中、一人の男の人がこちらに気づいて、神社へと入ってきた。ビニール傘を持ちながら来るその人は、見た目年上そうで、更に私服だったので、大学生かな、なんて思った。

「雨宿り、ですか?」

 声は男の人にしては少し高く、雨の中でもよく聞こえ、まるで透き通るよう。

「は、はい」

「そうですか、では、よかったらこれを」

 そう言って私の隣に自分がさしていた傘を置く。私は咄嗟に返そうと思ったけど、すぐにその人は走り去ってしまっていた。

「あっ、小指」

 彼が完全に見えなくなってから私は、彼の小指を見忘れていたことに気づいた。にこやかな笑顔と、綺麗な声、流れるような気遣いに呆けてしまい、つい見逃した。

 見逃してしまえば、今度は彼が運命の人だったのではないかと思っちゃう。そんなわけはないと思っても、そうであって欲しいとまで考えていた。

「そうだ、追いかけよう」

 今ならまだ間に合う。それに何より、私の小指から伸びていている糸が、彼の走り去った方角へ向かっていることに、胸が高鳴る。

 胸が、高鳴る?

 こんなこと、初めてだった。

 少女漫画で見たことのあるような出来事に、いてもたってもいられなくなって走り出した私。

 もしかしたら、恋と運命、両方を手に入れられるかもしれない、なんて。

 傘を片手に走る。

 糸を辿って、走る。

 これが本当に彼の元へ向かってるのかはわかんないけど、でも、それしか出来ない。すると車通りの多い道に出た。交差点で、人の数も多い。

 降りしきる雨で視界は悪いけど、糸だけはくっきりと見える。

 手元の赤い糸。

 強い雨。

 交差点。

 信号機。

 滑る路面。

 悪い視界。

 逸る足。

 ブレーキ音。

 誰かの悲鳴。

 倒れる身体。

 止まる時間。

「大丈夫、ですか?」

 

 透き通る声。



 私は助けられていた。

 しかも、私が探していた人に。

 運命だと、思った。これが運命でなく何なんだろうと。

 たとえ、たとえ私の赤い糸が、彼のものと結ばれていなくたって。



 それがあってから、私はその人と仲良くなっていった。

 聞けば彼は大学生で、彼女もいないみたい。定期的に連絡をとり合って、休日にはたまに遊びにも行った。

 勿論最初の頃は、葛藤があった。助けられてすぐは運命だと信じたけど、数日が経ち、冷静に考えてみると、やっぱり止めようかなって。私が怖がっている部分もある。だけど、それだけじゃなくて、私がもしも、本当にもしも彼と一緒になった時、この人と、この人の運命の相手はどうなるんだろうって思った。

 おこがましいことこの上ないけど、私が奪ってしまっていいんだろうかって。

 悩んで、悩んで。

 迷って、迷った。

 でも、事故から数日が経って、いつものように帰り道を歩いていると、例の神社にあの人がいたんだ。

 私を、待っていた。

 まるで、答えを導いてくれるかのように。


 今はまだ臆病なところもあるかもしれない。完全に不安を消せたわけじゃないけど、でも、私は私の感じた運命を信じてみようと、そう思ったんだ。

 今日もこれから彼と会う約束をしている。あの人の優しさに触れ、温かみを感じ、心がほぐされていく未来を想像して、また胸が高鳴った。

「こんにちは」

「こんにちは」

 私は、今、幸せだよ。

 これが恋、なんだね。







「本日、~県のアパートの一室で、女子高校生の遺体が発見されました。遺体の状況から見て、警察では、同一犯による連続殺人の可能性を視野に入れて捜査を続けております。なお、犯行が行われたと考えられる時間帯には、アパート付近を、被害者と、犯人と思われる二十代前半の男が並んで歩いているのが目撃されており――――――――」


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