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 ミルクリアはこれまでよりも集中して絵を描き進めていった。前回のフレウェルの訪問でだいたいの色の当てはついている。あとは完成させるだけだ。


 丁寧に慎重に進めているにも関わらずものすごいスピードで絵は完成に近づいていた。描き始めてからたった十日過ぎで絵はだいたいの形を現していた。あとは細かな調整や仕上げ。色を上塗りして絵の奥行きや光の加減を調整していく段階だ。


 そのスピードと引き換えにミルクリアは少しやつれていた。疲れているはずなのにベットに入っても目が冴えてしまい上手く睡眠が取れない。


 前回の訪問から一週間経った日、フレウェルはミルクリアの家を訪れるとその変化にすぐに気がついた。


「大丈夫か?」


 何よりも先にそう口にした。ミルクリアは何のことを言っているのかわからないようで、不思議そうに首を傾げた。その顔は青白く、目の下には隈ができている。


「ちゃんと食べているのか?」


「え、あ、はい」


 ミルクリアはバツの悪そうな顔をして曖昧に頷いた。フレウェルはすぐに外に控えるギルガムに食事を用意するように声をかけた。


「申し訳ありません。ギルガム様は騎士様ですのに……」


「構わない」


 フレウェルは心配と慈しみが入り交じる表情でミルクリアを見下ろした。


 食事が到着するまでミルクリアは絵を描き進めた。たった一週間ぶりなのに久しぶりに感じるフレウェルを前に改めて色味の調整を行う。どんなに顔色が悪くてもミルクリアの筆を握る手はしっかりとしていた。


 フレウェルはまた前回同様着ていた鎧を脱いで身軽な格好になった。


 すぐに食事がやってきて、ミルクリアは作業を中断した。もってきてくれたギルガムに、


「もしよろしければギルガム様も一緒に……」


 と、声をかけたミルクリアだったが、


「いえ、邪魔をしてはフレウェル様に悪いですから」


 と、意味深な返しで断られてしまった。フレウェルに軽く睨まれたギルガムは、へへへ、と楽しそうに笑ってからすぐに家から出て行った。ミルクリアは、


「よろしかったのでしょうか……」


 と、申し訳無さそうにした。


「良い。それよりも早く食べよう」


 フレウェルは少し冷たく言って、そう促した。


「いただきます」


 ギルガムが買ってきてくれたのは近くの商店で売る野菜たっぷりのスープとパン、ローストしたお肉だった。こんなしっかりした食事を取るのは久しぶりのことで、ミルクリアはスープを口にすると思わず溜息をもらした。


 フレウェルもミルクリアの前に座り、食事を共にした。王子が民間の商店で買ったものを食べている。その様子をミルクリアは現実のものかと確かめるかのようにチラチラと見た。フレウェルは姿勢もよくとても綺麗に食事を口にしていた。そこからも育ちの良さが伺える。


「進捗はどうだ?」


「もうだいたい出来上がっておりますが、見れば見るほど手を加えたくなってしまって際限がございません」


「ミルクリアの納得するまで描けばよい」


「ありがとうございます」


「ただ、食事と睡眠はちゃんと取れ」


「は、はい」


 ミルクリアは叱られた子供のように少し恥ずかしそうな顔をした。フレウェルは少し前までの冷たい雰囲気が溶けて、穏やかな笑顔を見せた。


 食事を終えるとミルクリアは休むことなくすぐに筆を握った。そんなミルクリアをフレウェルは少し呆れたように、そして少し愛おしそうに見つめたが何も言わなかった。


 しばらく黙ってミルクリアの目の前に座っていたフレウェルだったが、


「俺には兄がいるんだが」


 と、突然ポツリと話し出した。ミルクリアは顔を上げたが、フレウェルと目が合うと目線で制されて、何も言わずにキャンバスに視線を戻した。


「兄は俺が物心ついた時にはもう俺のことを良く思っていなかった。幼いながら王になることを望み、その障害となる俺のことを疎んでいたからだ」


 フレウェルは無表情で淡々と語ったが、黒い瞳は悲しく濁っていた。


「俺は権力には興味を持てなかったし、兄にこれ以上嫌われたくなくて、いつも一歩引いて目立たないようにしていた。しかし、それを許してくれなかったのが父だ。父は兄弟協力して国を治めていくことを望んだ。武に長けた兄、兄より頭が良かった俺。それぞれ得意を伸ばすように厳しく教育された」


 ミルクリアは何度も色を調整しながらキャンバスに乗せている。そうしながらもフレウェルの言葉に耳を傾けていた。


「勉強の面でどんどん追い越していく俺を兄はさらに忌み嫌った。俺はどうにかごまかして手を抜こうとしたが、父はそれを察しては俺を厳しく叱責した。そうして俺も成人の年。政治の表舞台に立つ年がやってきた」


 フレウェルは腕を組んだ。


「その頃には兄は既に積極的に国政に参加していて、国民からの人気も高かった。対して俺は兄の流したあられのない噂のせいで国民から恐れられ、敵ばかりだった。父は俺を国政の前面に出そうと画策したが、国の内部も俺をよく思わない人間で溢れていてそれは上手くいかなかった」


 とうとうミルクリアは手を止めて、目を伏せるフレウェルを酷く悲しそうな顔で見つめた。


「俺は政治の舞台から去ることを望み、議会もそれを後押しした。いくら父でもそれを止めることはできなかった」


 フレウェルは目を開けてミルクリアを見たが、手が止まっていることを咎めることはなく話し続けた。


「俺は国から離れて自由になることを望んだ。兄ならそれを許してくれるだろうと思っていた。しかし、それは見当違いだった。兄は俺を城に留め、利用するだけ利用しようと決めたようだった。国民に不利益になる政策にはすべて俺の名前を使う。失策をすれば俺に押し付ける。それが今の俺だ」


 ミルクリアは目に涙を溜め、両手を胸に当てた。


「ミルクリア……」


 フレウェルは立ち上がってミルクリアの側に寄った。両眉は下がり悲しそうな顔をしているのに、口元が少し緩んだ。


「お前は俺のためにそんな顔をしてくれるのだな」


「フレウェル…様……」


 フレウェルは優しくミルクリアの頭に触れ、ミルクリアの瞳から涙が零れ落ちるとそっと自分の方に頭を寄せてお腹の辺りで抱いた。


「俺は今、幸せだ。そんな風な顔をしてくれる人がいるとわかっただけで、もう少し踏ん張れそうだ」


 その日、ミルクリアはフレウェルに抱く感情を『恋心』と呼ぶことに気がついた。孤児のミルクリアと国の王子であるフレウェルに未来があるはずがない。そうわかっていてもその気持ちをかき消すことはできそうになかった。

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