a.カフェ"サンセット"
「はぁ? 隣町で暴れてるやつがいる?」
「そうそう。で、今回のお仕事はそいつをのしてきてほしいってことなんだ」
日本時刻現在17時。
私のバイト先であるカフェ"サンセット"ではいつも閑古鳥が鳴いている。
四人がけのテーブルが二つ、カウンターに四席。従業員はどう見ても小学校高学年か中学一年生くらいにしか見えないマスターと、双子の女性従業員に加えて私だけ。
そんな、何の事情も知らない人が聞けばいつ潰れてもおかしくないと思うようなバイト先に出勤して、カウンターの向こうに立つのマスターの開口一番がこれだった。
閑古鳥が鳴いているというのにほとんど毎日出勤させられる理由は大体がこういった依頼が入っているときのためだ。
「めんどくさいなあ。ただ暴れてるだけだって言うなら放っていけばいいのに。その言い方じゃあまーたお客さんから安請負けしちゃったんでしょ?」
このカフェに来る客の多くはこういった厄介ごとをマスターに持ってくる。
そしてマスターはそれを私に丸投げする。ここの仕事の大半は接客だとか調理だとかそんなものじゃなくほとんどがこういう厄介事の押し付け。
「そうなんですよ! マスターったらまた星羅ちゃんにお仕事押し付けるために依頼を受けちゃってー!」
「ごめんね星羅ちゃん。マスターは悪気しかないけれどあなたのことは気に入ってるみたいだから…」
話を聞いてカウンターからこのカフェの従業員である双子の女性が姿を見せる。
二人とも整った顔立ちも青色の瞳も、桃色の髪もそっくりだけど調理担当のエルさんはショートカット、飲み物担当のアルさんはロングヘアー。
「別にいいですよ。マスターに悪気しかないのはわかってますけど給料は仕事に応じて出ますし、アルさんとエルさんが出してくれる飲み物や賄いはおいしいですし」
言いながら、私はマスター正面のカウンター席に腰かける。すると飲み物を担当しているアルさんが紅茶を出してくれた。
「ははは。それじゃあ受けてくれるんだよね。いやあ助かるなあ」
「マスター、あんまり星羅ちゃんを苛めちゃだめですよ? せっかく入ってくれたバイトさんなのにやめちゃったらどうするんですか」
にこにこと笑いながら仕事を押し付けるマスターと、きれいに染まった桃色の長い髪を揺らしながらそれをたしなめるアルさん。
エルさんはきっと何か食べ物の用意をしているんだろう。私はそれを眺めながら紅茶を啜る。
ここの紅茶はとても香りがよく、おいしい。マスターが相当茶葉にこだわって仕入れをしているからだそうだ。
「入ったっていうか、スカウトというか、脅迫というか。おかげさまで生活は何とかなってるしやめはしないけど」
家出同然で私立の高校に通い一人暮らしをしている私はいつもお金がない。
両親は私がまだ小さい時に亡くなっているし、兄と姉がいるものの兄は行方不明で姉は孤児院を切り盛りしている。
高校の授業料と家賃。それに加えて生活費もまかなうとなると普通のバイトだけでどうにかなるわけもなかった。
一年前、奨学金と給料でなんとか家賃を納め、授業料を親戚に借金し支払い終えた私は食費を切り詰め、友達とも遊ばずぎりぎりの生活をしていた。
そんな生活の中で道端に突然現れた木製の扉。
入った先にはカフェがあって、マスターと話しているうちに気が付けば高給を約束され、雇われていた。
この時は両親にもこの世界にも感謝もした。"魔法"なんてものがなければ。扱えなければずっと貧困に喘いで付き合いも悪い高校生になっていただろうし。
時間こそないものの、普通の高校生も何とかやっていけている。やめることなんて到底できるわけがないとも思っている。
一昔前の話を思い出していると、カウンターから飛んでくる紙切れ一枚。
「目を通しておいてねー。君の住んでる町の隣町だからそんなに報酬もよくないけどその分早く片付くでしょ」
危うく紅茶に浸かりかけた紙切れをつかみ、いつも通り読み流す。
ここで依頼をするにはこの用紙に場所や依頼主の名前や連絡先、依頼内容と報酬を記入する。
それを読んでマスターが私に出来る仕事かどうかを判断して、OKなら依頼を承諾する。
そうして私の自由意思もなしに受けた依頼の概要をこうして私に投げ渡すわけだ。
「はいはい。どうせ拒否権はほとんどあって無いようなものなんだから…」
いつも通りニコニコと機嫌よさげなマスターを一睨みしてから、用紙を読み始める。
依頼内容は、隣町で勢力を拡大している不良少年を懲らしめること。どうやら魔法を扱えるらしく、着実に勢力を伸ばしていて警察も手が負えないらしい。
報酬は10万円。命の危険があるかもしれない仕事の割には安い報酬にため息が漏れた。しかも私が受け取るのはこの報酬の三割だけだ。
「…高校生のバイトにしては高額だけどね。それにしても日本語って読みやすくて助かるわ」
「ああ、前のはドイツだったもんね。星羅ちゃんは外国語苦手だし」
その前はトルコだった。こんな風にこのカフェには実は世界各国から依頼が舞い込んでくる。いつも空席ばかりなのに、客だけは世界各国どんな場所からも現れる。
というのも、このカフェの性質のせいだ。
「いくらマスターが渡した"呼び鈴"がないと来れないって言っても、世界各国どこからでも入店できるっていうこの空間に問題があると思うんだけど。マスター?」
「そう? いろんなところから来たお客さんと話せて楽しいけどなあ、僕は。星羅ちゃんも世界旅行がタダでできたりできるでしょ?」
このカフェは、マスターの作り出した特別な"空間"の中に存在している。
世界中のどこにも存在していなく、どこからでも"呼び鈴"さえ鳴らせば入口が現れ、入店できる。
店を出るときには基本的に入ったところに出るのだけど、マスターの意思で出口も自由に変更できる。
そんな場所で、この世界の裏側。"魔法"なんて呼び方をされる存在を知っている人たちがそれらに関係する問題に対して困ったときに頼る場所。
それがここカフェ"サンセット"の本質。
「それはそうなんだけど、不法入国もいいところだし、ゆっくりなんてできないし、そもそも死にそうな目に遭うことだってあるんだけど?」
「でも毎回ちゃんとお仕事は成功させて帰ってくるよね? 文句があるならサインはしなかったらいいし、なんだかんだ選択肢はあげてるじゃないか。もちろん給料は払えないけどね」
またして表情を変えずニコニコと笑うマスター。
もし私が依頼を承諾しなかったらどうなるんだろうか。給料が入らないのは困るけど、依頼人の依頼は…?
ぶつぶつ文句を言いつつも結局は用紙に"神代星羅"の名前を記入する。
これでこのバイト内容に対して同意したことになり、私の仕事が始まる。
「今日ってまだ仕事あるの? 学校の課題とか残ってるからできれば明日からにしたいんだけど」
「今日は大丈夫かな。お客さんいないし」
空席しかないフロアを見渡して、マスターはいつも通りの返答をする。
私がこの店でカフェの店員らしい仕事をしたことは片手で数えるほどしかない。
「今日も、大丈夫なんでしょ。じゃあ私帰るから。また明日来るわ」
「ああ、待って待って。はい、パンケーキ。せっかくだから持って帰って食べてね」
空になったカップを置き、席を立つとエルさんがパンケーキを包んでくれていた。
「ありがとうございます。今日のごはん何も考えてなかったから助かります。」
「いいえ、それじゃ気を付けてね?」
滞在時間およそ十分。あまりにも短すぎる労働を終えて木製の扉をくぐった。