賢人の独り言
「面白いよねえ。この世界って」
光の差し込まない密室空間。聞こえるのは自分の声だけ。
未だ人類未踏の海底のどこかにできた空洞の中、目の前には月の如く柔らかな光をうっすらと放つ大きな二枚貝。それと洞窟とは不釣り合いな木製の扉がある。
「つい500年くらい前まではさ、魔女狩りなんて言って存在そのものを認めようとしなかったのに。技術が発展して特別な力なんて必要ないだろうに。今更社会の裏側では重宝されてるんだよ?」
くすくすくす。自分の笑い声に交じって目の前の棺からも声が漏れたような気がした。
彼女ならきっと起きてきたときに最近の話を山ほど聞かされるだろうから、今話しておけばもしかすると長い話をしなくてもいい。そう思ってのことだったがこれは本当に聞こえているのかもしれない。
「魔法だとか、神通だとか、超能力だとか。名前はいろいろ変わってるけど力を持った者は今でも少なからず存在しているよ。機械なんてものができたからそのうち消えてなくなるんだと思ってたけど僕たちの予想なんて大したことないんだね」
特別な力、特別な存在。
表向きの世界では創作の中や妄想だなんて言われてしまうようなもの。
そんなモノがこの世界の裏側では昔から今まで、絶えることなく存在している。
何百年、何千年とみてきた中で呼び名や扱いは変わりこそしているものの存在している。
現在、人間たちはそれらを実に巧く扱っている。
情報操作、取引、暗殺。
表に言えないような仕事を任せるのにうってつけの存在として、それら…彼らが呼ぶ通りにするのであれば"魔法"とでも仮称すべき奇跡を扱っている。
こんなに社会に巧く魔法が溶け込んだ時代というのも始めてだ。だからこそ傍観者として今まで以上に楽しみなことが多い。
「そうだ、最近面白い女の子を見つけてね」
楽しみ。その単語から連想される人間の少女の姿。
「僕の扉を、呼び鈴もなしに見つけたんだ。とっても現実主義者で面倒くさがりで、でも人助けになることを気が付いたらやっているような女の子でね? ついつい雇っちゃったんだ。彼女が生きている間に君が起きる気になったら、ぜひ紹介させてくれ」
ほんの数分の独り言。
もっと話すことを考えてはいたのに、彼女のことを思い出すと早く面倒事を押し付けてみたいという感情が湧き上がってきた。
「ふふ、もっと話そうと思っていたんだけどね。今日は帰ることにするよ。それじゃ、目を覚ましたら呼び鈴を鳴らしてね。いつでも迎えを寄越すから」
完全にこの場から浮いている扉に手をかけ、洞窟を後にした。
今日もまた、飽きることのないこの世界を傍観しにいこう。