5ショートストーリーズ3 その4【一途な恋】
一途な恋。世の中には結構な数の、そんな恋があるんじゃないかと…
恋には年齢制限があるのだろうか?
(おっ、始まる、始まる♪)
少女が初めてトキメキを感じたのは、幼稚園に入園した時だった。
園児を前にお話をする、当時四十歳の園長先生にすっかり心惹か
れてしまったのだ。
(そうきたか!)
「ねえ、ママ、わたし、胸が痛い。病気かな?」
「え? 何ですって?」
(お?)
少女の両親は彼女を伴い大慌てで病院に向かったが、いくら精密
検査をしても病名すら判らなかった。それはそうだろう。昔から言
うではないか。
【お医者様でも草津の湯でも 惚れた病は 治りゃせぬ】と。
(あ、こりゃこりゃ♪)
医者も両親も、暫くは観察を、という事で一応は落ち着きをみせ
た、かに見えた。
(新展開?)
最初にそれと気づいたのはやはり母親だった。
幼稚園に通う我娘の態度で、あれ? と感じたのだった。
(女を舐めんじゃないわよw)
やけに早く起きるようになった。幼稚園に自分から進んで行く。
通う前は泣いてまで拒否していたのに。それに・・・・・・
(・・・・・・を使うと意味があるように見えるのよ♪)
担任の先生からの話によると、彼女は自分のクラスである桜組に
いるよりも園長室に入り浸っている時間が長いというのだ。
(なんですって?)
「ええ、彼女、ちょっと目を離すとすぐに園長室に行っちゃうんで
す。え? 別にいじめとかは無いですよ。ええ。そうです。彼女、
クラスでは活発な方ですから」
(いじめ、いくない!)
二、三日悩んだあと、母親は娘を前にしてストレートこう切り出
した。
(カーブだったらどうなんだろ?)
「あんたね、もしかしたら園長先生が好きなの?」
「好きってなに?」
おもちゃの人形を弄びながら娘が訊ねた。
母親は胸を撫で下ろし、
「ああ、やっぱりまだまだ子供ね。私、何を勘違いしていたのかし
ら・・・・・・」
そう思った矢先、母親に真剣な目を向ける娘。その目は恋する女
の目だ。
(あら、いやらしいw)
「好きって、もしかしたら、その人の事を考えると胸が痛くなって、
でもほわっと暖かい気持ちもして、逢えないとその人の事ばかり考
えちゃって・・・・・・」
(ちょっと待て!)
まだ四歳の娘の言葉に、母親は衝撃を受けた。
(えええええ? 何言っちゃってるの?)
***
「オマエな、いちいち反応するのやめろよ。もう帰れ!」
男のすぐ横に一人の少女がくっつくようにして座り、PCモニター
を眺めてはちゃちゃを入れていた。
男は今、趣味である小説を書いているところだ。テーマは一途な
恋。
まだ幼い少女が年の離れた男性に一目惚れし、その後、幾度もの
困難に立ち向かうというベタな話だ。
「なによ! 女の意見も参考にしたいって言うから、わざわざ忙し
い時間を割いて・・・・・・」
「忙しいって、オマエ、まだ小四だろ? それにオマエがどうしても
来たいって」
少女は男の近所に住む、いとこの娘だ。いとことは年も同じとい
うコトもあり、昔から親しく付き合っているのだ。
「まあ、いい。続き続き、と。あ、今度は横から変なちゃちゃは無
しだからな」
「え~?」
「じゃ、帰れ」
「分ったから」
***
「あんた、相手は園長先生よ? パパよりも年上なのよ? あんた
位の子は同じ桜組の翔くんとか太一くんとか・・・・・・」
「え? 翔に太一? ふっ、あんな子供・・・・・・」
娘は四歳とは思えない顔をみせた。
「あんた、それに園長先生には奥さんがいるのよ。いくらあんたが
好きでも」
「え? 奥さんがいる人はダメなの? 」
娘のまっすぐな目に母親は答えに窮した。実は今、ハマってるの
は不倫ドラマだ。
「そ、それは・・・・・・とにかく、子供が恋なんてまだ早すぎます! 今
後は園長室禁止!」
「え?」
「それが守れなかったら、幼稚園を変えます! いい? 分った?」
(ええええええ!)
***
「ちょっと、これはヒドい!じんけんじゅうりん! 反対反対!」
「人権蹂躙て。そんな言葉どこで覚えて来るんだよ」
「え? 何でもかんでもネットの中には・・・・・・あ、これはママには内緒♪」
「あ! 電話だ。ちょっと待て」
男は自分の携帯をとり出すと話し始めたが、すぐにそれを置くと
言った。
「おい、お母さんから。早く帰って来いってさ。今からピアノのお
稽古があるそうじゃないか。ホントに今の小四は忙しいのな」
「あ!」
「あ、じゃないよ。早くいきな」
「うん。そうだ、続きが気になるからオチだけ教えてよ」
少女はさっきまでとは違う真剣な眼をしてそう言った。
「オチっておまえ・・・・・・まあ、いいか。結局は、なんやかんやあって、
奥さんが亡くなってとかな。彼女が十八の時、ついに園長先生と結
ばれるっていう話さ」
少女は暫く指折り数えていたが
「彼女が十八で園長先生が五十四か。私が十八の時、三十八歳!
う~ん、おかしくない」
少女は今年三十歳になる彼を見つめながらこうつぶやいて、それ
から言った。
「一途な恋か。悪くないタイトルよね。うん、いいセンいってるか
も!」
彼女は満面の微笑を浮かべると、
「じゃ、またね、おにいちゃん!」
そう言うと、ダンスを踊るみたいにしてドアから出て行った。
男はそれを見送ると、ふっと笑いながら、
「流石にアイツの娘だけの事はあるな。アイツも小さい時からあん
なだったな・・・・・・」
男は初恋の相手であるいとこを思い、それから続きの「一途な恋」
を完成させる為にモニターに向かった。
一途な恋は、結構な数があるのかもしれない。
恋においては 女性がやっぱり主役だと思うんです。