4・1818年 パリ③
「あれがあたしの『泉』を湧かせてる新進画家、テオドール・ジェリコーよ。熱い男でしょ? ああゆうのは他人に伝染するの。ウジェーヌを見たでしょ、あんなおとなしい子まで影響されちゃって、感動でお目々うるうるよ。テオドールさえ押えとけば、周りにいくらでも情熱野郎が湧く。魔界のあたしの縄張りにもどんどん『泉』が増えるって算段よ」
アトリエを出たのち、腹ごしらえするためフェリ行きつけの賄い食堂へ入った。テーブルクロスはソースが飛び散り、乾いたパンくずでざらざらしている。店は小汚いけれど、味は悪くなかった。
「それはわかりますけど、ひとつ質問していいですか?」
「なぁーに」
フェリは脂のしたたる肉にかぶりつきながら言った。
「……なんのために魔界にいるんですか」
「けんきゅー」
「研究? なんの?」
「言ってもどうせ信じないから言わない」
「……『時越え』ですか?」
意表を突かれたのか、フェリは肉の咀嚼を止めた。肉で頬をふくらませた状態のまま、探るようにジェニーの顔を見る。
(やっぱりフェリ様だ)
フェリが第二階級まで登りつめたのは、『時越え』の開発に貢献したからだと聞いている。天界上層が開発に乗り出す前から、たったひとりで研究に取り組んでいたことも。
(『時越え』の研究なんて、とてつもなくエネルギーが必要だものね。上層が天庫からエネルギーの援助をしてくれないなら、魔界に来て自力で『魄』を得るしかない)
このフェリが上司のフェリなら。
上司フェリは、ジェニーが十九世紀へ来ることをしっていたわけだ。
ジェニーがここへ来るようこっそり仕組んだ可能性もある。
過去の自分に協力させるために。
「……やられたー。チケットくれたのも、きっと策略だったんだ……」
「なんの話よ?」
ジェニーは答えず、脛肉のシチューをかきこんだ。
ほんっと、油断ならないんだからあの上司は! このままじゃいつになったら友樹くんと再会できることやら……。
(いや。ちょっと待てよ)
たとえば。五十年間十九世紀で過ごしたとしたら、自分の見た目は二十五歳になる。
そのときまでにフェリに研究の成果を出してもらい、五十年経ってから『時越え』で二十世紀末に跳ばしてもらえば、友樹のストライクゾーンの年齢で、再会できる。
リンゴ~ン♪
ジェニーの胸のうちで、金の鐘が高らかに鳴り響いた。