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4・1818年 パリ①

    

 洋服ダンスの扉の外は、貧乏くさい部屋だった。

 日本暮らしのジェニーとしては、「六畳くらい」と表現したいところだけれど、おそらく「畳」の単位はこの部屋には向かない。

「……ここどこですか」

「あたしが借りてる安下宿」

「じゃなくって、地名です。上野とか浅草とか鴬谷とか」

「ウエノ・アサクサ・ウグイスダニ? モンパルナスだよ」

 堕天使の返答に、ジェニーは咳払いをひとつした。

「わたしの記憶に間違いがなければ、モンパルナスってパリですよね?」

「うん」

「パリってフランスですよね?」

「うん。あっ、もしかして外国から来たの? うっそ。やっばー。さすがのあたしも外国までは一気に跳べないな」

「……それも相当困りますけど、それ以上に困惑の事実が」

「はがれた壁紙の裏にうじゃうじゃいる南京虫が気になる? あたしもこれには相当……」

「じゃなくってー! あの馬車なんですか!?」

 ひび割れたガラス窓の外、敷石の痛んだでこぼこ道を、「いきもの」が通過して行った。馬という名の「いきもの」が。

「郵便馬車だよ。普通でしょー」

「わたし的にはぜんっぜん普通じゃないんです……」

「郵便制度のないとこから来たの? アフリカの奥地?」

「いえ、郵便制度はあります……。郵便馬車がないんです……。飛脚とか――じゃなくってー! うっうっ、自動車……。うっうっ、バイク……。トヨタホンダマツダ……」

「アフリカだったらゾウが車引いたりする?」

「アフリカじゃないですー! 日本(ジャポン)ですー!」

「うわっ。遠っ。そりゃちょっと無理だわ。えー、なんで極東なんかに繋がるんだろ?」

「それも不思議ですけどっ。謎はそれよりもっと深いんですっ。うっうっ……」

「謎?」

 堕天使は邪気のないまっすぐな表情で、ジェニーの次の言葉を待っていた。

 ガソリン車全盛の時代にいたはずなのに、馬車の時代に来ちゃったのが謎なんですよ。

 そう言おうとして、ジェニーは口をつぐんだ。今さらながら、堕天使の装いを観察する。

 堕天使は人界の格好をしていた。ゆるく結いあげた亜麻色の髪に、質素な木綿のドレス。袖山がふくらみ、裾もふくらんで床まで届く……。ジェニーも似たようなシルエットの服を着ているわけだけれど、自分の装いが二十世紀末において一般的でないことくらい自覚はある。

 二十世紀末において。十九世紀ならいざしらず。

(言えない……。この堕天使、十九世紀の天使なんだわ……)

 そうか。だから、気軽に魔界に堕ちてるんだ。

 天使の魔界行きがなくなったのは、「戦争の世紀」である二十世紀半ば以降のこと。悪魔に加わり天使まで『(はく)』の所有を競ったから、人間たちは「国」という巨大なものに次々と煽られた情熱をつぎ込んだ。戦争による人界の危機に、天界上層も事態の深刻さに気付いた。二十世紀半ばには、罪を犯した天使の魔界への追放はなされなくなり、そして二十一世紀に入ると、自ら魔界堕ちした堕天使も捜索され捕えられるようになる……。

 ジェニーは話の矛先を変えた。

「……わたし、もといた場所に帰りたいんですけど。どうしたらいいでしょう」

「閉じた『扉』をもう一回こじ開ければいいんじゃない?」

「そんなことできるんですか?」

「あたしならできる。でもねー、それを成功させるためにはねー、力のもとがいっぱい必要なのよー。わ・か・る? 『魄』がいーっぱい必要なの」

 堕天使はずる賢そうに、にやっと唇の片端をあげた。


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