8・1827年 敵⑧
ウジェーヌの自宅のほうもアトリエ同様結界を張って、ジェニーとフェリは魔界に戻ってきた。
「どうやったらウジェーヌに妄想じゃなかったって信じてもらえるのかなあ……」
「妄想だと思われてるなら、それはそれでいいじゃない、べつに」
「でも……」
「今は信じてもらえなくたって、そのうちバレるよ。天使と人間は歳のとり方が違うんだから」
「うん。けど……」
「なにが『でも』でなにが『けど』よ?」
「わたし、悪魔殺してるところ見られちゃった……。天使だって納得されたらされたで、ひどく残酷な天使だと思われるわ。きっと」
岩場に体育座りしているジェニーは、膝に顔を突っ伏した。
殺しなんかしているところを見られたくなかった。自分が力天使で、敵を屠るための存在であることをしられたくなかった。
天界で、自分は戦いのために生まれた。戦いの衝動は確かに持ってる。否定しがたく持っている。だから、戦いを主題にした作品に惹かれる。その自覚はある。
でも、自分は戦うだけの存在じゃない。殺すだけの存在じゃない。
慈しみたい。愛したい。守りたい。
そんな気持ちだって、たくさん持っているのに。
「……力天使なんかイヤ」
「力天使のあんたがいなかったら、ウジェーヌの『泉』は守れなかったんだよ」
「……」
「素晴らしい戦いができたと思うわ。『時越え』と『力天使』の協同。一瞬だったけど、あんた過去に跳んだのよ。あたしの『時越え』、成功したのよ。はじめての実用化よ」
「それはよかったとは思いますけど……」
「ダークラスのやつ、なにが起こったかわかんなかったでしょうね。あとは跳び越せる時間をもっと長くできるようにしなきゃ。最低でも五年、いや六年か……」
「……テオドールを落馬させないために?」
「もっちろん!」
「フェリ、あのね……」
『時越え』で死者を蘇らせるのは、第一級禁忌。実行しようとしたら、『時の天使』が止めにくる。『時越え』で六年前に跳べても、阻止されてテオドールは蘇らない……。
「んっ?」
(言えない。今のフェリにそんなこと言えない……。やっとフェリらしさを取り戻したばかりだもの。『時越え』が成功に近づいてるから、元気になったんだし)
「……なんでもない」
「まあ、そうしょんぼりしなさんな! だいじょうぶ、だいじょうぶ。ウジェーヌって残酷なのが好きなんでしょ」
「それは描く絵の話ですよ……。女の子の好みはちがいます」
「まあまあ」
なぐさめる気が一応あるのか、フェリはジェニーの赤毛をわしゃわしゃなでた。
「見られちゃったものはしょうがない、しょうがない。そんなことよりもっと重大な問題があるのよ。男爵ダークラスは、あたしの結界を破れるほど魔力持ってないわ。あたしの霊力に対抗できるほどの魔力の持ち主が、協力者にいたのよ。この死体の群れにそいつがいるなら問題ないんだけど、もし逃げてたらやっかいよ」
「あ……そうか」
「誰が結界を破ったか突き止めるまで、あたし魔界を離れないほうがいいかも」
「そうですね。ああ、短い人界滞在だったなあ……」
「あんたは人界行ってもいいわよ」
「えっ?」
「あのクソ天使パルキスが、ウジェーヌを狙ってくるかもしれないでしょう? あんたは人界で『泉』の主たちの様子を見てて」
「わ、わかった」
「ニ、三日に一度戻ってきて。あたしも報告することがあったら顔出す」
「うん」
「それと」
「はい」
気を引き締めて指示を聞いていたジェニーに、フェリも負けず劣らず真剣な顔になった。
フェリは相棒の肩に両手を置き、しっかりと目を見つめて言った。
「恋のほうもしっかりね。あとで報告きくからね!」