8・1827年 敵⑥
戦いが終了して、ジェニーは肩で大きく息をついた。
頭領の男爵を速攻で仕留めたから、配下の雑魚たちは楽に始末できた。フェリとふたりっきりの静かだった領地に、累々たる悪魔の死骸が転がっている。
生死をかけた戦闘らしい戦闘は、ジェニーにとってはじめての経験だった。
男爵クラスの悪魔が狙ってくるほどに、ウジェーヌの『泉』は有望株なのだろうか。周囲に多くの泉を湧かす、価値ある源泉とみなされたのだろうか。
ジェニーは静けさの戻った岩場を見渡した。
動かないダークラスの顔が、こちらを向いている。開かれたままの目が自分を見ているように感じてしまう。ダークラスだけではない。横たわった配下たちが皆、なぜ殺した、なぜ殺したと、うらみのこもった目で自分を見ている気がした。
ジェニーは目の前の惨状を呆然と眺めていた。
(『泉』を賭けた死闘だなんて、わたしもう完全に堕天使になっちゃったな……)
上層の許可なく魔族を殺めた。もう天界には戻れないだろう。
でもいい。
もう一生、魔界暮らしでもいい。
悪魔の手にウジェーヌの『泉』が渡ったらと思うとぞっとする。悪魔に限界まで情熱を煽られて、狂気の淵に沈む人間は大勢いる。ウジェーヌをそんな目にあわせたくなかった。
たとえこの手が血塗られようとも、天界魔界すべてを敵にまわそうとも、彼の魂の炎は決して誰にも渡さない。
ジェニーは翼をしまうのも忘れ、死骸の転がる中に立ちすくみ、目を閉じた。
(ウジェーヌが好き……守りたいの)
彼の淡々とした努力の歩みを守りたいの。
彼の画業を。
画業に託した彼の熱い魂を。
守りたい。守ってみせる。
守りぬいて歴史に残してみせる。
自分の心を確かめて、目を開く。すると、岩山の陰にびくりと動く影が見えた。
(まだ残ってた)
再び槍を構えて目を凝らす。
しかし、それは敵ではなかった。
天使に見つかりあわてふためく人物に、ジェニーは唖然とした。
「う、ウジェーヌ!?」