8・1827年 敵②
十一月のパリの朝は遅い。
ジェニーは太陽が好きなので、日照時間の乏しいヨーロッパの秋冬はどうもなじめない。それでも日が射してくれば、魔界よりはずっといい。
朝日がさんさんと当たるベッドを抜けだし、ジェニーは大きくのびをした。
フェリはまだ寝ている。
昨晩、彼女はホテルに泊らなかった。ボロ部屋には不釣り合いな高価な羽毛の上掛けを抱えて戻ってきて、ジェニーとベッドにもぐりこみ、自分の恋の話をした。
ジェニーに恋の話は要求しなかった。ジェニーのウジェーヌに対する想いなど、同じ経験をしてきた身として、すべて悟ってしまったのだろう。そこにはおかしな共犯関係があった。今までなかった不思議な親密さが、ジェニーとフェリの間に生まれていた。
「あたしのこと好きになってくれそうな人を愛せたらしあわせかしらと思って、アナトールとジョセフとベルナールとつきあってみたんだけど……」
アルベールとジョルジュとベルトラン。一応そこで、ジェニーは突っ込みを入れた。なんで関係ない自分のほうがちゃんと名前をおぼえているのか……。
「見かけで選んだ相手は、結局見かけしか見えなかったわー。もし堕天使にならないでずっと天界にいたら、あたし、階位しか見えない女になってたのね。番う相手の階位しか見ないように、有能な子供は教育されるんだもの」
天界上層はひどいなと思いながら、ジェニーはうなずいた。
「……でも、それってもしかしたらしあわせなのかもねー。余計なこと考えなくていいもの。失恋なんて苦しみを負わなくてすむもの。でも、あたしは不幸をえらんだのよ。あたしを愛してくれないテオドールを愛しちゃう不幸をえらんだの。えらんじゃったものはしょうがないわ。いいもん、一生この不幸とつきあってやるもん。ふふん!」
そう言ってにかっと笑うフェリは、ジェニーがしっているどのフェリとも違って、とてもいじらしくて愛らしかった。
今ベッドにいるフェリは朝日がまぶしいのか、上掛けにごそごそもぐりこんでいる。なにかむにゃむにゃ言っているので耳を澄ますと、「テオドール……」と名を呼ぶから、ジェニーはぎゅっと胸を締めつけられた。
フェリを起こさないように、やわらかな亜麻色の髪をなでる。
(フェリ、わたし、あなたの研究の手伝い、これからもがんばるね)
心の中でそっと呟く。
フェリがいじらしいから、愛らしいと思うから、できることを手伝いたい。
ウジェーヌの絵が好きだから、ウジェーヌが愛おしいから、できることで支えたい。それでいいとジェニーは思った。そばにいられるなら、役立てることがあるなら、それだけでいい。
(今日は台所道具を揃えよう。そして栄養満点の差し入れをつくって、ウジェーヌに持っていこう。あの人、体が弱いから、まず食生活からきちんとしなきゃね! エデに家事習っといてよかったー!)