3・1999年 東京①
上司である識霊天第二階級フェリ様から、展覧会のチケットを二枚もらったので。
ジェニーは意気揚々と友樹の家に電話をかけた。電話に出た友樹の母にフェリの声音を真似てギユウだと名乗り、「友樹くんいらっしゃるかしら」と告げる。友樹が「マダムのほう? マドモアゼルのほう?」と警戒した声で尋ねるのがきこえた。ジェニーだと友樹は電話に出てくれないのだ。だから携帯にはかけられない。
ふん。いけずなんだからあ。
〈マダム・ギユウ? お電話代わりました。友樹です〉
「こんにちは、友樹くん。突然ごめんなさいね。上野でやっている展覧会のチケットを二枚いただいたのだけれど、ご一緒にどうかしらと思って」
〈東京国立博物館のやつか? 絶対コスプレしてこないって約束するなら、一緒に行ってやってもいいぜ〉
「……なんでわたしだってわかったんですか。完璧な声帯模写だったのに」
〈君の声には深みがない。まだまだだな。五十年後に出直してこい〉
「五十年経ってもわたし、二十五歳くらいですよ。天使だから、第二次成長期を過ぎると歳のとり方が遅くなるんです」
〈……またその設定か〉
「悲しいけど事実なんだからしょうがないじゃないですか。友樹くん、愛の受け入れは十五歳に引き下げてくれません? わたしが二十五歳の外見になるころには友樹くんヨボヨボですもん。かなしすぎる!」
〈受け入れてほしかったらまずオタクをやめろ。邪道から日本文化に入りこむな〉
邪道だなんて! ひどい!
顔も頭も育ちもいいのに、友樹くんってどうしてこう偏ったものの見方から抜け出せないのかしら。
ジェニーはしみじみと悲しかった。どんなに言葉を尽くして語っても、友樹はジェニーの趣味をわかってくれないのだ。そして今どき誰も読まないような古典をひっそり孤独に読んでいる。ひとりぼっちで古典なんか読むくらいなら、アニメ見てマンガ読んでゲームやって、同人誌に雪崩れ込んだほうがいいと思う。だってそのほうが、おなじアニメが、マンガが、ゲームが好きだっていう連帯感を感じられるじゃない?
……というようなことを以前友樹に語ったら、ものすごいお説教を食らった。
「連帯感? 君はおなじ時代でおなじものを見ている人間と繋がることしか考えないのか? 何十年、何百年前の人間に学ぼうって気持ちはかけらもないのか? いつの時代にもその時代に共通の思考形式がある。時代の空気ってやつだ。人間は時代の空気の支配に気付いたときに、はじめて自分の頭で考えることができるんだ。同時代から離れて過去に学べる人間だけが、時代の呪縛を離れて未来に進めるんだ。僕は同時代の連帯感に支配されたままの精神の奴隷でいることなど望まないぞ!」
なにを言ってるんだか、ジェニーにはよくわからない。
わかるのは、こういうことをしゃべるときの友樹はこわいということだけだ。
まったく、なにかにとり憑かれたみたいにこわい。
家庭教師をしてもらっているときに、数学の問題がさっぱりできなくてガミガミしかられるのは快感だけれど(変態ですか?)、信念を語り倒す友樹にはどう反応したらいいのかわからない。
だからジェニーは、いつもどおり「はいはい」と言って受け流すことにした。
めずらしくデートの誘いに乗ってくれたのだ。台無しにしたらもったいない。