7・1827年 パリ②
「最後に人界来たの、いつでしたっけ?」
「一年ちょっと前くらいよねえ? えーっと、一八二三年の終わりだったから……今、一八二五年の頭くらい?」
いつもの調子でモンパルナスの安下宿の、洋服ダンスの『扉』を開ける。
なつかしい染みだらけの壁紙が目に入る。
あいかわらずの汚い部屋。
だがしかし。
がっちゃん!と、食器を落とす音がした。
見知らぬ中年女性が、床に尻もちをついてがくがくと歯の根を鳴らし、震える指でこちらを差している。床にはお皿がひっくりかえっていた。シチューをぶちまけてしまったらしい。
「だ、誰っ!?」
いやこっちのせりふ……と思ったけれど、ジェニーははっとした。
魔界に行ってる間、この部屋の家賃払ってなかったのでは?
だとしたら、新しい住人に代わっていてもおかしくない。
「あんたこそ誰――もがもがもが」
言い返そうとするフェリの口を押さえ、拉致するように力ずくで部屋から出て、共有廊下へ引きずり出した。
「あたしの部屋――!」
「もうあなたの部屋じゃなくなっちゃったんですよ! 家賃払ってなかったでしょ!」
「家賃なら二年分先払いしてたもん!」
「ええっ!」
「文句言ってやる大家のやつー!」
「そ、そうですか。なら文句言わなきゃですね。大家めー!」
「出てこい大家ー!」
――しかし数分後、フェリとジェニーは蒼白になって下宿屋から通りへとふらふらとさまよい出ることとなった。
大家は、不正など働いていなかったのである。
下宿の契約期限は切れていた。
なぜなら、今は一八二五年ではなく、一八二七年だったからである。