表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/48

7・1827年 パリ①

    

 テオドールの死から一年。近ごろフェリは落ちついている。

 それはテオドールの死をふっ切ったからではなく、『時越え』の開発が完成に近づいてきたからだ。

 魔界は常に紫の薄闇で、朝も夜もない。しかしこのところフェリは規則正しく寝て、目覚めとともに寝台を抜けだし、小屋を後にする。

 そしていくつもの『泉』が燃え立つ岩場に立つと、大きく両腕を広げて体いっぱいに『(はく)』を吸収する。充填されたパワーを確かめるようにフェリは両手のひらに視線を落とす。胸の前で広げた手のひらは、魄の力が凝縮され淡く光っている。

 手に意識を集中し、なにやらぶつぶつ唱えてから、フェリは岩山のひとつに向かう。

 岩石にびっしりとフェリの手による天界文字の彫り込みがある。人界の古代文字や魔界文字も混じっているようで、ジェニーには彫られた文字列の意味はわからない。

 フェリは『魄』のパワーに満ちた手で、文字列のひとつひとつを丁寧になぞる。指先から放たれる細い光が、新たな文字列を刻むこともある。

 それは毎日の儀式のようになっていた。

 最初のころ、フェリは吸収したエネルギーのすべてを岩山に注ぎこんでしまったから、儀式のあと毎回倒れていた。ようやく自分の体を保つためのエネルギーを残しておくことに気が回るようになったらしく、このところ文字列をなぞったり彫り込んだりしたあとも、フェリは元気である。気持ちに余裕が出てきたようだ。

 そして今日は、文字列をなぞる時間がさらに短くなっていた。

「もういいの? フェリ」

 うしろで見ていたジェニーは、不思議に思ってフェリに声をかけた。

「うん。もうやることはほとんどないの」

 フェリはやっと戻ってきた笑顔で、ジェニーに応えた。

「……ってことは、『時越え』は完成?」

「うん。――って言いたいけど、まだまだ。術式はほぼ書き終わったの。でも、力が足りないの。もっともっと『魄』を注がなきゃ」

「『魄』をもっと……」

「人界行くわよ、ジェニー」

「えっ!」

「うちの縄張りに『泉』湧かせてる、テオドールの後継ぎの新米画家たちにもっとがんばってもらえるように、尻ひっぱたきに行くわよ」

 フェリはそう言うと、燃え盛るいくつかの泉に目を向けた。

 一番大きな泉は、ゆらゆらとほの暗く燃える暗緑色の炎――。

「一番の有望株はウジェーヌみたいね。あの子の応援はジェニーに任せる。さ、今日は残った力で結界のかけなおしよ。がっちり守りを固めたら、久しぶりの人界よ。ああ、なんだか楽しみね。職人に頼んで石の加工もしたいわー。指輪がいいかしら。うふふ」

 フェリは胸元に吊り下げた小袋から赤い石をとりだすと、ウジェーヌの炎にかざすようにして、うれしそうに見入っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ