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5・1818年 友達①

    

 自分の力でどうにかする。

 ……と言っても、どうがんばったところで『時越え』はジェニーには無理である。時空を操作する能力というのは、生まれつきの素質がものを言うのだ。

 天使の能力はざっと分けて四種類ある。知識を操る『識力(しきりょく)』、時空を操る『霊力(れいりょく)』、念動を操る『破力(はりょく)』、筋力を操る『力力(りきりょく)』。ジェニーは『力力』に大きく秀でている分、ほかの能力は乏しい。

 ちなみにフェリは『識力』『霊力』ともに秀でた、天界上層に多いエリート属性である。

 一八一八年のフェリはこのていたらくとは言え、天界にいた幼いころは、将来に期待をかけられていただろう。

 『時越え』ができない以上、ジェニーが二十世紀末に帰るためには、閉じられたトイレの『扉』をこじ開けなければならない。

 そのためのエネルギーとして『(はく)』がたくさんいるというのなら、『魄』を手に入れればいいのである。『扉』を開けて『時越え』の研究に使って、それでもおつりがくるほどじゅうぶんな量の『魄』を差し出せば、強欲なフェリも嫌とは言わない。言わせない。

(魔界に行ってよその『泉』をぶんどってくるか、それとも正攻法でいくか。うーん……)

 できれば強奪はしたくない。どんな強い悪魔が『泉』を守っているかわからないからだ。こんなところで戦って、うっかり死んだら元も子もないではないか。

(じゃあ正攻法でいきますかー。『泉』を湧かせそうな情熱野郎を見つければいいのよね。ゲイジュツでバクハツしてる人をもっと探せばいいのよ!)

 ジェニーは熱い芸術家の卵を探しに、今度はルーブル美術館へ行ってみることにした。画家の卵はルーブル美術館で、絵を模写して修行していると小耳にはさんだからである。



 ジェニーは二十世紀のルーブル美術館に、人界研修で一度だけ行ったことがある。行ってみた感想は「でかい絵がいっぱい」。以上。

 時代をさかのぼってまた来て思ったこともやはり、「でかい絵がいっぱい」。でも、ちょっと別のことも思った。テオドールや彼の友人の若い画家たちの、野心に満ちた顔が思い浮かんだ。彼らはいつかルーブルに、自分の傑作が飾られることを願ってる。そして時代を越えて作品が後世に残されることを願ってる。

 そう思ってあらためて見回すと、官展(サロン)とは雰囲気の違う古い絵画が多く見受けられる。さっき目にした貴婦人の絵は、ジェニー好みに薔薇やレースがいっぱい盛り込まれ、ポーズや表情も色っぽくてかわいかった。サロンに出される最新の絵より、ちょっと昔のフランス絵画のほうが、堅苦しくなくて好みかもしれない。あとでゆっくり観てみよう。

 今日は絵画鑑賞に来たのではないから、ジェニーは絵の前にイーゼルを立てて模写する画学生たちの姿を追っていた。

 思ったより大勢いる。

 日本の美術館で模写をする人は見たことがないから、名画よりも人間のほうがものめずらしい。

(あ、あの子)

 筋肉マッチョな男の絵を熱心に模写している黒髪の少年。草食系のおとなしそうな風貌に、ジェニーは見覚えがあった。

 ウジェーヌだ。テオドールに「人気でなさそう」と容姿を評されたジェニーを元気づけようとしてくれた、やさしい男の子。

 思わぬ再会にジェニーはうれしくなって、彼に話しかけることにした。

「こっんにっちは(ボンジュー)ー!」

 ジェニーの甲高いアニメ声に、ウジェーヌは耳元で手をたたかれた小動物のようにびくっと反応した。おそるおそるといった様子でジェニーのほうを向く。

「……誰?」

「ジェニー・ギユウよ。フェリシテの友達。ジェリコーさんのアトリエで会ったじゃない」

「えっ? だってその格好……」

「あ」

 ジェニーは自分の服装を眺め下ろした。今日のドレスもフェリのものだけれど、この前とちがってお金持ち用の高価なドレスだ。絵のモデル風情に手が出る品じゃない。

「えーと、最近親戚から遺産を受け継いで成り上がったの」

「そう……。うらやましいなあ。僕んちなんか貧乏だから」

 ウジェーヌは笑顔で言った。貧乏なわりにはお洒落さんだなとジェニーは思った。フェリの取り巻きみたいに流行を追っているわけじゃないけれど、ダークグレーの上着からのぞくチョッキの臙脂色が絶妙だ。

 さすが画家の卵、色のセンスがいいのねー。

 繊細そうなかんじとさりげないオシャレ感から、二十世紀で言ったらクリエイター志望みたいな雰囲気を感じる子だ。オタク系に次いでジェニーの男友達に多いタイプで、親近感が湧いた。年頃も友樹くらいだろう。

 彼氏にはSっ気がある鬼軍曹友樹がいいけど(そうです変態です)、友達ならウジェーヌみたいなやさしげなタイプがつきあいやすい。

 ジェニーはほほえみながら尋ねた。

「なんの絵描いてるの?」

「ミケランジェロだよ」

「ああ、モナ・リザの」

「……それはレオナルド・ダ・ヴィンチ」

「あ、そう。わたし美術ってよくしらなくて。サロンも観に行ってみたんだけど、わたしにはよくわかんなかったんだー。でも、ルーブルにあるのはサロンとはかんじが違うのも多いのね。ここには好きになれそうな絵もあったから、よかった。なにかとっかかりがあれば、もっと美術のことしりたくなるかもしれない。いろいろ観てみたいなー」

「……」

「なあに?」

 ウジェーヌがぽかんと自分を見ていた。

「いや……。なんでも。サロンは気に入らなかったの?」

「なんか観るのにつかれちゃって」

 今度は苦笑で返された。ジェニーは続けた。

「クライマックスのない紙芝居を観てるみたいで」

 ジェニーの言葉に、ウジェーヌの表情が変わった。目に光が宿る。

最高潮(クライマックス)のない……」

「ああゆう堅苦しいのが今の時代の主流なら、ジェリコーさんが(いき)り立つのもわかるなあ。まあ岡本太郎とピカソとムンクしかしらないわたしが、なにか言える立場じゃないけどね」

「ムンク?」

「こーゆーの」

 ジェニーは両ほほに手を当てて、ムンクの「さけび」の顔をしてみせた。いきなりの変顔にウジェーヌがリアクションに困った顔になったけれど、説明する気はさらさらない。

 話を変えようと思ったら、ウジェーヌの画学校友達らしき人がやってきた。

 軽くあいさつを交わして、それとなく友達に「どんな絵を描くの?」と探りを入れる。「水彩画」と答えたから、心の中でウジェーヌと友達に×マークを付ける。

 求めているのはテオドール・ジェリコーみたいな熱い情熱野郎なのである。繊細そうな草食男子やバクハツしない水彩画描きではだめなのである。

 ジェニーは笑顔で彼らと別れた。そしていくつか別の部屋をまわってからさっきの部屋をふたたび通ったら、ウジェーヌの姿も彼のイーゼルもすでになかった。代わりに、筋肉マッチョの絵の前に、スケッチブックが取り残されていた。

(あらら。忘れ物かな)

 ジェニーはスケッチブックを取り上げた。記名がある。

 『Delacroix』。

(なんて読むのかな……。ドラクロワ?)

 ウジェーヌの姓はしらなかったから、確認のため中を見てみた。

『北斗の拳』ばりの筋肉マッチョがいっぱい描いてある。ウジェーヌが描いていた模写とよく似ているから、おそらく彼のものだろう。

 男の子って、いつの時代も男の筋肉が好きなのね……。

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