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4・1818年 パリ⑤


「ひーまひまひま、ひまー。あー、フェリがでかけちゃうとひまー。エデ、なんか家事手伝おうか? やることない?」

「ジェニー様におまかせすると、()熨斗(イロン)でシーツを焦がすから結構です」

「ぶー。だって電気のアイロンしか使ったことないんだもん……。炭を入れる()熨斗(イロン)なんかしらなかったもん……。こっそり使って悪かったわ。今度はうまくやるからおしえてよ」

「今日のアイロンがけはもう終わりました」

「じゃあ繕い物やる、繕い物。わたし手芸は得意なのよ。コスプレ衣裳、自分で作ってたからね」

「繕い物もありません。ジェニー様はお客様なんですから、家の仕事などなさらないでください」

「だってわたしがお客様でーす!ってふんぞりかえってたら、エデが大変じゃないの。人が増えたら家事も増えるでしょ。やれることはやりたいの」

「変わったことをおっしゃいますね、ジェニー様は」

 エデは目をぱちくりさせ、不思議そうにジェニーを見ている。けれど見ているだけで、「では拭き掃除をお願いします」とも「じゃがいもの皮むきをお願いします」とも言い出さない。どうやらジェニーの申し出に困っているようだ。

(……こういうところがなんというか、十九世紀よねー)

 主従がきっちりしているというか。

 主の客分が家事の手伝いを申し出るなど、女中にとってはありがたいどころか迷惑なのかもしれない。ひょっとしたら、ベテラン女中としてプライドを踏みにじられるような気持ちになるのかも。何度手伝いを申し出てもかたくなに断られるので、ジェニーはついに家事をあきらめた。

(ううう。マンガもアニメもゲームもない時代に、なにやって過ごせばいいのよ)

「あ~。わたしも働こうかなあ……」

「いいパトロンが見つかるといいですね」

 感情のこもらない声でエデは言った。

 高級(クルティ)娼婦(ザンヌ)目指してるわけじゃないってば……。

 クルティザンヌ。それはただの娼婦とはちがう。一見の客と枕を並べたりなんかしない高級遊女である。あそびたい客はまず貢ぎ倒すのが当然であり、トップクラスのクルティザンヌは客よりもえらいのである……。

(わたしレベルの女子力でクルティザンヌ目指せるわけないじゃない。目指す気もないけど)

 それにしたって、成熟した女性ばかりがもてはやされる十九世紀パリにはへこむものがある。

 フェリにくっついて何人かの若い画家に会ったけれど、モデルとしてジェニーを雇いたいと言い出す画家はいなかった。「ヌードで」なんて言われたら困るからモデル業は気がすすまないとはいえ、フェリのモデル仲間ということになっているのに誰も興味を示してくれないなんて、己の容姿に自信をなくす。

(ウジェーヌだけよ。ほめてくれたのはさあ……)

 テオドールの恋人みたいだけどさあ……。

(芸術家にはそっち方面の男子が多いってのは、よくきく話よね)

 よくきく話――そうね、よくきく話。

 うふふふふふ。

 血が騒ぐので観察に……じゃなくって、画家のみなさんとおつきあいがある以上、官展(サロン)くらいは見ておかなくてはと思い立ち、ジェニーは翌日美術館に出かけることにした。



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