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片翼

作者: 広河陽

 輝きに満ちた常春の国がありました。

 そこでは生えている草木を紡いで衣を作るので、着るものに困ることはありませんでした。また、そこここに生えている樹が果実をたわわに実らせていたので、食べるものに困ることはありませんでした。その辺でごろりと横になれば寒くもなく暑くもなく、獣に襲われる心配すらなく、夜でもぐっすり眠ることができました。

 常春の国に住む人たちには、みんな背中に白い翼が生えていたので、いつでも自分の好きな所に行くことができました。

 こんな常春の国では争いが起こるわけもなく、白き翼の民はみんな平和に暮らしていました。


 ある日、この常春の国を奪おうと、黒い翼を生やした人々がやってきました。そして、黒き翼の民と、常春の国の白き翼の民の間で争いが起きました。

 白き翼の民の中でもまず、男たちが戦いに行くことになりました。

 ジンクは戦いに行く前の夜、恋人のプラティナに言いました。

「黒き翼の民を遠ざけて、きっと僕は戻ってくる。この白き翼にかけて。戻ってきたら、結婚してくれますか?」

「白き翼にかけて、あなたが戻ってきたら結婚しましょう」

 ジンクはプラティナの細い腰を抱き寄せて、頬にキスをしました。

 そして、男たちは黒き翼の民との戦いに行きました。


 国に残った女たちは自分たちにも何かできないかと、最長老の大巫女に尋ねました。すると大巫女は答えました。

「国の境に松明を作りなさい。その松明に自らの羽根をくべて、明りを灯すのです。松明の光は、あなたがたといちばん深い縁を持つ男の加護となりましょう」 

 女たちは残らず国の境に松明を立て、毎日、自分の羽を抜いて松明にくべ、祈りました。

 それから3ヶ月もたった頃、戦いに勝利した男たちがぽつりぽつりと戻り始めました。

 毎日毎日、国の境は再会に喜び合う人々であふれ、帰りを祈る松明は一本、また一本と減っていきました。

 そうして、松明はとうとう一本だけになり、松明に羽根をくべるのは、いまだに戻ってこないジンクの帰りを待つプラティナだけになってしまいました。

 人々は様々な噂をしました。

 いわく、ジンクだけが戦いで死んだのだ。

 いわく、プラティナとの約束から逃れようとしているのだ。

 いわく、黒き翼の民の女に誘惑されたのだ。

 噂は根も葉もないものでしたが、プラティナの迷い疲れた心を傷つけるのには充分でした。

 噂を真に受けたプラティナの親や、里長や、友人たちは、ジンクを忘れるよう、プラティナを説得します。しかし、プラティナは言いました。

「私が松明を守らなければ、ジンクは道に迷って本当に国に帰れなくなってしまう」

 そうして、プラティナはいとしいジンクを想い、毎日毎日、松明に羽根をくべて祈り続けました。


 一年の月日が流れました。

 固い決心をしたプラティナも、とうとう松明に羽根をくべるのを最後にしなければならない日が来ました。

「今日こそ、ジンクが帰ってくるように」

 一年分の祈りを込め、プラティナは最後の一枚の羽根を松明に投げ入れます。


 そして、その夜。

 最後の弱々しい光を放つ、消えかかった松明の傍らで眠るプラティナを起こす者がありました。

 プラティナは何度も目をこすり、何度もまばたきして、自分を起こした者の顔を見ます。

 それは夢にまで見た、いとしいジンクの顔でした。

「戦いで翼を切り落とされ、羽根が生えそろって飛べるようになるまで一年もかかってしまった。待たせてしまって本当にすまなかった。もし許してもらえるなら、白き翼にかけた、あの約束を果たしたい」

 髪を優しくなでてくれるジンクの手のぬくもりを感じながら、プラティナは応えます。

「私があなたを忘れた日は一日もありませんでした。許すなんてとんでもありません。でも」

 プラティナは立ち上がってジンクに背を向けました。

 ジンクは息を飲みました。プラティナの背には、白き翼の民の証である、翼がなかったのです。

 しかし、ジンクはきっぱりと言いました。

「翼がなくても誓いはなくならない。翼にかけたあなたとのあの約束を、今こそ果たそう。でもなぜ翼を失ってしまったのですか?」

 プラティナは消えかかった松明を指さしました。

「明りを絶やさぬよう、毎日、あそこに羽根をくべました」

「道に迷った時、あきらめそうになった時、照らしてくれたのは君の翼だったのか」

 ジンクは深いため息をつき、恋人にひざまずきました。

 そして、ジンクは祈ります。

「常春の国を見守る偉大なる者よ。我の願いを聞き入れてほしい。私の翼の片方を、愛するプラティナに譲りたい」

 すると、プラティナの背が光り、右側に翼が生えてきました。

 それと同時に、ジンクの右の翼は消え、左だけの片翼になりました。


 次の朝、みんながジンクの顔を見てまず驚き、根も葉もない噂でプラティナの心を惑わしたことを詫び、再会を喜びました。

 すぐにジンクとプラティナの結婚式が行われ、大巫女の前で、二人は神聖な結婚の誓いをたてました。

 それからしばらくの間、常春の国では寄り添いながら、互いが互いの翼の役目を果たしつつ空を行く、ジンクとプラティナの仲睦まじい姿が見られたそうです。


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