突然に・・・・
それは、突然の出来事だった。
私は、スイミングスクールでバイトをしていた。
夏休みなので、短期集中教室という通常のレッスンとは別に
早朝からプールで子供達に水泳を教える。
スイミングスクール単体なので、朝、昼そして通常のレッスンと実施する。
短期教室の前には、もちろん準備体操を行う。
体操スクールも併用してあるので、体操場もあり子供達は元気に走り回っている。
朝の短期教室が終わり、昼からの部に備えて昼食をとり、何気なく体操場に入った。
体操場には窓があり、夏なので窓は全開だった。
その窓辺に佇んでる人がいた。
「何してるんだろう?」
そう思って、声をかけてみた。
「そんな所でどうしたの?」
私の声に驚きながら、彼は振り返った。
今年入社の笹川さんだった。
笹川さんとは歳も近く、いつもバイト仲間とわいわいと騒いでる仲だった。
「あっ・・・・・・・
木村さんか・・・・・・
・・・・・・・・・・・・びっくりした。」
「どうしたの?暗い顔して・・・・・・主任に怒られたとか?」
笹川さんは曖昧な返事を返す。
「やっぱり、怒られたんじゃないのぉ〜っ?」
そういいながら、彼の隣に立った。
暫くは、窓の外を見てるのか定かではない視線で遠くを見つめていた。
その定まらない視線が急に焦点を私に向けた。
身動きが出来ないくらいに、たった数秒なのに動けない自分がいた。
すると、彼の腕がすっと伸びてきて、急に抱きしめられた。
「ごめん、少しだけ・・・・・・・・・・・
少しだけでいいんんだ。」
「えっ!誰か来ちゃうよ。」
「大丈夫。あと5秒だけ・・・・・・・・・」
力強く、でも壊れ物を扱うように優しく彼の腕の中に納まった。
不思議と嫌な気分にならない。
一体、何が起こったんだろう?と状況確認も出来ぬまま、なすがままの私がいた。
どれくらいの時間が経ったんだろう?
多分数分の出来事なのに、何時間もそのまま抱きしめられてる気分だった。
「ごめんね。」
そう言うと、彼は体操場から立ち去った。
残された私は、ただただ呆然と立ち尽くすのみだった。
その日は何事も無く、無事に短期教室と通常レッスンを終えバイト仲間と飲みに行く事になった。
笹川さんも、いつもと変わらぬ様子でレッスンをこなしていた。
ついつい、レッスン中も見てしまう。
私は、飲みに言っても彼の事が頭から離れない。
思い切って、ゆきちゃんに聞いてみた。
「笹川さんって、今日主任に怒られたの?」
「どうして?」
「だって、落ち込んでるところ見ちゃったから・・・・・・・」
すると、一緒に来ていた飯野君がいろいろ教えてくれた。
なんでも、自分の思うように仕事がすすまないらしく、同期入社の大野さんといつも比較され
相当ストレスがたまってるらしい。
何だか、納得できるような、出来ないような・・・・・・・・
その辺りで笹川さんを忘れて楽しく飲んだ。
帰りは、短期教室の疲れを吹き飛ばそうと、カラオケに行った。
プールで大きな声を張り上げてるのに、ここでも大声を張り上げて2時間後にはスッキリした。
明日は短期教室がないので、ゆっくりと眠れるから盛り上がった。
その余韻を引きずりながら、私だけが別方向なので、飯野君やゆきちゃんと別れた。
酔い覚ましにはちょうどいい感じの夜だった。
家に向かって、歩いていると携帯がなった。
着信を確認すると笹川さんだった。
「はい・・・・・・・・」
「あっ、ごめん。笹川だけど、今大丈夫?」
「はい・・・・・・・・」
「今日はごめんね。突然でびっくりしたよね・・・・・・・・・」
「はい・・・・・・・・」
「でさ、明日バイト休みでしょ。今から、ちょっと出れる?」
「えっ?」
「っていうか、今どこにいるの?」
「飯野君とゆきちゃんと飲んで、カラオケ行った帰りだけど・・・・・・・」
「じゃぁ、そんなに離れてないよね。駅の向こうのカフェに来れる?」
「はい・・・・・・・・」
「じゃぁ、そこで待ってるから・・・・・・・」
そう言って電話は切れた。
一体どうなってるんだろ?
昼間の件があるから、ちょっと抵抗があったのは事実。
色々と理由をつけて、行けないって言えば良かったのに言えなかった。
頭の中でいろんな考えが廻る。
結局、彼より先にカフェに着いたみたいだった。
呼び出しといて、まだ来てないって・・・・・・なんて思いながら鞄から本を取り出して読んだ。
今時は、携帯で読むもんだって言われるけど、本の匂いが大好きだからという理由で
未だに本を持ち歩いてる。
そんな私にゆきちゃんは"天然記念物"と愛情を込めて呼ぶ。
「何、読んでるの?」
読書に没頭しすぎて笹川さんが向かいに座ってるのも気付かなかった。
慌てて本を鞄に片付けた。
「急にどうしたの?びっくりしたよ。」
「ごめん、ごめん。ちょっと話したくってさ・・・・・・」
そう言うと、普段の笹川さんのまま、いろんな話をした。
つい、昼間の出来事も忘れてしまうくらい盛り上がった。
私と彼の共通点とすれば、実家から離れて私は一人暮らしで彼は寮生活。
親元を離れて生活する寂しさや、自由や責任感を痛感している。
話題はそんなとこにまで及んだ。
「そうだ、木村さん歩きだよね。ちょっと行かない?」
「はっ?今何時だと思ってんの?」
「いいじゃん、一人でしょ。あっ、彼氏待ってるとか?」
「いや、その・・・・・・・彼氏はいないけど・・・・・・」
「じゃぁ、誰か待ってる?この後に何か予定あった?」
「いや、それは残念ながらないんだけど・・・・・」
「じゃぁ、決まりね!行こう!」
カフェの前にバイクが停まってた。
バイクに跨り、ヘルメットを私に差し出す。
バイク音痴な私は、載りかたすらままならない。
そんな私を見かねて、手を差し出してくれた。
生まれて初めてバイクに乗った。
「大丈夫?しっかり持っててね。」
そう言って笹川さんは身体に私の腕を巻きつけた。
「持つって、お腹もつの?」
「あたりまえじゃん!他にどこ持つの?自転車の2人乗りと同じ要領ね!
違うのは、スピードがかなり出るから・・・・・・行くよっ!」
バイクが音を立てて走り出した。
私は笹川さんにしがみついた。
何も聞こえないくらい、スピードが出てる。
初めてだから、そう感じたのかも・・・・・・・
風を切る音と笹川さんの鼓動だけが聞こえる。
不思議な気分になった。
「はい、到着!大丈夫だった?」
顔を上げると、海に辿り着いていた。
バイクから降りて、波打ち際まで歩いた。
途中、砂浜で何かに躓いた。こけそうになったのを、笹川さんが助けてくれた。
「はい・・・・・」
自然に手を差し出す。さすが年上!と変に感心。
何の抵抗も無く、手を繋いで歩いた。
波打ち際まで行くと、自然と手を離していた。
「俺さ、結構嫌な事があったりすると、ここに来るんだ。」
「そうなんだ。海、好きなの?」
「なんかさ、波の音を聞いてると、自分の悩んでる事とか、ちっちぇーなって思うんだ。」
確かに、波の音を聞いてると自然と心が落ち着く。
「知ってた?波の音って、胎児のときお腹の中で聞いてた音に似てるんだって。
この前、授業できいたよ。だから、落ち着くんじゃないの?」
「そうなんだ・・・・・・・知らなかったなぁ・・・・・・・」
二人して、無言で波の音を聞いていた。
「俺さ・・・・・・・弱い人間なんだよね。色々抱えちゃって・・・・・・・
今日もそれでどうしたらいいかわかんなくなっちゃって・・・・・・・・
それで、木村さんに甘えちゃったんだ。びっくりしたよね・・・・・」
「そりゃ、もう!かなり驚いたよ!」
「でもさ、それでわかったことがあるんだよね・・・・・・・・・・・
すっごい、自己中な意見だけど・・・・・・・・・」
「なになに???」
あの時の目と同じ視線でこっちを見つめてくる。
また、身動きが出来ない。
そのまま近づいてきて、昼間と同じ感じで抱きしめられた。
今度は、すごく優しい感じだった。
「えっ・・・・・・・・」
「ごめん、すごい落ち着くんだよ。勝手だよね・・・・・・・」
何も言えない。
でも、私にも思い当たる事もある。
はっきり言えるのは、嫌じゃないこと。
実は私も落ち着いてくる。
笹川さんの体温の暖かさや、匂いまでもが落ち着く。
自然に私の手も、笹川さんを抱きしめていた。
お互い暫くは動けず、ただ抱き合っていた。
自然と腕の力が緩み、少しお互いの身体が少し離れた。
思わず笹川さんの顔を見上げた。
私を見つめるまっすぐな視線。
彼の顔が近くなる。
唇に触れる暖かくって優しいキスだった。
抱き合ってはキスの繰り返し。
キスをする度に、私の心の中に温かいものが広がる。
初めての感じだった。
それまでは、男性として意識なんてしたことも無い。
まさか、こんな感じでキスまでしてしまうなんて・・・・・・・・
でも、不思議と嫌な感じが無い。
ふわふわと暖かい気持ちのまま、家に送ってもらった。
バイクの後で、いろいろ考えた。
好きって気持ちには、始まりがなく突然気付くものなんだ。
って事は、これが恋なのかな?
でも、あんなにとろけるようなキスは初めてだった。
このまま分かれるのも寂しく感じる。
「お茶でも飲んでく?」
ドキドキしながら聞いてみた。
キスしただけで、あんなに幸せな気分になれたから・・・・・・・
そんな事が頭をよぎる。
「えっ、いいの?
じゃ、1杯だけ・・・・・・・・」
初めて、自分の部屋に男性が入ってきた。
「ごめん、やっぱ散らかってるね。
こんな事なら、普段からキレイにしとけばよかった。」
「大丈夫。十分片付いてるじゃん。」
そういいながら、彼は私を抱きしめた。
またお互いが求めるように唇を重ねる。
とろけるようなキス。
身体の中が、暖かい気持ちで満たされる・・・・・・・・
少し身体が離れる。
彼の顔を見つめると、すごく優しい笑顔だった。
思わず私も笑顔になる。
突然始まった恋………
このまま優しい時間が続きますように………