自由の滅却
ナタージャは、ファタールという、熱帯地域にある、とても貧しい農村に生まれた。ただ、その農村にも楽しみがなかったわけではなかった。何しろ、その農村の地下には、かつて、この星で起きた、「本当に大きな戦争」の際に造られた、巨大なシェルターがあって、そこで子どもたちは遊び放題になっていたのだ。 ただ、そこのシェルターには、旧共和国の残骸がたくさん残っていたのだ。 ーナタージャの冒険ー ナタージャは好奇心が旺盛だった。だから、自分の周囲の色々なところを冒険するのも好きだった。そこで、あの、巨大なシェルターの中も探索してみることにした。
シェルターの中は真っ暗だった。ただ、錆びついてはいたものの、何個かの兵器が置かれていた。小銃が幾つか、火炎瓶が幾つかかなどと。 一応、ナタージャは、「本当に大きな戦争」から80年が経過した時に生まれた人物だ。80年も経てば、どうしても、有事の記憶は薄れていってしまう。ナタージャも、その例に沿うように、自分が住んでいる農村では戦時にどのようなことが起きたのかさえ、よく知らないという風になっていた。その為、なぜそこに小銃などがあるのかも知らなかった。
好奇心旺盛なナタージャは、置いてあった兵器を眺めはじめた。とてもじっと眺めた。すると、後ろにあった映写機が動き始めて、ナタージャの前の霧に映像が映し出された。
ーこの戦争ののちに平和が訪れるだろう。よもすれば、それは永久の平和となるかもしれない。もし、永久の平和となったのなら、この戦争は、最終戦争として語り継がれることだろう。ー 映し出された映像は、国際政治ジャーナリストであるラジャール氏が、旧共和国の指導者であったタンジャム元大統領に取材をしているものだった。
ー大統領、そのお話においては、平和というのは、国家間の戦争が無くなったという状況を指しているのですか。ー
ーそうさ。ー
ーしかし、大統領、国家間の戦争が無くなっても、貧富の差や、犯罪は無くなりません。その状況は、本当の意味での平和ですか。ー
ーなるほど。確かに、私の言う平和は、本当の意味での平和ではない。そこは謝ろう。そこで、訂正として伝えておくが、我々が目指すのは、限りなく、本当の平和に近い状況だ。その為に我々は、この戦争をしているのだ。ー
ここで映像は途切れた。
途切れた瞬間、ナタージャの前に、碁盤の目の街の大通りが現れた。ナタージャは、その空間に没入した。奇抜な色をした旗がいくつもはためき、戦車や兵隊がそこら中を動いている。どうやら、有事のようだ。しかし、まだ外にいる、ベージュ色のコートを着た鼠がいた。ナタージャは、鼠と目が合った。
「大丈夫か。」
地に足がついていなかったナタージャは、鼠に心配された。
「大丈夫です。」
「一般人だな。まだいたのか。この街から脱出させなければ。よし、こちらへきてください。」
「分かりました。」
ナタージャは、足を動かそうとした。しかし、何かがナタージャの足首を掴み、その場から動かせようとしなかった。
「悪魔め。」
鼠は、声を荒げて、ナイフを取り出して、ナタージャの足首を掴んでいた手を突き刺した。その瞬間、ナタージャは動けるようになった。
ーとある地下要塞にてー
ナタージャは、あの鼠によって、とりあえず、避難をさせるために近くの地下要塞へと連れてこられた。そして、ある尋問官によって、念のための聴取がされた。
「あなたは、サラール連邦の工作員ではないのですね。」
「何度もお伝えしているように、私は工作員ではありません。」
「ふーん。まぁ、確かに嘘はついていないようですね。一旦、信用をしましょう。」
「ところで、あなたは、一体、どこから来た迷い子なのでしょうか。」
「僕は、3054年の、ファタールという熱帯地域から来ました。」
「3054年のファタール?どういうことだ。」
尋問官が詰め寄ってきた。だが。段々とナタージャの視野は段々と黒く染まっていった。
ー遥か彼方の世界にてー
目が覚めた時、ナタージャは、一本の背の高い木の下のベッドに居た。水色をした、草原のような環境が地平線の彼方まで続いていた。
段々と白いウサギが何匹もナタージャのもとに集まってきた。ただ、いきなりたくさんのウサギが集まってきてどうすればよいかがナタージャは分からなくなってしまった。すると、どこからか声がしてきた。
ーナタージャ、僕ら生命は、時を駆ける存在だ。ただ、いずれ、寿命を迎えて現世を離れて、第二の世界に到達する。-
「ええと。」
ーナタージャ、君は、時空の迷い子となってしまった。私がもとの場所へ戻そう。-
「はぁ。ありがとうございます。」
ーそうだ。もとの場所へ戻す前に君に伝えておかないといけないことがある。君には、タンジャム元大統領の念がかかっている。-
「あのタンジャム元大統領ですか。」
ーそうさ。あのタンジャム元大統領は、永久平和という、人類の巨大な夢の実現に、ついにはほぼ全てを費やした。その為、念も非常に強かった。そして、その念は、彼の死後も非常に強力に残った。君は、現にタンジャム元大統領が残した、とても強い念に巻き込まれて、この世界に引き込まれてしまった。-
「僕はまだ現で生きていたいです。」
ー多くの人間はそう思う。実は、戻る方法が一つあるんだ。-
「どんな方法ですか。」
ーおそらく、そろそろ、この世界に雨が降るだろう。その時、現へ繋がる、水草の生い茂る湖に架かる橋を渡れば、現に戻れる。-
ふぁん、ふぁん、ふぁん。イモリに、亀の甲羅が付いたような生物が、鳴き声を奏でながら、行進を始めた。ふぁん、ふぁん、ふぁん。始祖鳥のような生物が雨宿りをしようとし始めた。ふぁん、ふぁん、ふぁん。雨の匂いがたちこめる。
雨が燦々と降り始めた。
ーさぁ、あの湖に向かって走るんだ。この雨はすぐにやんでしまうかもしれない。-
ナタージャは後ろを振り返らずに走り続けた。やがて、橋にたどり着くと、全力で渡った。
そして、ナタージャは、いつもの、農村にある、自分の家に辿りついた。ナタージャの心臓はまだ激しく拍動していた。




