「目印」(創作)
住宅街の一軒で、玄関口から道路の半分くらいまで赤い粉か土かを撒いてあるのを小さい頃に何度か見たような覚えがある。赤くした左右は石灰かチョークかの白い線で区切り。よく遊んでくれた近所のおねえちゃんが、引っ越ししましたっていう目印だよ、と教えてくれた。最後に見たのはたぶん小学校に上がる前の年で、その後は見かけていない。
何故そんなのを思い出したかというと、商店街で久々にその赤い目印を見たからだ。ずいぶん長い間シャッター街になっているが、店が閉まってるだけで人はずっと住んでいたのか。
帰宅してその話をすると、父も母もそんなのは見たこと無いという。小さい頃に近所で見た、今はコンビニになってるあの角の2軒隣にあった柿の木があった家とか、4軒同じ造りが並んでた賃貸の手前の左側とか、みたいに覚えていたところを言うと、父が妙な顔をする。それ、だいぶ長く空家だったとこばかりだな。お前が小学校に上がったくらいで今のマンションが建ったと思うが、と。
結婚して市内に住んでいる兄にも赤い引っ越し目印の話をしてみた。兄も奥さんも覚えておらず、不動産屋に用事があったついでに聞いてくれたが、やはりそういう習慣は知らないとのことだった。ただ、商店街のずっと閉まってた元洋品店については、住人はもうだいぶ前に出て行って買い手も借り手もつかないままだという。そもそもその「引っ越しの目印」というのはどこから聞いた話なのか。
教えてくれた近所のおねえちゃんは兄より1つか2つ歳上だったようだが、その年代で今も覚えていたり会えば挨拶するくらいの女性はいずれも該当しない。割と背が高くてアイドルの誰それに似た感じ、いつも三つ編み二本だった、と特徴を伝えると、そんな人いたかなあと。父も母ももちろん覚えていない。今と違って知らない子供がいてもそんなに気にしなかった時代とはいえ、結構よく遊んでくれてたのにそこまで覚えられてないとか、あるものだろうか。
その後12年が経ち、私も結婚して息子が3歳になった時に種明かしが訪れた。
「久しぶりだね!」
「おねえちゃん!? こどものときのまんま!?」
「というかアタシずっとこのままだから、あんたがちっちゃい時にすでにおとなだったかもしれないな」
「そういうもんなの……今日はどうしたの?」
「息子くんと遊びたくて。あと、ここの町のひみつも教えておけって言われてさ」
「ひみつ? 私に?」
「体質が合わないとアタシを見ることさえできないからね」
まあなんかそういうもん、みたいな強引な納得をして話を聞くと、例のあの赤い引っ越しの目印だ、あれ自体が体質が合わないと見えない種類のもので、引っ越しというのは居着いてた目に見えないもの、たぶん事故物件呼ばわりされる原因的なものがよそへ行ったという目印なんだそうだ。いわゆる幽霊とかの他にも何かいろいろあるらしい。居着いてる間は取り壊しもできないとかで、不動産屋さんもたいへんだなあ。
そういうわけで、おねえちゃんは息子と遊んでくれたり、他にもいろいろあるひみつを教えたりしてくれることになったらしい。これはもしかして、私は一生この町から出られないということなんだろうか。




