一章 入学編(1)
春、暖かく穏やかな風が頬を撫でる。
花見サユリ、つまり私は大きな門を前に萎縮していた。
「来てしまった……本当に精霊学園に」
事の発端は約2ヶ月前、高校受験を目前にした私に突如謎の精霊が体に宿ってしまった。お尋ね者となってしまい、あたふたしていると顔がめっちゃ良い風宮スイレイさんという人物に助けられてしまった。
そしてあれよあれよという間に、行きたかった高校ではなく精霊学園に入学することが決まり、今こうなっているということだ。
「おっはー花見ちゃん。昨日はよく寝れた?」
「か、風宮さん! おはようございます、昨日はちゃんと眠れました!」
「んふふ元気でよろしい。さぁおいで、体育館に案内するよ」
目の前にいる白髪緑眼の人が風宮スイレイさん。ツヤツヤの白髪は左目を隠しており、厨二病感満載である。顔は良いが、性格は完全に5歳児のそれ。唐突にカレーが食べたいと言い出しカレーを作れば、やっぱ中華が良いという人である。ようはめんどくさい人。
「花見ちゃん、制服の着心地はどうだい?」
「えぇとても良いです。というかよく私の体のサイズ分かりましたね」
学園の制服は何でも良い。いや何でも良いというのは比喩で、基本的なのはスーツ型の制服である。女子はスカートを着ても良いし、ズボンも着て良い。ただし胸に学園生専用のバッジをつけないといけないのだ。
ちなみに学園は中高一貫。中等部は五芒星で、1年生が赤、2年生が青、3年生が黄色である。高等部は六芒星で、中等部と同じ色の構成である。
風宮さんは高等部の青色で、2年生である。私は赤色。
余談だがそれとは別に、特待生の人には六花のイヤリングが支給されるという。
制服は風宮さんは上はスーツで下は短パンである。背が低い(私と同じくらい)のと童顔が相まって余計幼く見える。恐らくそれを本人に言ったら殺されると思うけど。
対する平々凡々な顔立ちの私は紺色のキュロットスカートに上は白いワイシャツである。しかし何故か風宮さんがサイズを知っていたのかが解せぬ。何故に?
「ってそんなのも吹っ飛ぶ程大きいですね、学園」
「まぁね、施設の設備は充実しているし何より人数が多いからね」
学園にも普通科は存在する。一学年普通科50名、精霊師学科100名、精霊工学科50名の計200名である。つまり六学年存在する学園では、合計1200名もの未来ある若者たちが集うのである。
「それに応じて普通科の偏差値は少し低めだけどね。逆に精霊師学科に入れなくても精霊にその資質を見出されて転科することも可能だよ」
「へぇちなみに偏差値って……」
「60は軽く超えてた気がするよ」
「それ低いとは言いませんよ」
頭の感覚バグってるなぁ。私は中3の時「偏差値? なにそれ美味しいの」状態だったから。
「シオちゃんがその最たる例だからね」
「シオちゃん?」
どちら様?
「呼びましたか?」
どちら様っ!?
「えっシオちゃん!? 冗談のつもりで言ったのに本当に来るなんて!」
風宮さんもびっくり仰天。もちろん私もびっくり仰天。
後ろには凛とした佇まいの少女がいたのだ。
「え、えっとどちら様でしょうか?」
恐る恐る聞くと、少女はチラリと私のイヤリングを見た。
「おやその六花のイヤリング……。あなたが噂の一般人ですか」
黒髪黒目のクールな美少女。癖っ毛のないストレートをポニーテールにし、スレンダーな体を漆黒のスーツで覆っている。ツンと尖り気味な目元を黒縁メガネで更に際立たせている。
特に目を惹かれたのが腰に下げている大太刀に、五芒星の黄色のエンブレムと風宮さんと同じ六花のイヤリングだった。
「ん!? 五芒星の黄色ってことは中学校3年生!?」
「あぁ申し遅れました。私は国立精霊学園九州校最高特待生の瀬崎チシオです。以後お見知り置きを」
「は、はぁ」
「それで風宮さん? 冗談とは一体なんのことでしょうか。わざわざ始業式の代表挨拶をキャンセルしてゲストでここにやって来たのですが、まさか冗談でしたで済ませるわけありませんよね?」
瀬崎がはんなりと微笑む。だが何故だろう、この上なく可愛らしく美しいのに下心よりも恐怖心の方が勝ってしまうのは。
「え、あ、えーっと。そのねシオちゃん。冗談を本気にされても僕の方が困るって言うか…」
「あ?」
「ひょえっ」
風宮さんがズルズルと後ずさった。
「逃げるよ花見ちゃん!!」
「逃がしませんよ。音譜牢獄」
突如瀬崎の手に指揮棒が現れ、指揮棒の先から無数の音譜が現れた。
音譜は風宮を取り囲み、空中に釣り上げた。
「あーシオちゃんのエッチー」
「殴りますよ」
「ひえ」
もはや純粋な暴力……。
「えっとシオちゃんのために解説すると。シオちゃんは音を操る精霊『音魔精霊王』を宿しているんだー」
「簡単に言えば、振動を操作できるオールラウンダーの精霊ですね」
「な、なるほど」
「ところでシオちゃん。もうそろそろ離してくれない? 頭に血が昇って来た」
すると瀬崎は懐からスマホを取り出し、カシャリと写真を撮った。
「よっし、特待生の皆さんに転送っと」
「シオちゃんんんん!?」
風宮さんはモガモガと音符の縄に弄ばれていた。
「あ、あはは〜」
「あなたが花見サユリさんですか」
「一応……。こんなナリですが」
「敬語は外して貰って結構ですよ。私のことはどうか気軽にチシオとお呼び下さい」
「うん分かった、よろしくねチシオちゃん」
チシオちゃんはペコリと頭を下げ、くるりと指揮棒を回すと風宮さんがべちょっと床に激突した。
「落とすなら早く言ってよ」
「言ったら防御するでしょ。ていうかこの会話デジャブっぽく見えるのは気の所為ですか?」
ハァとチシオちゃんは頭を横に振り、指揮棒を仕舞った。
「では風宮さん、花見さん。入学式で会いましょう」
丁寧に頭を下げ、チシオちゃんは校舎の方へ向かって行った。
「おぉ痛痛。全く乱暴だねぇシオちゃんは」
「アレは誰が見ても風宮さんが悪いと思いますよ」
呆れて見返し、青い光を放っていた指揮棒について聞いてみた。
「あの指揮棒ってなんですか? なんか青い光を出してたんですが……」
「あぁあれは精霊を使役するための媒体だね。生徒たちの中にも様々なタイプがいてね」
特定の動作で精霊を操る動作型。
自分の所持品を媒体として精霊を操る媒体型。
自身に精霊を宿して力を扱う憑依型。
自分の意思一つで霊術を展開できる意思型。
全部で四系統に分かれている、とのことだった。
「じゃあチシオちゃんは媒体型ですか?」
「うん、そいでそいで花見ちゃんは多分意思型だね。大体精霊王を宿す人は意思型だから」
風宮さんは一体どれなんですか?―と聞こうと思ったが、その前に体育館に着いてしまった。
「僕こっちだから。また後でね」
「はいでは、また」
風宮さんはフッと笑うと、体育館の方向に向かって歩いた。
私は息を吐くと、バッグから取り出したクラス表を見た。
「1年A組か……」
「1年A組!? ウチもだよ!」
「ヒュッ」
思わず驚きでギュッと紙を握りしめた。
「だ、だだだ誰!?」
「アハッごめんねー。ウチ、沢城ハヅキ! 一応首席だよん」
「首席!?」
情報量過多!
キラキラと眩しく輝く白い歯に、明るい茶髪にやや青みがかった緑色の瞳。青色のメガネのフレームがキラリと光る。
ひらひらとなびく丈が短いショートパンツに、同じく六芒星のエンブレムをペンダントのようにかけていた。
「むむむ、六花のイヤリングということは……まさか特待生!」
目を見開いて、沢城さんはズカズカと近づいて来た(元々かなり距離は近かったが)
「うんまぁ……成り行きでね」
「ウチは特待生じゃないけど、特待生候補なんだー」
「候補?」
「そーそー、勉強や精霊のランクとかで一定値を超えると特待生になるための候補生になれるんだー」
ちなみにウチは勉強だよんと沢城さんは得意げに笑った。
意外だなんて思ってしまうのは失礼だろうか。
「例えばさ、九州校の瀬崎さんっていう最高特待生がいるんだけど」
ペラペラと喋られるチシオちゃんの話。これらを要約すると。
チシオちゃんはどうやら、元々普通科に入っていたが、ある日突然精霊の力に目覚めたそうだ。
それにより特待生へとランクアップしたそうな。
「しかも噂ではまだ中学生らしいよ!」
「あ、うん。ソウナンダ」
さっき会ったよなんて言えない……。
しかもさっきまで最高特待生をボコってましたとは到底言えぬ。
「しかもしかも! 今回のゲストって瀬崎さんらしいよ〜」
うんゴメンナサイ。それも知ってます…。
ルンルンウキウキと肩を弾ませる沢城さん。
「ハッごめん! なんかウチだけめっちゃ喋ってた!」
ごめん〜と若干涙目でスライディング土下座をしてきた。
「ううん大丈夫だよ……」
と言いながらも引いた目でみることしかできない。
「じゃあこれからよろしくねサユリちゃん!」
「よろしくハヅキちゃん」
そんなこんなで初めての友達。初めての同級生と出会えた私であった。
キャラクター紹介
number1 花見サユリ
◯身長:159cm
◯体重:52kg
◯好きな物:きなこもち
◯得意な霊術の系統:特になし
◯最近の悩み:定期的に送られてくる風宮さんの贈り物が的確過ぎて怖い
◯特徴:淡い茶髪、やや青色っぽい紫の垂れ目。マフラーをよくつけている(寒がりだから)
number2 風宮スイレイ
◯身長:160cm(自分でも低いと認識しているが無理やり無視している)
◯体重:56kg
◯好きな物:焼きそばパン
◯得意霊術の系統:風属性と光属性
◯最近の悩み:めっちゃ牛乳飲んでるのに背が伸びないこと。しかも年下なはずのシオちゃんに背が抜かれそうになっていること。
◯特徴:右目が隠れた白髪、やや垂れがちの緑の目。口元と目元に泣きぼくろ。




