付き合ってると思ってる女とまだ付き合ってないと思ってる女の百合
「話があります」
「え、なに、そんな改まって」
「いいから、そこ座って」
「あ、はい」
そう言って私をソファに座らせ、その隣に座ってじっと私を睨みつけるように見ているのは相沢文乃。私のルームシェア相手で、恋人だ。
と言ってもほんの一か月ほど前に恋人になったばかりでまだキスもしていないけど。
改まって横からじっと顔を寄せられると、とても照れくさい。と同時に、え、ほんとになに? と緊張してくる。もしかしてやっぱり思ってたのと違ったから別れたいとか言われる可能性ある?
文乃は高校の時三年間クラス委員をしていたくらい真面目だった。私だって不真面目ではないけど、正直大雑把でいい加減なところがあるのは否めない。そういうところが、嫌になってしまったのだろうか?
「あの、文乃……? もしかして、朝ご飯の食器洗わないで出たから怒ってる?」
「……それはそれとして注意しようとは思っていたけど、それとは別に、その、言いたいことがあって……」
そう言って文乃は、頬を赤くしながらジト目で私を見ている。もしかして、め ちゃくちゃ怒ってる?
私は冷や汗をかきながら、ここからなんとか挽回できないかと必死で脳みそを動かす。
一緒に暮らして一年以上経っているのにいまだに洗濯物のたたみ方で注意されるし、最初高校で出会った時もグループ違ったし、性格のタイプ的には結構違うタイプだ。
めんどくさいなと思う時もあるけど、でも、やっぱり何回考えても文乃のことが好きだ。
三年生の時希望する進学先が同じだとわかって話すようになって、なんだかんだ言いながら勉強を教えてくれた。真面目だからいつだって本気で、私を怒ったり心配したりしてくれる。風邪をひいた時はずっと傍にいてくれた。
ルームシェアを提案した時は、まだ恩人くらいの感覚でいた。だけど一緒に住んで勉強以外の一緒の時間を文乃と過ごし、文乃のことを知れば知るほど好きになっていった。
だから一か月前、文乃の誕生日に初めての飲酒を一緒にした際、勢いで告白した。
お互いに酔ってはいたけれど、翌日も覚えていることを確認したからあの告白は有効で、それから恋人同士となっている。
だけどお酒の勢いであったと言われたら否定できない。
あれは間違いだった、と言われるのだろうか。嫌だ。純粋に好きだから別れたくないし、なによりルームシェア相手と別れるとか気まずすぎる。
「あのね、成美……その、最近さ、成美の様子、ちょっとおかしいよね?」
「え? そう?」
見つめあうことしばし、文乃がようやく口を開いたかと思うと、思っていなかった方向から指摘されてしまった。
話がある、なんて物々しい前置きをして、言いにくそうに沈黙を挟んでから聞くこと? と思って首を傾げてからはっとする。
私の様子がおかしいって。様子が……いや、それってつまり、恋人になった私が浮かれておかしかったってことだよね? え、はずかし……。
「そ、そんなこと、ないと思うけど。いつも通りでしょ」
言われてみればいつも通りではなかった気がしないでもない。いやでも友達から恋人になったのだし、時々手をつないだり、ついつい見つめたり、あわよくばキスのタイミングをはかるくらいは当たり前でしょ! なのに様子がおかしいって、恋人になったばかりの人間に対して言うこと??
「でも昨日も、なんか、いきなり私の頭撫でてきたでしょ。今までそんなことなかったのに」
「……なに、嫌だったの?」
私としては一緒にドラマ見てちょっといい雰囲気かなって思ってのことなのにそんな風に言われるなんて。
ショックすぎて、そんな風につい拗ねたような声が出てしまう。
「いやっ、そ、そうじゃなくて……ごめん、なんか、責めるつもりじゃなくて……その、むしろ、逆で」
「え?」
そ、それはつまり、文乃もまんざらじゃないと言うか、むしろ私が遅いから文乃から一歩踏み出そうと思って?
「その……私の勘違いだったら、ごめん。でも……成美のこと、その、好きになっちゃって。成美もそうなら、その、よかったら、恋人に……」
「え? ほ、本気で言ってる?」
照れたような可愛らしい表情でじっと見つめられ、ドキドキしながら聞いていたのに、まさかのことを言われて私は思わず頬を引きつらせてしまった。
だって、好きになったなんて、まるで今まで好きじゃなかったみたいな。恋人にって、まるで今まで恋人じゃなかったみたいな。そん、え? 恋人になって初めて手をつないだお出かけ買い物デートのドキドキは、私だけの幻想だったってこと?
「ほ、本気でって、ひどい……。冗談でこんなこという訳ないでしょ。なのに、そんな茶化すみたいに。もういい。私の勘違いだった。今のは忘れ」
「ちょちょちょちょちょちょ!!! 違う! ちょっと待って違うから!!!」
「声でか、ちょ、ちょっと。いくらなんでも近所迷惑だから」
あまりのショックに確認してしまった私に、文乃は一瞬泣きそうになってから私を睨みつけて立ち上がろうとしたので、慌てて飛びつくようにしてその肩を掴んだ。
それに文乃は耳を抑えてから指をたてて静かにするよう注意してくる。
そのなんとも子供にするような注意の仕方にきゅんっとして虚をつかれた。そしてときめきと共に冷静になる。
つまり、文乃は私と恋人じゃないと思っているけど、それはそれとして私のことは好きでいてくれているのだ。大丈夫。まだ終わってない。私はつかんだ手をおろして文乃をまっすぐ見ながら口を開く。
「言い方悪くてごめん。でも、あのね、私としては、文乃とはもう付き合ってると言う認識なんだけど」
「はい? ……え? いつから?」
「ぶっとばしてぇ……」
率直にそう説明すると、文乃はきょとんとして可愛らしく小首をかしげた。それが可愛らしければ可愛らしいほど、お前マジで、私の純情を返せよと言う気持ちが沸き上がって思わず口汚くなってしまう。
「ご、ごめん。いやでも、別に告白したとかじゃないでしょ?」
「……この前、一緒にお酒飲んだとき、告白したんですけど? 翌朝確認した時も覚えてるって言ったよね?」
「あっ、いや……あー、その、成美が私の頬にキスして抱き着いてきたのは覚えてるから……その、そう言う意味で聞いてるのかと」
「まさにその時ですけど! なんで会話だけ忘れてんの!?」
いやたしかにさ、お酒の勢いを借りたのは事実だ。
告白の時も酔ってしまって顔が近いので可愛い! ってテンションあがって勢いで肩を組んで頬にキスをしちゃって、驚く文乃に「文乃のこと、ずっと前から好きなんだけど。付き合って」って告白した流れだった。
驚いて「ええ? そんなの考えたことないし……」って戸惑う文乃に、抱き着いてその場で考えてもらうよう急かしたりもした。そして「わかったわかった。じゃあ、恋人で」って言ってくれるまでめちゃくちゃ強引に押して押して押した。
そんでその後祝杯って言って二人でさらに飲むように流れ作ったけど。だから翌朝不安になって覚えてるか確認したわけだし、そりゃあ私に非がないとは言えないけど、真っ赤な顔になって可愛く恥じらいながら「覚えてるよ……」なんて言われたら普通に記憶あると思うよね?? なんでそんな中途半端な記憶なの?? ううう、この一か月のドキドキ恋人生活はなんだったの。
「えっ、ご、ごめん……。あの……つまり、この一か月、成美の様子がおかしかったのってそういう……」
「お、おかしいって……と、とにかく、じゃあもう一回言うけど、私は文乃が好きなの。付き合ってください」
おかしいとか言われてショックだけど、いやでも文乃からしたら恋人でもないのに恋人の距離感でいきなり接してこられたんだから、おかしいと思われても仕方ない。
とにかく、恋人じゃないなら今から恋人になるしかない。さっき好きって言ってくれたんだし、もう一度やり直すだけだ。
私は前回の告白を反省し、きりっと表情を引き締めてそう文乃に言った。この際だ。前回の記憶がないのを好都合だと考えよう。前回の情けない感じではなく、綺麗な感じの告白にしよう。
「……はい。その、私も、好きです」
「っしゃ」
そう思ってキメ顔をつくったものの、私の言葉にぽっと頬を染めて恥じらうようにもじもじしながら言われた言葉に、つい小さくガッツポーズをとってしまう。さっき逆に告白されたから気持ちはわかっているのだけど、それでも嬉しい。前回無理やり気味だったし、ちゃんと好きで返してもらえて嬉しくないわけがない。
「ふふ。私の気持ちわかってるのに、そんなに喜ぶ?」
「嬉しいに決まってるじゃん。好きなんだから。ていうか、はー、もう、びびらせないでよね。なんか真面目な顔で話があるとか言うから、別れ話かと思っちゃったじゃん」
くすくす笑う文乃に気恥ずかしくなって頭をかいて、誤魔化すようにそう息をついて文句を言った。そもそも、帰ってくるなりぴりぴりしたように話があるなんて言って、あれが告白前の顔? 予想できるわけない。
「そ、それは、緊張して……いいでしょ。別に。そんな私も、好きなんでしょ?」
「はいはい。そう言うとこも可愛いし好きですよ。……告白してくれて、ありがとう。勇気が必要だったよね。驚いたとはいえ、本気? とか言っちゃってほんとごめんね」
私の立場からして仕方ないとはいえ、あの瞬間、文乃を傷つけてしまったのは事実だ。私は頭をさげた。そんな私の肩を、文乃は優しくぽんと叩いてくれた。顔をあげると、柔らかい微笑みがまっすぐに私に向けられていた。
「いいえ。私こそ、大事な告白を忘れちゃってごめんなさい」
大事な告白をお酒の場でして、ましてさらに飲ませえたのは私だ。元をただせば全部私が悪いのだ。なのに、文乃はそんな風に言ってくれる。そんな優しくて包み込んでくれるような、文乃の、そう言うところが好き。
「ううん。いいよ。だって今度こそ恋人になったんだから」
驚いたしショックだったけど、でも、もう終わったことだ。告白をやり直してこれからは正真正銘恋人なんだから。
私は目の前の可愛い恋人をぎゅっと抱きしめた。今度こそ、これが恋人同士のハグだ。もう一度、恋人としての初めてを楽しめるなんて、むしろちょっと得したくらいだ。これからの同棲生活、今度こそ悔いのないよう楽しまなきゃ!
〇
成美とは以前から面識はあったけれど、親しくなったのは三年生になってからだ。三年生の時に第一志望が同じだとわかって、それから声をかけあい切磋琢磨するようになった。一緒に合否を確認して二人とも受かったのを喜びあった時、多少勉強を見てあげていたのもあって恩人みたいに言ってくれて、ルームシェアを誘ってくれた。
成美はいつもまっすぐで、明るくて素敵な子だ。裏表がなくて、ちょっと大雑把なところもあるけどどんなにお小言を言っても、笑ってごめーんと言って私の肩を揉んでくるようなところも憎めなくて、一緒にいるとつられて笑ってしまうような、そんな子だ。
今までの友達にはいなかったタイプで、好き嫌いは意外なほど馬が合ったりして、ルームシェアなんて考えてなかったけど、してみれば毎日驚くくらい楽しくて、親友ってこういう関係を言うのかな。なんて風に、思っていた。
先月の私の誕生日、生まれて初めてのお酒と言うことで成美が色々と用意してくれた。これは無理となったのもあるし、ジュースみたいで飲みやすいというのもあった。色んなおつまみも用意してくれて、楽しい誕生日を過ごしていた。
そんな中、私より一足先に飲酒を初めていた余裕のせいか、成美は見たことないくらいべろべろに酔っ払っていた。
そんな成美にすすめられるまま、私も、あ、これが酔ってるってことだな。と思うくらい、頭がくらくらするくらいには酔っていた。
そんな状態で、成美が突然私の頬にキスをして抱き着いてきたのだ。
正直に言って、それまでの会話はあやふやだ。と言うか会話どころか、どんなお酒が美味しかったかとか、色々記憶がない。
翌朝目が覚めた私に残ったのはひたすら楽しかった記憶と、とにかく美味しくてふわふわした記憶と、何故かそこだけやたらリアルな成美の感触だけだ。
それから妙に成美を意識してしまう。
いつものようにソファに並んで座っているだけなのに、何故か最近はずっと足が触れるほどの距離でいることとか。一緒に買い物に行くだけの日常で、何故か手をつながれたこととか。
ぼんやり目が合う時、何故かその瞳の奥に熱を感じてしまって照れくさくなったりとか。何気なくトイレで成美が席をたっただけで、なんだか隣が寂しく感じられたりとか。
明らかに、成美の様子が今までと違っておかしい。だけどそれ以上に、私がおかしい。別にくっつかれるくらい、なんでもないのに。手をつないだからって、なんともないのに。
ちょっと距離が近くなっただけで、意識してしまう私がおかしい。前、偶然躓いた時に抱きしめて受け止めてもらった時だって、何とも思わなかったのに。
成美はもちろんおかしいけど、でも、私もおかしい。私がおかしい理由なんて、わかってる。
成美を恋愛的な意味で意識しちゃってて、距離が近いのがまんざらでもなく、そう言う意味で好きになってしまっているってことだ。
というか、ちょっと頬にキスされただけで意識してこんなあっさり好きになっちゃうとか、私ってちょろすぎる。
そう思うものの、成美の態度から私を好きなことは明白だ。というか多分、あれから口説こうとしてこのおかしな距離感になってるのだと思う。
ならちょろくてもどうでも、両思いになったことに何も問題はないだろう。
と、言うことで、告白の勇気が出ない成美に代わって私から告白することにした。
「告白してくれて、ありがとう。勇気が必要だったよね。驚いたとはいえ、本気? とか言っちゃってほんとごめんね」
「いいえ。私こそ、大事な告白を忘れちゃってごめんなさい」
そう考えていたので結果はまさかの、先に告白されていたのを私が忘れていた。という最悪のものだった。
いやほんとに、申し訳なさすぎる。私が告白した瞬間に、本気? と聞かれた時は確かに傷ついて頭に血がのぼりかけたけど、私が悪い。
「ううん。いいよ。だって今度こそ恋人になったんだから」
なのに成美は笑顔でそう言って、私をぎゅっと抱きしめてくれた。カーっと熱くなる。胸がどきどきして、本当にこの子が好きだって気持ちがあふれてくる。
「ありがと。そう言ってくれてほっとしたよ」
そう答えながらそっと抱きしめ返す。思ったより華奢で、どきりとする。こんな風になるのは、きっとこの人だけだろう。
ドキドキして胸が詰まりそうなくらいなのに、それがどこかくすぐったいような喜びとなる。
「……」
「……あの、文乃」
「えっ、な、なに?」
ドキドキしながらも成美との抱擁を満喫していたので、成美が力を抜いて顔をあわせてきたのに動揺してしまった。
抱擁していたのに比べると離れてしまっているのに、その顔との距離が近くて、見ているだけでドキドキする。その目はどこか力強くて、キラキラしている。こんな風に感じるのも、恋がなせる技なのだろうか。
「……晩御飯にしよっか」
「え、あ、うん」
何を言うのかと思ったら、晩御飯だった。いやまあ、帰って早々に話を切り出したのは私だし、もう晩御飯の時間なのは事実だ。
ひとまず晩御飯にする。今日の準備はもう終わっているので、それぞれお皿にもっていくだけだ。
恋人になって初めての食事は、なんだかさっき抱擁していたのが気恥ずかしくなってしまって、どこかぎこちなくなってしまった。
だけど時々思い出したように目が合って一瞬見つめあってしまうのが、なんだか楽しかった。
そうしていつもみたいに会話のない静かな夕食を終えてから、順番にお風呂を済ませる。その後は見たいテレビがなければそれぞれの部屋に戻ることになる。ルームシェアであって同棲ではないので、寝室は別々なのが当たり前だ。
だけどなんだか、少しばかり離れがたい。せっかく恋人になれたのに。
「よ、よう。一緒に、話さない?」
そう思いながらお風呂から出ると、ソファに片膝を立てて座っていた成美がどこか上ずった声をあげた。
ものすごくぎこちない声掛けだった。そこまで親しくないのに一緒に勉強しない? と誘ってきた時よりぎこちない。というか割とそつなく話しかけるタイプなので、見たことない態度だ。
「う、うん」
と思いながらも、私もどこか挙動不審に返事をしてしまった。
「……」
「……な、何か用があるんじゃないの?」
促されるまま隣に座ったのだけど、膝の上に顎をのせたままじっと私を見てくるので、ときめきすぎてつい急かすようにそう聞いてしまう。
「うん……まあ、用は、あるっちゃあるんだけど……」
「あー……ごめん。無粋なこと言っちゃったかな」
視線を泳がせて言葉を濁す成美の姿に、私は気まずくなってしまう。よく考えたら、恋人になって話をしようって言われて、何の用って言うのは冷たすぎる返しだ。
トキメキで動揺してしまっているとはいえ、こういう固い返しをしてしまうのが駄目なのだ。恋人だと思うとただ傍にいるだけで嬉しくなってしまうのだから、ただ黙って楽しんでいればよかったのに。
ドキドキするからこそ、ドキドキで忘れてしまわないようにと先に用事を済まさないと。と思ったのが悪かった。
「ああ、いや……用事はちゃんとあるっていうか……」
「え? あ、そうなんだ。えっと、何? なんでも言ってよ。恋人なんだし」
「……うん。ちょっとそこ、座ってて」
「ん。わかった」
と思ったらちゃんと用事はあったらしい。無駄に反省してしまった。促すと成美は足をおろして立ち上がった。見上げながら頷く私に、成美は照れたように顔を赤くしながら私の前に立った。
「あのさ……あの、その……」
「う、うん」
成美は腰を曲げて私の両肩を掴んで、何かを言いかけては視線を泳がせている。その勢いにドキッとしてしまう。き、キスされるのかと思った。いやそんな、別に、嫌とかではないけど。でも付き合ったばかりでさすがにないだろう。
「……ごめん、言葉で言いにくくて。その、目、閉じてもらってもいい?」
「っ、うん」
目を閉じるなんてキスするみたいで余計にドキドキしてしまうけど、でも見つめあってるとドキドキして言いにくいだけだろう。変に意識しすぎだ。
こんな風に改まって、きっと何か大事な話なのだろう。今後付き合うにあたってのルールとか。こうしてほしいとか。付き合ったばかりだから話し合わないといけないことはたくさんあるだろう。
浮かれてばかりはいられない。私はしっかりとお互いの主張を把握するためにも、ドキドキを抑えながら目を閉じた。
「……ん」
「ん!!??」
何を言うのだろう。毎日好きって言おうねとか、そう言うちょっと恥ずかしい言いにくいルール決めだと思うけど。と完全に油断したところに、唇に柔らかいものが当たった。驚きに目を開けると、普通にキスをされていた。
「……っぷは、ごめん、カッコ悪くて。緊張して呼吸忘れてた」
「…………っはーーーぁ」
そう言って照れ笑いする成美の姿に、ようやく時間が動き出した私は大きく息をはいた。呼吸を忘れるどころか、生命活動を忘れるところだった。
そんな私に慌てたように成美が背中を撫でてくる。
「あ、大丈夫? どうどう。深呼吸して。はい、すってー、はいてー」
「はぁ、はぁ……いや、いきなりすぎるでしょ」
「え? ごめん。いやでも、あの雰囲気でこの距離感で目ぇ閉じてもらって、キスじゃないことある?」
「うっ」
呼吸を整えてからそう文句を言うと、頬をそめたままどこか気まずそうにされてしまった。
いや確かにキスっぽいとは思ったけども。さっきの言葉もキスしていいとか口に出すのが恥ずかしいからってことか。確かに察してもいいところだ。
でも普通にわからなかったし、全然心の準備できていなさすぎて、意識がとまってた。せっかくのファーストキスが全然記憶がない。柔らかかったことしかわからない。
「その、ごめん。ちゃんと言った方がよかったよね」
「いや、ううん。大丈夫。私が鈍かっただけだから」
ちょっとショックだけど、嫌なわけじゃない。というか、成美からしたらこの間の私の誕生日から付き合ってたつもりなんだし、早すぎるってこともなかっただろう。そこも考慮するべきだった。
それに、なんというか、違うだろうと思いつつも、期待していなかったかと言えば嘘だし。
「そ、そう? 怒ってないなら嬉しいけど、ごめんね。何か要求あったら言って」
「ん……じゃあ、とりあえず、座ってよ」
「え、あ、うん」
私は成美を座らせた。さっきので終わりでは、あまりにファーストキスが雑に消費された感が否めない。だからもう一回、記憶に残るように味わいたい。
「……」
のだけど、あの、いざ自分が言おうとすると、思った以上に恥ずかしくて言葉が出てこない。
告白だってほぼ両思いを確信していたから言えたわけで、目を閉じてと言うのすら恥ずかしい。うう。ええい、ままよ!
「っ」
私はそっと成美のおでこに手をあててから下にずらすようにして目隠しをしてから、そっと押し当てるようにキスをした。
「っ、……っ」
それに驚いたようにびくっと眉を動かした成美は、だけどすぐに応えるように、私をぎゅっと抱きしめた。
そうして私達は、恋人としてのキスを満足するまで堪能するのだった。