第六章:「最強のババァと、傘と、無限ループの昼ドラ」
午前10時30分、中野区・事務所。
「おはよーございます……」
タクマが入った瞬間、社長がタバコをくゆらせながら笑った。
「うふふ♡ 今日のターゲットは、ちょっと“年季”が入ってるわよ」
「年季?なんか嫌な予感が……」
「中野南商店街。72歳。未払い金額:9000円」
「……え、たった9000円?」
「でもこのババァ……9ヶ月逃げてる」
──ザ・伝説の女債務者:オガワ・フミエ(小川フミエ)
午後12時、中野南商店街。
「なぁシン。おばあちゃん相手に本気出すって……なんか業深くね?」
「俺たちは金を取る機械だ。感情は捨てろ」
「……シン、たまにマジでロボやと思うわ」
商店街に入った瞬間、どこからか威圧感が走った。
──風に揺れる日傘。
──ショッピングカートの異常な機動力。
──空から響く「ふんっ」という鼻笑い。
「……来たな、伝説のババァ」
「ターゲット発見」
フミエ婆、紫の帽子にフリフリスカート。
見た目は上品、でも目つきは戦場帰り。
「おやおや、借金坊やたちじゃないの〜?うふふ、若いっていいわねぇ〜♡」
「どうも!タクマですぅ!お金返していただけますぅぅぅ!!」
「お金はね……心の余裕がある人間にしか使いこなせないのよ、坊や」
「おばあちゃん哲学いらんねん!!」
フミエ、日傘で攻撃開始。
傘シュッシュ → タクマ避ける → カートで押し返される → 小走りで逃げられる。
「やっべぇ、動き早ぇ!!」
「……完全に“戦闘民族”だな」
「なんでその年でバックステップできんねん!!」
商店街の八百屋前、薬局前、豆腐屋前……
追っても追っても、同じ場所に戻ってくる。
「シン……この街、ループしてへん?」
「いや、それは君の追い方が下手なだけ」
ついに囲み成功。二人で両サイドから詰める。
「諦めな!フミエババァァ!!」
「この年まで生きててねぇ、諦めたことなんて一度もないのよ♡」
「うるせぇ!!金返せ!!」
フミエ、カートの中から突然……
──湯呑み茶碗を投げる。
「どっから持ってきたその攻撃アイテムぉぉおお!!」
「奥義・お茶の間波動拳!」
「名前つけんなぁぁぁ!!」
最終的に、豆腐屋の冷蔵ケースの裏に隠れていたフミエを発見・確保。
返済額:5000円+高級煎餅2枚。
帰り道。
「シン……俺、今日、ばあちゃんって怖いなって初めて思ったわ」
「知恵、体力、戦術……完敗だった」
「あと、豆腐屋のおじちゃんに“ようやった”って褒められた」
「……街に味方がいるのは心強いな」
その夜、またLINE通知。
【鬼社長】:
「フミエさん、昔うちのライバル会社の顧問だったのよ。よく捕まえたわね♡」
「……情報、先に出せやぁぁああ!!」
「完全にボス戦だったな」
──72歳。借金回収界のラスボスは、まだ現役だった。