第四章:「パチンコ男と、哲学する関西人」
午前11時ちょうど、中野区。
雨も降らず、晴れでもない、なんともやる気の出ない天気。
タクマはソファに沈み、天井を見ながら死んだ魚のような目をしていた。
「なあ……シン……人生って、だるくない?」
「唐突すぎる」
「いやマジで。なんか最近、ギョーザも唐揚げも“ただの揚げ物”にしか感じへんのや」
「それは、君の舌がバカになってるだけじゃないか?」
「ちゃう!心の問題や!」
その時、スマホが鳴った。着信主は……鬼社長。
画面を見た瞬間、空気が凍る。
「出た。名前だけで胃がキリキリするやつ……」
シンは無言で通話を受けた。
「……はい、はい、了解しました」
通話が終わると、シンは封筒を投げてきた。中には──
一枚の写真:ニヤついた三十代男、サングラス、口元にポッキー
情報:「名前不明。通称“パチンコ野郎”。借金:16万円。居場所:高田馬場のパチンコ街」
「まーた、名前ない奴かいな……!」
「今日のターゲット。社長から“どうせヒマだろ”とのコメント付き」
「ぐうの音も出んわ!!」
午後1時15分、高田馬場・パチンコ街。
ネオンと煙草と油の混ざった香りが漂う、人生の迷子センター。
「シン、あれ見てみ。ジャージにクロックス、髪ピンク。社会から逃げる気ゼロやな」
「……今回の対象ではないな」
「惜しいな!あと3要素くらいで完璧やったのに」
人混みの中、写真と照合しながら歩く二人。
進展なし。完全に“地味回”の空気。
そのとき──
「なあ、シン……考えたことあるか?」
「またか」
「魚って、水の中でしか生きられへんやろ?でも、水は“見えてる”やん」
「うん」
「人間って、水中じゃ生きられへんやん?でも、水は“見える”やん」
「うん」
「じゃあさ……魚にとっての空気って、俺らにとっての“空気じゃない何か”かもしれへんやん!?」
「……何を言ってるんだ」
「魚も空気を見てるってこと。俺らが水を見てるのと同じで、呼吸できないからこそ見えるんじゃないか な。」
「哲学風バカ話、やめろ」
歩くたび、パチンコ屋から出てくる中年たち。
全員、顔に疲れと100円玉の光。
その中に、一人だけ──
「……おい、あれちゃうか?」
写真の男。ポッキー咥えて、ズボンにドラえもん。
「いた……!やっと当たり出たぞ!」
「パチンコじゃなくて人探しな」
二人は静かに後をつけ始めた。
だが次の瞬間、男がクルッと振り返った。
「ん?お前ら……誰や?」
──緊張の空気。
そして、タクマが笑顔で言った。
「どうも〜!借金回収専門の者でぇ〜す♡」
次の瞬間──
「じゃあなぁぁあああ!!」
男、爆走。
「逃げたぁぁぁあああ!!!」
「またかよぉぉ!!パチンコより逃げ足早いやんけ!!」
街中を爆走、交番の前でなぜかUターン。
ファミチキの看板の下でスリップ。
すべてを見守るタコ焼き屋の店主(無関係)。
「シン!左に曲がった!そっちや!」
「もうスタミナが……」
「唐揚げ5個分で回復すんぞ!」
「それは魅力的だ」
最終的に、駐車場の壁でつまずいて確保。
回収額:8千円。残り?また今度。
帰り道。
タクが言う。
「なぁ……人間ってさ、空気は見えへんけど、重い時あるよな」
「つまり?」
「社長がオフィスにおる時の空気や」
「……納得」